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1-43 もう一度

 全身に力がみなぎる。

 視界がクリアになる。

 周囲の音がはっきりと聞こえる。

 靄のかかった世界が晴れていく。


「いったい何を」

「フィジカルブースト」


 俺は全身の身体能力一気に引き上げる。

 悪魔との距離は12メートル。

 瞬き一つの間に移動できる距離である。


 そして、俺は既に剣を振り終えている。


「くっ、」

「マジかよ」


 今の一撃、まさか反応されるとは思わなかった。

 俺の最速の一撃を紙一重で見切り、負傷は腕一本と最小限にとどめられてしまった。

 13柱といういかにもな肩書を持つ以上、目の前の悪魔は強敵であると認識するべきだろう。


「インフェルノ」


 目には目を、歯には歯を、地獄の悪魔には地獄の業火をである。

 

 俺が放った地獄の業火は一瞬にして悪魔を包み込む。

 だが、その業火は悪魔によって霧散されてしまう。


「蘇れ、屍の兵たちよ」


 悪魔の言葉が響くと、周囲から複数の気配が同時に立ち上がる。

 死者の蘇生。

 それが癒しの悪魔であるラムダが持つ力なのだろう。

 俺が倒したゴブリエンペラーが蘇ったように、周囲の上位種たちが蘇っていく。

 

 蘇ったのは、ゴブリンシャーマン5匹。

 その全てが俺に向かって魔法の詠唱を行なっている。


 上位種5匹に狙われる。

 何一つ問題はない。


「ブリザード」


 猛烈な吹雪が一瞬にしてゴブリンシャーマンを凍らせる。


「なっ、」


 死者の蘇生。

 それはとても厄介な力である。

 それも敵が強大であればあるほど効果は絶大なものになる。

 だが、決して最強の力ではない。


 最も効果的な方法は、殺さずに動きを封じることだ。

 氷漬けにされたゴブリンシャーマンは一切身動きが取れない。

 こうなってしまえば、蘇生なんてものは一切関係がなくなるのだ。


「なぜ、こんな奴が!!」


 紳士的な言動も消え、悪魔の言葉には焦りが見える。

 そして、焦りを覚えた悪魔が取る行動。

 それは、


「ココハ、」

「させない!!」


 悪魔との一度目の戦い。

 俺は完全な奇襲を喰らった。

 そこにいなかった存在が、突然そこに現れたかのような違和感。

 途絶えそうな意識の中、俺は悪魔が現れた位置を目に焼き付けた。

 あの日は、月明かりのある夜だった。

 そう月明かりにより出来た影と、悪魔の出現位置は完全に一致していたのだ。

 つまり、悪魔は影に身を潜めることができる。


「サンライト」


 周囲が真っ白な世界へと変化する。

 これは幻影魔法ではない。

 単純に複数の光源により、影も生まれない白の世界を作り上げただけである。


「クソ、」

「コレで終わりだ!!」


 逃げ場を失った悪魔。

 俺はそこに畳み掛ける。

 

 悪魔の尾が伸び、とてつもない速さで俺を貫きにきた。

 だが、今の俺ならその程度の攻撃は見てからかわすことが出来る。


 悪魔については情報が全く足りない。

 目の前のおしゃべりな悪魔によって、多少の情報は得ることができたが、目的など肝心なことは何一つとしてわかっていない。

 この場で最高の選択は、悪魔を生け捕りにすることである。

 だが、それは現実的ではない。

 今の俺は「限界到達点オーバーリミット」によって、一分間という時間制限付きの強化を行なっている。

 じきにその効果も切れてしまう。

 そして、効果が切れた後にこの悪魔を捕獲し続けることは困難だろう。

 目の前の悪魔は蘇生という特殊な力も厄介だが、単純な強さもかなりのものである。

 正直、こんなバケモノがあと12柱もいるというのはとても恐ろしいものである。

 

 きっとこの世界には新たな脅威が迫っている。

 それは、俺が千年前に倒したものより強大なものかもしれない。

 これから多くの人がその脅威に立ち向かっていくだろう。

 ユリを始めとした、新しい世代の者たちの戦いが待っているだろう。

 そんな戦いの始まりを、こんな老兵が務めてしまうのは申し訳ないが、


「エンチャント:アイス」


 これは一度世界を救った勇者の責任でもある。

 そして、再び呼び出された勇者の役割でもある。


 俺は氷の剣を悪魔に振り下ろす。

 受け止めようとしても無駄である。

 俺は悪魔を切り裂いた。


「凍れ」


 血は流れない。

 傷もつかない。

 だが、体の芯から氷へと変化していく。


「ナゼ、ユウシャガココニ」

「勇者だからだよ」


 俺は氷漬けになった悪魔を氷片へと砕いた。



---



 私は見ていた。

 いや、私以外にも見ていた人はいただろう。


 瞬きの間に移動し、すべてを凍てつかせる魔法を放ち、そして誰もが恐怖する未知の存在を一撃で仕留める。

 まるで、物語の中から出てきたような存在。

 そんな者の名乗りを聞いていたのは、この場にいる三人だけである。


 そして、彼がその名乗りを上げる前に一瞬みせた表情。

 それをくみ取ることができたのは、その表情を向けられた私だけである。


 彼は優しい人だ。

 だから彼はすべて背負ってしまう。

 

「ユリ、ごめんな」


 あぁ、謝らないでほしい。

 彼が謝る必要なんてどこにもないのだから。

 

「前に俺は、この世界での俺の役割は終わってる、そう言ったよな」


 私がアルトさんと旅を始めたときの言葉だ。

 まだ旅を始めてからたいした時間は流れていない。

 それこそ、エルフである私にとっては長い人生における一瞬の出来事だろう。

 だけど、彼と過ごした時間はとても濃密なものだった。


「だけど、俺の役割はまだ終わっていなかった。勇者として、果たすべき役目はまだ残っていたんだ」


 彼の覚悟が誰よりも強いものだと私は知っている。

 だって、一度この世界を救った勇者様なのだから。


「どうやら俺は、もう一度この世界を救わなければいけないらしい」


 私は怖い。

 今から彼から告げられるであろう言葉を聞くのがとても怖い。

 

「ユリ、」


 彼から離れたくない。

 まだ彼から学びたいことがたくさんある。

 

 まだ、私の気持ちを伝えていない。


「俺と一緒に、来てくれないか?」

「え?」

「ユリの夢も知っている。勝手なことだってわかっている。だけど、俺はユリと旅がしたい。ユリの力を俺に貸してくれないか」


 ずるい。

 本当にずるい。

 何度この気持ちを味わえばいいのだろうか。

 

「もちろんです」


 私は彼の隣に立ちたい。

 ゴブリンエンペラーを倒せても、まだ彼の隣に立つことはできなかった。


 私の夢は、この世界の魔法をすべて知ること。

 そして、もう一つは……


「元勇者の頼りない俺だけど、これからも頼むぜ!!」

「はい、こちらこそ!!」

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