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1-9 旅の始まり

 エンチャント魔法。

 俺が勇者として活躍していた時代は、多くの魔法使いが使える一般的な魔法であった。

 

「この魔法を使うにはイメージが重要だ」

「は、はい」


 そんな魔法を俺は今目の前の少女に教えようとしている。

 今まで誰かに魔法を教えた経験はない。

 だが、問題なくできる自信がある。

 いっそのこと、この世界で魔法教室でも開いてみようか。

 勇者としての経験がいきそうだ。


「今回は俺と同じように羽のイメージをしてみよう」

「はい!!」


 先ほど俺がユリに生やした羽はすでに消えている。

 だが彼女の目と記憶にははっきりと残っているはずだ。

 実際に手で触れたり、なんなら燃やしたりしていたため、イメージすることはそこまで難しくないだろう。


「その羽が自身の体に生えるイメージを持って、」

「はい!」

「一緒に唱えるぞ!」


「エンチャント:フェザー」

「エンチャント:フェザー」


 俺に続いてユリが魔法を唱えた。


 俺の背中には真っ白な美しい羽が、そしてユリの背中には……


「まぁ、いきなり成功は難しいよな」


 彼女が羽を生やすにはもう少し練習が必要なようだ。



---



「エンチャント:フェザー」


 しかし何も起こらない。

 今ので五度目の失敗だ。

 

「すみません、」

「いや、謝ることじゃないよ」


 おそらく彼女のイメージは固まっているはずだ。

 なら、あとはそのイメージを具現化するだけなのだが、


「あのー、」

「ん?」


 俺がどのように魔法を発動させようか悩んでいると、ユリが申し訳なさそうに顔を覗き込んできた。


「この魔法って、詠唱はないんですか?」

「詠、唱……だと?」


 それは自身の頭が破裂するかのような衝撃だった。

 魔法を発動するには詠唱が必要とされている。

 だが、多くの魔法使いはこの詠唱を短縮して魔法を使っている。

 もちろん俺もだが、俺の場合やや特殊である。

 俺は一度も詠唱を使って魔法を発動させたことはない。

 それは、魔法には詠唱が必要だというイメージを持っていなかったからだ。

 魔法名=魔法の発動、このイメージを持っていたため、魔法の詠唱が不必要だったのだ。

 魔法はイメージが大切とは、まさにこのことである。


 さて話を戻すが、俺は魔法の発動に詠唱を必要としない。

 それは例外なく、全ての魔法に共通している。

 もちろん、エンチャント魔法も同じだ。

 つまり、俺はエンチャント魔法の詠唱を知らないのだ。

 これは俺にとっては全く問題ない。

 だがユリにとっては大問題である。

 初めて使う魔法はまず詠唱から発動させる。

 そして魔法の発動に慣れてきたら、少しずつ詠唱を短縮していくのだ。

 俺が今教えてきたのは、これらの過程をすっ飛ばしたものである。


「すまない、詠唱は分からないんだ」

「そ、そうですか……」


 ユリはとても残念そうな表情を浮かべたあと、また一人でエンチャント魔法の練習に取り掛かった。

 だが、このまま同じ方法を続けても成功する確率はかなり低いだろう。

 これは月明かりの無い夜道を走るようなものである。


 もしかしたら、エンチャント魔法のようにこの世界から失われてしまった魔法は多くあるのかもしれない。

 俺が使えたとしても、再現性がなくいずれ失われてしまうのだろう。


「ユリは今までも、こうして魔法を探していたのか?」

「あっ、はい!まぁ、失われた魔法なんて大きなものは見つけたことはありませんが」


 俺は平和になったこの世界を見てまわりたいと思った。

 自分が守った世界を。

 だが改めて考えると、俺はただ魔王を倒しただけだ。

 その後の世界の復興や新しい社会の形成には一切関わっていない。


 俺はこの世界に何も残せていない。


「ユリ、これからも旅を続けるんだろ?」

「はい、もちろんです!!私の夢は全ての魔法を知ることですから!!」


 彼女はエルフだ。

 これから何百年、何千年と時を過ごしていく。

 俺の知るエルフたちは人との交流はあまり好まなかったが、この千年で変わったのかもしれない。

 もしかしたら、ユリだけが社交的な性格なのかもしれない。

 どちらにしろ、ユリはこれからの人生で多くの出会いを経験するだろう。

 なら、彼女に俺が生きた証を残すのも悪く無い。

 平和になったこの世界に、なった勇者は必要ない。

 もし必要になっても、それは俺ではない誰かだろう。

 

「ユリ、俺もその旅に同行してもいいか?」

「えっ、それは、とても嬉しいです!!ですが、いいのですか?アルトさんを独り占めしてしまっても」

「別に構わないさ。この世界での俺の役割はすでに終わっている。これからの余生を満喫させてもらうぜ」

「ふふ、そうですね。あの伝説の勇者様に、これ以上頑張れなんで誰も言えませんから」


 ユリは小さく笑いながら、そう呟いた。


「俺が知ってる魔法の知識は、ユリに全部教えるからな」

「嬉しいです!」

「時間はたっぷりとあるんだ、一つずつ覚えていくか」

「はい!一つずつですね。あっ、でもアルトさんは百年ほどしか寿命がないので、なるべく早く覚えられるように頑張ります!」

「百年ほどって、それだけあれば充分だろ……あっ、それから俺の戦力には期待しないでくれ。昨日話した通り、俺は一日一分しか全力で戦うことができない。しかも、その力がどれだけのものかもよく分からない」


 俺は自分の能力については、ある程度ユリに話している。

「限界到達点リミットオーバー」についてももちろん伝えてある。


「旅の間は頼りにさせてもらうぜ」

「こう見えても、私結構凄腕の魔法使いなんですよ」


 ユリが凄腕の魔法使いであることはわかっている。

 彼女がいれば、大抵の問題は片付くだろう。


「旅か……」


 俺は昔の光景を思い出す。

 たわいのない会話をしながら歩いた道、見たことのない魔物との遭遇……


「楽しみだな!」


 俺は再び旅を始める。

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