1-6 月光に照らされて
「ふんふんふーん」
私はいつものように鼻歌を歌いながら夕飯を作っている。
「今日のご飯はー、キノコのスープ、魚の塩焼き、そしていつもの硬いパン!!」
昨日と同じ全く変わり映えのしない料理である。
それでも、こうしてご飯を食べれているだけマシなのかも知れない。
「こんな僻地来るんじゃなかったー」
私は一人夜空を眺めながらそう叫んだ。
失われし伝説の魔法がこの先にあると聞いて来たものの、そんなものは一切見つからなかった。
「小娘だと思われて、嘘の情報つかまされたかなー」
一人旅を初めてもう5年になるが、私の外見からこうした偽の情報をつかまされることは多々ある。
それでも今回の情報を信じてこの場所に来たのには理由がある。
「確かおばあちゃんが言っていたんだよなー、この辺は勇者とおばあちゃんの思い出の地だって」
私が尊敬する……いや、全エルフが尊敬する私のおばあちゃん。
そんなおばあちゃんお墨付きの場所なら、本当に伝説の魔法があると思ったんだけど、そう上手くはいかないらしい。
「あーあ、空から伝説の魔法が降ってこないかなーーぁああ!!??」
私が何気なく、くだらない願いを夜空に向かって呟いた瞬間、星の一つがこちらに向かって落下してきていることに気がついた。
「えぇーー!?まさかあれは、伝説の魔法『メテオ』!!」
星を落とし相手を消滅させると聞く、伝説の魔法が今私に向かってきている。
私は伝説の魔法を目撃できた喜びと、自身に訪れた窮地に驚きの声をあげることしかできなかった。
だが、落下する星を見続けているとそれはとても小さな何かだと気がついた。
「えっ、うそ!!あれって人じゃない!!」
理由は分からない。
だが確かに、私に向かって人が落下してきている。
「えっと、えっと、とにかく助けなきゃ!!」
「ウインドベール」
私は風のベールを落下地点に何重にも展開する。
ここにいたのが私でよかった。
同時にこれだけの魔法を使える人はそう多くない。
「お願い、止まって!!」
私は風のベールに突入するのを見ながら、急いで落下地点へと駆け寄る。
「くっ、」
既に3枚のベールが破れてしまっている。
だが確かに落下速度は軽減されている。
4枚目のベールに突入したところで私の視界は木々によって塞がれた。
落下地点はこの先の森である。
月明かりの届かないこの森を、夜間に移動することは大変危険だ。
それでも私は駆けつけたい。
人を助けたいという気持ち、そして空から落下してきた人に会いたいという好奇心は止められない。
手元のランプを頼りに森の中を駆けて行く。
幸いなことに大きな着地音は聞こえなかった。
風のベールが受け止めたのか、あるいは森自体がクッションになったのかはわからないが、あの勢いのまま着地とはならなかったようだ。
「えぇーと、ここらへんかなー」
私は落下地点と予測できる場所に辿り着いた。
周囲をよく観察するが、何かが落ちてきた形跡は見られない。
もしかしたら、頭上の木の上で止まっているのかも知れない。
「すみませーん、誰かいますかー?」
私は大きな声を出して呼びかける。
だけど返事は返ってこない。
もしかしたら気絶しているのかもしれない。
「とにかく探さないと……」
私がそう考えて再び手元のランプを前に掲げた瞬間、
「危ない!!」
自身の体に大きな衝撃が伝わった。
「いたっ!」
私は地面に勢いよくぶつかり、手元のランプも遠くに放り投げてしまった。
「すまない、だが今は目の前の奴に集中してくれ!!」
私の背中から声が聞こえ振り返る。
ランプが無くなり薄暗闇になってしまったため、ハッキリとはわからないが目の前に人が立っている。
「空から落ちてきた人ですか!?」
「ん?もしかして君があの魔法を?」
「は、はい!!」
「そうか、ありがとう!!あの魔法がなければ危なかった」
どうやら目の前の人物は落下してきた人で間違いないようだ。
声からして男の人だろう。
とにかく生きていて一安心だが、
「今俺たちは魔物に囲まれている。おそらく、コボルトだと思う。突然君を押してしまってすまなかった。背後にコボルトが迫っていたから、咄嗟の行動だったんだ」
私の疑問をわかっているかのように、全ての説明を短時間でしてくれた。
