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0-2 エルフの天才

 これはとある少女のお話。

 


---



 この世界はつまらない。

 

 私は木々で遮られた空を見ながら、一人ため息をついた。


「おーい、レイ!!」


 遠くから私を呼ぶ声が聞こえる。

 この二十年間、嫌というほど聞いた声である。


「まったく、アイツはすぐ隠れるんだから」


 別に隠れているつもりはない。

 私はただ木の上で休憩しているだけだ。

 それを見つけられない向こうが悪い。


「私はココよ」

「うわっ!!」

「そんなに驚かないでよ」


 いつもと変わらない反応だ。

 私に声をかけてきたのは、幼馴染のライだ。

 エルフ族において、幼馴染というのはとても珍しい。

 長命だが、人数が少ないのがエルフ族の特徴だ。

 そんな中で、同じ日に生まれた私とライは共に多くの時間を過ごしてきた。

 彼は私にとって家族のような存在である。


 名前だって、レイとライで似ている。


「レイ、今日がなんの日か分かってるのか?」

「成人の儀式の日でしょ」

「はぁー、分かってるならもっと大人しくしておいてよ」


 私とライは今日二十歳の誕生日を迎える。

 エルフ族は二十歳を迎えると、成人扱いを受けることになる。

 そして、その日に行われるのが成人の儀式である。

 コレは盛大に行われる儀式である。

 そして、今年は二人分の儀式を行うため、例年より派手で壮大なものになっているらしい。


 祝われるのは嫌いじゃない。

 ただ、少し恥ずかしいだけだ。


 私がこうして木の上にいるのも、朝からたくさんの人に祝われて気恥ずかしくなってしまったからである。


「ほら、みんな主役はどこだって探してるよ」

「ライがいるじゃない」

「レイもだろ」

「……わかったわよ」


 ライはいつも正しい。

 そして私はいつも間違っている。

 だから、彼の言うことは素直に従っておいた方がいい。


「ライ、服が汚れてる」

「あっ、本当だ。これ、怒られるかなー」

「もぉー、そこ動かないでね」


 ライはお人好しだ。

 仲間意識の強いエルフのなかでもとくに。

 きっと、自分のことなど考えずに私を探して走り回っていたのだろう。


 私はライの前に手を掲げる。


「アクアバブル」


 私の手から小さな泡が放たれる。

 そしてライの服についた泥を削ぎ落とした。

 

