1-39 バージの戦い2
「エンチャント:アイス」
その言葉と同時に剣が凍り始める。
剣の持ち主は自身の剣の変化に驚いている。
この世界には魔剣と呼ばれるものがある。
別に特別なものではない、魔道具の剣のことを世間一般的にそう呼んでいるのだ。
バージの領主がロイドに渡した剣も魔剣と呼ばれるものの一本である。
「アグニス」と名付けられたその魔剣は、獣人族の鍛冶師が作成したものである。
この場にいる三人は知らないが、バージの領主に贈られたその魔剣は由緒ある名剣である。
そんな魔剣を手にしていたロイドは、自身が抱いた感覚に驚愕している。
ユリの魔法によって生み出された剣は、「アグニス」より優れた剣である。
自身の確かな感覚がそう告げている。
だが、ただの優れた剣ではないことも理解できる。
「師匠……」
リクもロイドと同じ感覚を抱いてる。
違和感を感じつつも、自身が持つ剣の確かな性能には気が付いている。
「ユリさん、この剣で戦えばいいのですね」
「はい、剣には氷の属性を付与しています。おそらく、炎の魔剣に近いことができると思います」
ユリは自身が施した「エンチャント」について、剣を強化するといったイメージで魔法を使用した。
魔法はイメージである。
だが、イメージが魔法の全てではない。
竜巻のイメージで風魔法を発動しても、詠唱や魔法名が異なるものであればそよ風を起こすことしかできない。
つまり魔法の発動には、複数の要素が折り重なっているのだ。
だからユリは自身が発動した「エンチャント」の本質を理解できていない。
だが、発動のもとにしたのはアルトの魔法である。
彼女が発動した「エンチャント」は、彼女の想定以上の効果を及ぼしたのだ。
水蒸気が消え、ゴブリンエンペラーと再び目が合う。
戦いは再び始める。
氷の剣を手に、二人の剣士がゴブリンエンペラーへと距離を詰める。
ロイドとリクは息を合わせた連携で、ゴブリンエンペラーを挟む形で攻撃を仕掛ける。
同時に二箇所からの攻撃、一本の剣を使うゴブリンエンペラーでは防ぐことの難しい攻撃である。
だが、ゴブリンエンペラーは最適解を叩き出す。
同時の攻撃を避けるように、リクの方へと自ら近づく。
胴体の大きさに見合わない、素早い動きである。
リクとゴブリンエンペラーの距離が縮まったことにより、ロイドの攻撃はリクより遅れることになる。
ガキン!!
剣がぶつかる音が鳴る。
ゴブリンエンペラーの石の剣とリクの氷の剣が真っ向からぶつかる。
力ではゴブリンエンペラーの方が圧倒的である。
ロイドも一度、その圧倒的な力の前になす術なく吹き飛ばされている。
今回のリクも同じように……
「はあぁぁーー!!」
リクの剣がゴブリンエンペラーの剣を跳ね返した。
純粋な力で勝ったわけでは無い。
リクが打ち勝った秘密は、氷の剣にある。
弾き飛ばされた石の剣は、リクの剣とぶつかった場所から手元に向かって氷が張っている。
その氷がゴブリンエンペラーの手まで届き、剣に込める力を失わさせたのだ。
「ぐうおぉぉーー」
ゴブリンエンペラーが雄叫びを上げる。
剣が弾かれようとも、もう一本の腕が残っている。
その腕で放たれる一撃が、真っ直ぐにリクへと向かう。
「させない!!」
だが、その一撃にロイドが間に合う。
リクとゴブリンエンペラーの間に割って入り、剣で腕の一撃を受け止める。
非常に重い一撃だが、その場に踏みとどまることはできた。
そしてその一瞬で、氷の剣はゴブリンエンペラーの腕を凍りつかせる。
「はあぁぁーー!!」
その腕にリクが渾身の一撃を叩き込む。
剣は氷を砕くように腕を切り裂く。
だが、ゴブリンエンペラーは強引に腕を動かし剣ごとリクを投げ飛ばした。
「リク!!」
ロイドは瞬間的にリクを目で追ってしまった。
戦いが始まってから、ゴブリンエンペラーから外さなかった視線を外してしまったのだ。
「しまっ」
剣を持っていた方の腕が、ロイドに横から叩き込まれた。
剣はリクによって弾き飛ばされている。
剣が振り下ろされていれば、ロイドの体は上と下に分かれていただろう。
だが、拳の一撃でもロイドには充分すぎる一撃であった。
痛みでギリギリ意識を飛ばさずに済んでいる。
だが、頭は回っていない。
自身の体がどうなっているのかも理解できていない。
ロイドはゴブリンエンペラーの拳によって、空中へと投げ飛ばされたのだ。
世界がぐるぐると回り続ける。
体の制御も効かない。
身体強化もまともに機能していない。
このまま落下すれば、受け身を取ることもできずに戦闘不能になる。
だが、ロイドには何もできなかった。
地に足つかないこの状況では、彼には何もできなかった。
いや、彼だけでは無い。
人にとって、空中とはあまりにも不利な環境である。
空中は誰にも対処できない……
バサッ!!