その間も常に周囲を警戒している。
私はその姿だけで確信した。
この人はとても強いと。
「とりあえず、この森から脱出したいんだけど、案内とかってできたりする?」
「は、はい。ただ、ランプが壊れてしまってたので方向だけですが」
放り投げてしまったランプは既に光を失っている。
それなりにいい値段の魔道具だっただけに残念だ。
「そうか、俺の合図でその方向に逃げるぞ」
「はい!」
男は私の手を強く握ってきた。
もちろん逃げるためだとわかっている。
それでもほんの少し動揺してしまった。
「3…2…1…いまだ!!」
男は合図と同時に手に握っていた枝を遠くへと投げた。
そして私が指した方向へと走って行く。
「す、すごい」
この暗闇の中私の手を引いて、木々にぶつかることなく走っている。
おそらく実戦経験が私とは違うのだろう。
「はぁ、はぁ、」
私は手を引かれついて行くことに精一杯だ。
周囲を警戒する余裕なんてない。
もし今襲ってきたら、
「あっ、」
余計な思考が私の視野を狭めてしまった。
足元の木の根に気が付かず、盛大にこけてしまったのだ。
「うっ、」
しかも最悪なことに足を挫いてしまった。
これでは今までのような速度で走ることはできない。
「大丈夫か?」
「すみません、足を挫いてしまいました。私は大丈夫です。逃げてください!」
こんな暗闇での戦闘経験はない。
敵はコボルトとはいえ、良くて五分五分だろう。
それでも、私には戦う力がある。
「そういうわけにはいかない。俺は決して誰も見捨てないって決めてるんだ」
男はそういうと私を両手に抱き抱えた。
「えっ、ちょっ、」
私は突然の行動に頭がパンクしてしまった。
「すまない、魔力を分けてもらうことはできるか?」
「えっ、魔力ですか?」
私は恥ずかしさから男の顔から視線を外しながら応える。
「いろいろあって、今の俺は魔力が一切無くなってしまっている。もし不可能なら、一か八かこのまま逃げるけど……」
「できます!魔力の譲渡できます!!」
私は男の肩に手を当てて意識を集中させる。
魔力の譲渡は誰にでもできるわけではない。
自身の魔力の流れを正確に把握し、自在に操ることができなければ不可能な技である。
「どうやら君は優秀は魔法使いみたいだ」
「そ、それはもちろんそうですが……えっ、ちょっと、どれだけ……」
私は褒められたことに照れくさくなっていたが、違和感を感じ取って冷静さを取り戻した。
一向に男の魔力が満たされないのだ。
目の前の男はおそらく人間だ。
エルフ特有の匂いや、獣人特有の体毛も無い。
人間はエルフと比べて魔力の貯蔵限界が極めて少ない。
それなのに男は私の魔力の半分ほどを注いでも満たされる気配はない。
「ありがとう、それくらいで充分だ」
「それくらいって、」
「舌を噛むかもしれないから、気をつけてね」
私はすぐに口を閉じた。
男の言葉にではない、その体から放たれる魔力に説得力を感じたのだ。
「エンチャント:フェザー」
エンチャント?
聞いたことのない魔法詠唱だ。
「フィジカルブースト」
「ウインドコート」
身体強化と風の鎧、これは私も使える聞き馴染みのある魔法だ。
だが男は当たり前のように詠唱を省略している。
「エクスプロージョン」
男が唱えたのは爆発の魔法。
周囲一体を吹き飛ばすほどの魔法に、私は思わず目をつぶってしまった。
そして同時に私の体を襲ったのはとてつもない圧力だ。
下へ下へと引っ張る力を、体の後ろに回された男の腕によって引き留められている。
突然圧力が消えた。
「もう大丈夫だ」
「えっ、」
私は男の言葉を信じて恐る恐る目を開けた。
「え、えぇぇぇーーーー!!!」
私は空を飛んでいた。
おそらく今、人生で一番大きな声を出しただろう。
それほどまでに私は驚く状況にいた。
「と、飛んでる!!」
「正確には滑空してる、だけどね」
私はそんな男の笑い声が聞こえ、顔を後ろに向けた。
「は、羽?」
男の体には白く、美しい羽が背から伸びていた。
目の前の男は鳥人だったのか?
いや、先程までそんな気配は一切なかった。
ならいったいどういうことだ?
私の頭の中をさまざまな疑問が駆け巡った。
だがその疑問全てをかき消してしまうほどに、月光に照らされた男の姿が美しく思えた。




