2-3 密会
「領主様は、」
「サンドルでいい」
「……サンドルさんは、俺の正体に気が付いていますね」
「なんのことだか」
サンドルは僅かに笑みを見せ、俺の問いを流した。
まぁ、これは本題ではない。
サンドルさんが俺のことをどのように捉えているかは、あまり問題ではないだろう。
「今日は、あなたにこの世界の危機を伝えに来ました」
俺がここを訪れた目的は二つある。
その一つ目はこの街の領主に俺が感じ取った脅威を伝えるというものである。
俺や他の冒険者と比べて、領主というのは発言力が大きく異なる。
より早く情報を広めるなら、彼に伝えるのが最も手っ取り早いだろう。
「ほおぉー、それは戦場に現れたという悪魔の存在についてか?」
「ユリたちから聞いていましたか。そうです、俺が伝えに来たのは悪魔についてです」
今日ユリたちが領主と話をしている。
そこであらかたは情報を伝えているだろう。
だから俺が伝えに来たのは、勇者としてこの状況をどうとらえているかについてである。
「俺が倒した悪魔は、とても強い敵でした」
「なるほど、君が言うと説得力が段違いだ」
「そして最悪なのは、その脅威が今回の一体だけではないということです。奴は、自身を13柱の11の柱だと名乗りました。おそらくあのような者があと12はいるかと」
ユリたちがどこまで話しているのか、そもそもあの極限状態でどれ程の会話を覚えているか分からない。
念のためにも丁寧に説明した方がいいだろう。
「ですが、俺が最も脅威に感じたのはその数ではありません。奴は自身を「癒しのラムダ」と名乗りました」
俺は奴の名乗りの部分で引っ掛かった部分がある。
それは、自身を「癒し」だと名乗ったことである。
「癒し」の異名から考えられる奴の特徴は一つしかない。
そう、あの蘇生能力である。
上位種、そしてゴブリンエンペラーを蘇生したあの力、最初は悪魔に共通する力だと考えた。
だが、あの悪魔の発言から考えてあれは固有の能力の可能性が高い。
つまり、他の悪魔も固有の力を持っているだろう。
そしてそのどれもが強力なものだと考えられる。
「悪魔には、おそらく固有の特殊な力があります。ラムダのそれは、死んだものを蘇生する力でした」
「なるほど、ゴブリンエンペラーが再び立ち上がった理由はそれか。厄介なことだな」
「はい、個体の力だけなら魔王の方が脅威でしょう。ですが、あの特殊能力、そして数を考えれば今回の敵は千年前を超えるかもしれません」
「そうか……わかった。詳しい報告は私からしておこう」
「助かります」
話が速い。
サンドルさんは俺の考えを理解してくれたようだ。
これで、現状の危機的状況はすぐにしかるべき者たちに伝わるだろう。
「それで君はどう動く?」
「正直悩んでいます。俺は一度世界を救いました。すでに自分の役目は終わったと思っていました。ですが、俺は二度目の使命を受けたのかもしれません」
「君の活躍はこの世に生きる人は皆知っている。だから、私の口からもう一度戦ってくれなど決して言えない」
「……俺はこの世界が大好きです。この世界に生きる者が大好きです。俺が一度守ったこの世界を壊されるわけにはいかない。だから、俺は戦います。勇者としてかは分かりませんが、俺はこの世界を守るために戦います」
「そうか、ありがとう」
サンドルが深く頭を下げた。
深く、そして長く。
「顔を上げてください」
サンドルがゆっくりと顔を上げる。
「さて、話を次に進めましょう」
「次?」
そう、俺が今日ここを訪れた目的は二つある。
一つ目は悪魔についての報告。
そしてもう一つは……
「実は今日この街でとある噂を耳にしたのです」
「噂?勇者の事か?だが、あれを食い止めるのは」
「勇者は勇者なのですが、俺が気になったのは王都で開かれる勇者選定の儀式についてです」
そう、俺が気になったのは勇者選定の儀式についてである。
これは今日街を散策している中で何度も耳にした言葉である。
王都で勇者選定の儀式が開かれるらしい。
千年ぶりに勇者の誕生だ。
街を襲ったのは新しい脅威の始まりなのか?