ロイドの耳に何かが羽ばたいた音が聞こえた。
そして次の瞬間、空中にいたはずの自分の体が何かにぶつかった。
ぶつかったというには、優しすぎる衝撃にロイドは首を動かす。
「ユリ、さん?」
ロイドの視線が捉えたのは、ユリの顔だった。
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ユリはロイドが空中に飛ばされた瞬間、
「エンチャント:フェザー」
自身に羽の付与を行った。
ユリは野盗との戦いで、他人にエンチャントを行うことはできた。
だが自身にはその魔法をかけることができていなかった。
それから彼女は毎日練習し続けた。
アルトと一緒に魔法を鍛えながら、彼女の実力は確かに伸びていたのだ。
そして、先ほどより氷属性のエンチャント。
その成功経験が、彼女の実力を一段上へと引き上げたのだ。
「爆ぜよ、『エクスプロージョン』」
ユリは自身の足元に爆発を起こした。
威力を調整し、致命傷にならない威力に抑えた。
風の鎧で自身を守りたかったが、空中に飛ばされたロイドを救うには詠唱を行う時間がなかったのだ。
ロイドが地面に落ちれば、戦闘不能。
そうなればこの戦いは負けである。
ユリは判断した。
致命傷を受けずに勢いをつける方法が最適解だと。
爆発によって空中への推進力を得たユリは、空中でロイドの体を受け止める。
不思議と羽は自分の思い通りに動かすことができた。
「リクさん!!攻撃を!!」
「おう!!」
ユリは立ち上がったリクを見て、攻撃するように指示を飛ばした。
リクもロイドの無事を確認し、勇気を持ってゴブリンエンペラーに立ち向かっていく。
「ロイドさん、まだ動けますか」
「何本か骨を折られた。まともに走ることは難しい」
ロイドはゴブリンエンペラーの拳をまともにくらい、かなりな傷を負っている。
リクのように軽快な動きを行うことは不可能である。
ユリは勝ち筋を探す。
「腕は動きますね」
「あぁ、問題ない」
一度地面に降りて立て直す余裕はない。
ユリは自身の体の状態は正確に理解している。
爆発の影響で致命傷は避けたものの、ロイドと同じようにまともな行動を取れない傷を負っている。
「ロイドさん、突っ込みます」
ユリは判断した。
この場における最適な方法を。
傷を負い、地上ではまともに動けなくなった二人。
だが、幸いにも二人は今空中にいる。
なら、空中から攻撃を仕掛ければいい。
ユリがロイド共にゴブリンエンペラーに突撃。
それが最も効果的で、実現が可能な方法なのだ。
「わかった」
ロイドは覚悟を決めた。
「リク!!隙をつくれ!!」
ロイドは最も信頼する男に声を飛ばす。
「はい!!」
リクは最も尊敬する男の声に応える。
ロイドが凍らせた腕へ叩き込んだリクの一撃によって、ゴブリンエンペラーの左腕は使い物にならなくなっている。
警戒するべきは、右腕に握られた石の剣一本。
「はあぁぁーー!!」
ロイドは覚悟を持ってゴブリンエンペラーの懐に飛び込む。
その覚悟に体は限界を超えて応える。
今まで一番の速度で懐へと入ったリクは、氷の剣で振り下ろされる石の剣を受け止めた。
「ああぁぁーー!!」
リクにはロイドとユリが次に取る行動が予測できた。
そしてその行動を可能にするには、剣を受け止めるだけでは不完全なことも理解している。
だから、自身の渾身の力を込めて剣を押し返す。
「ぐああぁぁーー!!」
足が折れようと、腕が折れようと、どこから出血しようとも、リクの覚悟は折れなかった。
キン!!
高い音共に互いの剣が空中に舞う。
「今です!!」
両腕が使えなくなったその瞬間、ロイドを抱えたユリが空中からものすごい勢いで滑空してきた。
そしてゴブリンエンペラーにぶつかる寸前で、ロイドを離した。
剣を前に構え、空中からの落下で勢いのついたロイドはユリの手から離れてもその勢いを失わない。
そしてその勢いのまま、完全に空いていたゴブリンエンペラーの胸に自身の剣を突き刺した。
剣は深く刺さり、先端はゴブリンエンペラーを貫いた。
ロイドは勢いのまま剣から手が離れ、地面を転がっていく。
「リク!!」
そして転がりながら、たった一人の弟子の名前を叫ぶ。
「うおぉぉーー!!」
リクは限界の体で、燃える心を支えに立ち上がった。
そしてロイドが突き刺した剣に手を添える。
氷の剣はゴブリンエンペラーの胸に刺さり、その体を凍りつかせていく。
リクが握ってもびくともしないが、ゴブリンエンペラーの力なら抜き去ることは可能だ。
だから、ここでリクがとどめを刺さなければいけない。
凍りついた体に刺さり、動かない剣。
その剣を動かす方法は一つだけある。
「アグニス!!」
リクはその剣の名前を叫んだ。
その瞬間、氷の剣は炎の魔剣へと変わりゴブリンエンペラーの体を内側から深く切り裂いた。
「はぁはぁはぁ、」
リクは確かな手応えで炎の魔剣を握りながら後ろを振り返る。
「グッ、」
ロイドは痛みを堪えながら、倒れ始めたゴブリンエンペラーの姿を見る。
「はぁー、」
ユリは大きく息を吸いながら、地面に伏したゴブリンエンペラーの姿を見た。
三人の冒険者の力が、知恵が、勇気が、恐怖の象徴に打ち勝ったのだ。