「ソフトウインド」

「リトルファイア」


 そして、温かい風を送って服を乾かした。


「流石レイだね」

「大袈裟よ」


 正直言って私は天才だと思う。

 物心着く頃には魔法を使うことができた。

 魔法の才に優れるエルフ族でも、自分ほどの才能を持つ者はそういないと思う。

 だけどこの才能は私とライの二人だけの秘密にしてある。


「その才能を聞けば、大人はほっとかないだろうに」

「それが嫌だから、秘密にしてるんでしょ」


 私は面倒ごとが大嫌いだ。

 つまらない、つまらないと言いつつ、面倒ごとは避ける非常にめんどくさい女だ。

 そう自分で理解していても、そう言う性格なのだからどうしようもない。


「ほら、行くよ」

「……はーい」


 そんな私にとってライの存在はありがたかった。

 こんなめんどくさい女に話しかけてくれるのだから。



---



 成人の儀式、それはエルフ族が二十歳を迎えた際に行われるものである。

 とても重要な儀式で、成人を迎えることで一人前のエルフとして認められることになる。

 成人するまでは、この森の中で過ごさなければいけないが、成人してしまえば森を出るも出ないも自由である。

 まぁ、ほとんどのエルフはこの森に残り続ける。

 エルフにとってそれほどこの森は大切な場所で、過ごしやすい場所だからである。

 森を出ていくエルフがいたら、それは物好きかよほどの嫌われ者だ。


 そして私は、成人したら森を出る物好きなエルフである。


 毎日同じ景色。

 毎日同じ食べ物。

 毎日がつまらない。


 なら、それを変えるしかない。

 私は成人の儀式を終えたら森を出る。

 森の外には、エルフ族以外の種族がいる。

 人間族と獣人族だ。

 エルフ族の中には、他の種族を毛嫌いするものもいるけど……私は違う。

 私にとって外の世界の全ては、私をつまらないから解放してくれる存在だ。


「……誓いますか?」

「誓います」


 適当に聞き流していた言葉に返事をする。

 コレで成人の儀式は終了だ。

 なんともまあ、簡単な儀式である。

 だが、この儀式はエルフ族にとって重要なものである。

 私とライを囲んでいたエルフたちが一斉に拍手をする。

 同族意識の強いエルフだが、これだけの人数が一斉に集まる機会は儀式以外にはない。

 つまり、これは成人の儀式という建前を使った交流の場でもあるのだ。



---



「注目されるのは最初だけ、もう誰も私たちに興味なんてない」

「そんなこと言うなよ。まぁ、思うところが無いわけではないが」


 隣に座るライも近くに灯る明かりを見ながら、どこか気の抜けた声で会話を返してくる。

 成人の儀式を終え、すでに場は宴会会場へと変化している。

 あまり派手な催しが好きでは無いエルフでも、この日は特別である。

 森で作られた貴重なお酒も大盤振る舞いである。


 私とライは少し離れたな場所で静かな時間を過ごしている。


「レイは森を出るんだよな」

「うん、明日には出るつもり」

「……そうか」


 20年だ。

 いや、エルフ族の長い寿命から考えたらほんの一瞬に過ぎないだろう。

 だから、こう言い換えよう。

 私が生まれてから今日まで、ライが隣にいた。

 だから不思議な感じがする。

 明日からは、一人の時間が始まるのだと。


「ねぇ、ライ。もしよかったら……」


 一緒に来ない?

 その言葉を口が紡ぐ前に、私の体が大きく横に吹き飛ばされた。


「いった、ライ何を……」


 私の体はライが座っていた場所から衝撃が伝わった。

 つまり、私の体はライによって押されたのだ。


 いったいどうして……その疑問は最悪の形で理解することになった。

 

「ラ、イ?」


 私の前にはライの体がある。

 だが、そこにあるのは上半身だけだ。

 下半身は、私が座っていた場所に残されている。


 魔物である。

 ライの体を真っ二つにしたのは魔物である。

 それもただの魔物ではない。


「アンデッドドラゴン!?」


 私たちの目の前の現れたのは、全身が骨によって構成された竜。

 魔法に対して極めて強い耐性を持つ、エルフにとって相性最悪の魔物である。


 逃げなきゃ。


 だが私の体は動かない。

 私は天才だが、魔物との戦闘経験はない。

 エルフの森は強力な結界に守られている。

 魔物が入ることなど当然不可能である。

 だから、私は恐怖という感情を知らずにここまで来たのだ。


「ストーム」


 アンデッドドラゴンの牙が私を捉えようとした瞬間、ライがかすれる声で魔法を唱えた。

 詠唱もなしに、高度の魔法を詠唱したのだ。

 ライは己に残された力全てを使い、レイの体を吹き飛ばした。


「ライ!!」


 レイの体は強烈な風に包まれ、空中へと吹き飛ばされる。

 レイには何もできなかった。

 守ることも、戦うことも。

 ただ、アンデットドラゴンに踏み潰されるライの最後を見届けることしかできなかった。



---



「なぜ、こんな場所にアンデットドラゴンが!?」

「動きを止めろ!!」


 エルフの森は混乱に包まれていた。

 突如現れたアンデットドラゴン。

 結界により現れるはずのない魔物の出現に、エルフたちの行動は遅れをとった。

 さらに成人の儀式が重なったことで、酔いが回っているエルフも多くいた。

 まるで何者かの策略かのようなこの騒動によって、森は絶望的状況を突き進んでいた。


 アンデットドラゴンが通った場所は、あらゆる生命を腐らせる毒が充満する。

 美しい自然に包まれたエルフの森が急速に腐敗していく。

 必死に抵抗するが、魔法に対して耐性を持つアンデットドラゴンをエルフたちは突破できない。


 そんな場所に一人の少女が姿を見せた。

 いや、少女ではない。

 既に成人の儀式を終えた、立派な女性である。


「レイ!?」


 逃げるエルフと追うアンデットドラゴンの間に少女が立ち塞がった。


「私は何もできなかった」


 私は自分のことを天才だと思っていた。

 誰よりも魔法が使えて、他のエルフとは違うって思っていた。

 森から出る勇気のないエルフとは違うって。

 だけど私も同じだった。

 恐怖に支配され、動けなくなった。

 大切な家族を守れなかった。

 

「私は天才なんかじゃない」


 天才じゃない私には何ができるのか。


「地獄の業火よ、『インフェルノ』」


 私は魔法を使うことしかできない。


「嵐よ、『サイクロン』」


 ただ、己の魔力が尽きるまで魔法を使うことしかできない。


「吹雪よ、『ブリザード』」


 救われた命で私ができるのは、魔法を放ち続けることだけだ。


 自身を天才ではないと言葉にしたレイ。

 だが皮肉にも、彼女が放ち続ける魔法は彼女が天才である証明だった。


 そして、夜が明け太陽が登り始めた頃……


「倒したのか……」


 一人のエルフがアンデットドラゴンを魔法で倒し切った。

 この光景を見た全てのエルフが、彼女こそが最も才能を持つものだと認識した。



---



「ライ、私はエルフの森に残るよ」


 レイは静かに言葉を口にする。

 そこには誰もいない。

 あるのは、小さな苗が一つだけ。


 現実を知った。

 自身の力を知った。

 だから彼女はエルフの森に残る選択肢を選んだ。

 魔物によって滅茶苦茶にされた森が治るまでの間、彼女は森に残り続ける。



 エルフの天才「レイ」

 彼女が勇者の仲間として、森を出るのはもう少し先のお話である。

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