1-40 悪魔
ゴブリンエンペラーが倒れる。
地面から伝わる衝撃が、目の前の事実を確かなものだと認識させる。
「癒しの力よ、『ローヒール』」
ユリは自身の体に回復魔法をかける。
「エンチャント」を自身に付与し、ユリは空を飛んだ。
いや、正確には滑空しただけである。
爆発によって強引に空中に飛び出し、そのまま落下するようにゴブリンエンペラーに突撃した。
ロイドを離した後も、勢いは緩まずにそのまま地面に激突した。
なんとか歩けるまでに回復したユリはゆっくりとロイドに向かって歩いていく。
ロイドもユリと同じように地面に転がっていたが、体に負っている傷はユリ以上である。
「ロイドさん……」
ユリはロイドの肩に手を置く。
「癒しの力よ、『ローヒール』」
ロイドの体中の傷が少しずつ癒されていく。
本格的な治癒とはいかないが、今一瞬、勝利を分かち合う時間はつくることができるだろう。
「ユリさん、ありがとうございます」
「ロイドさん、私の無茶な作戦にのってくれてありがとうございました」
「いえ、あの場での最適解だと思いますよ」
軽く話せるまでには、回復したようである。
ユリは連戦に次ぐ連戦で疲れ切った頭で考える。
あれは本当に最適解だったのだろうかと。
それに、ユリにはわずかな不安が残っていた。
「南門はこれで終わりですね。あとは、東門ですが」
ユリたちが担当したのは南門である。
上位種、そしてゴブリンエンペラーまでもが南門に集中したため、東門は想定以上の被害は出ていないだろう。
既に、南門にいた冒険者の何人かは東門の方へと向かっている。
「ししょーー」
弱々しい声が聞こえてユリは振り返る。
「リク、ずいぶんボロボロだな」
「師匠も同じですよ」
全身ボロボロのリクがユリたちの方へと歩いてきている。
ゴブリンエンペラーにとどめを刺した英雄だ。
早いところ回復させてあげたい。
「えっ、」
そんなことを考えていたユリの思考は、一瞬にして固まった。
ユリだけではない、隣にいるロイドも言葉を失って眼を広げている。
「二人してどうしたんすか?俺なら大丈「逃げろ!!」……ゔぇ?」
リクの口から血が溢れる。
膝から崩れ落ちる。
リクの腹を黒い何かが貫いている
「リク!!」
ロイドはリクの元に駆けつけようとするが、思うように体が動かない。
ユリは目の前で起きた出来事をまだ処理しきれていない。
ユリたちは確かにゴブリンエンペラーを倒した。
だがリクが何かに刺される直前、ゴブリンエンペラーが倒れた場所から何かが立ち上がった。
そしてロイドの声も間に合わず、リクの腹が貫かれた。
「し、しょ……」
口から血をこぼしながら、リクは手をロイドの方に伸ばした。
「リクさん!!」
状況を理解すること諦めて、ユリは飛び出した。
「風よ、」
リクを助けるために魔法の詠唱にはいる。
だが、そんなユリめがけてリクが投げられた。
ドン!!
リクがユリにぶつかり、ユリの詠唱は中断される。
そして、リクと一緒にユリは地面に強くぶつかる。
リクの下敷きとなったユリは、強く体をぶつけて呼吸も上手くできない。
視界が霞む。
ユリは霞む視界で、黒い何かを捉えた。
真っ黒な羽。
長く伸びた尻尾。
そして、人のような体格。
「……あくま」
ユリたちはゴブリンエンペラーと戦った。
勇者の伝説に登場する物語の中の魔物である。
だけど、その物語は実際の出来事を記したものである。
だから、物語の中の魔物といっても、実在することには何ら疑問は浮かばなかった。
だが、今目の前にいるそれは違う。
正真正銘、物語の中にしかいないそれである。
死後の世界と呼ばれる、天国と地獄。
その地獄にいるとされる存在、それが今目の前にある悪魔である。
「嘘、だろ」
ロイドは目の前の出来事に再び言葉を失う。
ゴブリンエンペラーが立ち上がったのだ。
先ほど三人で死力をつくして倒した魔物が立ち上がったのだ。
確実にその命を奪っていた。
傷は癒せても、命を取り戻すことはできない。
いや、それはあくまでこの世界の常識だ。
今目の前にいる存在を、自身が仮定するものだとするなら、この世のものならざる存在である。
「逃げろ!!」
ロイドは声を上げる。
声を上げることしかできない。
痛みなど忘れ、地面を這いずっているがリクとユリの元には辿り着けない。
そんなリクとユリの元にゴブリンエンペラーが向かっていく。
「癒しよ、『ローヒール』」
ユリは力を振り絞って魔法を詠唱する。
早急に対処しなければ、リクの命は消えてしまう。
必死に、必死に、ユリは回復魔法をリクにかける。
「あっ、」
そんなユリの視界に、ゴブリンエンペラーが映る。
自身の方に向かってきていたことは理解していた。
悪魔が笑みを浮かべている。
嫌な笑みだ。
あぁ、最後に見る景色がこれか。
拳が振り下ろされる。
……
……?
不思議と体には衝撃が伝わってこない。
死ぬ直前に時間が長くなるというものだろうか。
私は思わず瞑ってしまった目を開いた。
「……ユリ」
私の前には、拳ではなく優しい手のひらが置かれていた。
あぁ、ずるい。
本当にずるい。
私は溢れる涙を堪えきれない。
「頑張ったな」
「うん!!」
私は彼の手を握る。
優しく、そして誰よりも強い彼の手を。
絶体絶命の状況。
勇者が、いやアルトが間に合ったのだ。