こういった声が街中であふれていた。
「勇者選定の儀式、なるほど噂が回るのが速いわけだ」
サンドルさんも俺と同じ考えのようだ。
街の脅威に対して突如現れた存在。
冒険者たちはそれは勇者だと考えた。
確かに未知の力を扱うものを勇者と考えるのはおかしくない。
だけど普通ではない。
最初に浮かぶ選択肢ではない。
だが、この街では勇者の可能性が噂としてすさまじい速さでまわった。
つまり、勇者が現れる可能性を皆が考えていたということだ。
そして、それが勇者選定の儀式である可能性が高い。
「勇者選定の儀式については確かにこの街で私が一番詳しいだろう」
やはりこういう特別な情報は偉い人が持っているというのが定番である。
「勇者選定の儀式は今から約一か月後に王都で開かれる儀式だ。王都にとある魔道具がある。未来を予知すると言われている魔道具だ。これは限られたものにしか知られていない。そしてこの魔道具が半年前とある未来を予言した」
「再びこの世界が脅威にさらされる」
「だが、それに対抗する力も現れる」
「この二つの未来が予知され、王族はすぐに勇者選定の儀式を行うことにしたのだ」
未来を予言する魔道具。
その存在にはとても興味がある。
サンドルさんは新たな脅威について知っていた。
言われてみれば、さっきの話も理解がとても早かった。
「この儀式には限られたものが参加する」
「限られた?」
「あぁ、誰もが参加できたら収拾がつかなくなるからな」
確かに、勇者選定の儀式がどのように行われるかは分からないが、人数はある程度絞った方が良いだろう。
「参加できるのは冒険者協会から選ばれた者、そして各街が推薦した人物だけだ」
「なるほど、実力者の中から次の勇者を探すのか」
正直勇者とは何なのか、俺でも正確には説明ができない。
だが、単に強い者が勇者なのかと言えば違う気もする。
それでも、脅威に対抗する強い人物を求めてこの儀式を行うのだろう。
「実はこの街は、この儀式に参加する人物を決めていない。もし、君が望めば」
「いや、遠慮します」
俺はこの儀式には参加しない。
これは、新しい勇者を探すための儀式だ。
元勇者が出張る場所ではない。
「代わりにと言っては何ですが、ユリを推薦してもらえませんか?」
「ユリか……どうして?」
「俺は、彼女の才能を信じています。必ず強くなります。勇者かと言われたら違う気もしますが、強者が集まるこの儀式は必ず彼女の力になります」
「ふん、勇者にそこまで認められるとは羨ましいな。わかった、この街からはユリを推薦しよう」
「ありがとうございます」
こんな場所で勝手に決めて申し訳ないが、これは必ず彼女のためになる。
それに、俺は王都を次の目的地としている。
この勇者の儀式に関わらない手はないだろう。
「話の内容は以上か?」
「あぁ……いや、一つだけ残っていたな」
俺は領主との密会で話したいことは全て話し終え、部屋を去ろうとした。
だが、一つ思い出したことがありその場に踏みとどまった。
「サンドルさんの家名は、テイラーじゃないですか?」
「いかにもそうだが」
この世界では、あまり家名を名乗らない。
理由は、確かエルフが家名を持たないからとかそんな感じだった気がする。
だが、全ての人物が家名を持っている。
アルスやレオンのような冒険者もだ。
「やっぱりそうですか」
「領主とはいえ、よく知っていましたな」
「いや、知っていたわけではありません」
「ではどうして?」
「昔の仲間と顔が似ていたので」
サンドルさんは、太めのキリッとした眉毛に贅沢な髭を蓄えている。
その顔に俺は懐かしい面影があった。
昔、共に戦った仲間の一人だ。
「その仲間の家名がテイラーだったので」
「そうか、妙な縁があるものだな」
「そうですね」
当たり前だが、俺が当時共に戦った者たちはほとんど生きていない。
だが、彼らの子孫は今この時代を生きている。
あの戦いを生き残った者たちには、それなりの地位が与えられたはずだ。
実際、テイラーは武器職人の一人で戦場に出ながら武器を作る変わったやつだったが、領主の家系となっている。
王都では、懐かしい名前を聞くことになるかもしれない。
「では、おやすみなさい」
「あぁ」
俺は再び夜の街へと飛び出した。




