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1-3 暗闇の先に待つ者

 階段を降りた先も変わらず暗闇の通路が続いている。

 俺は指先の炎を頼りに足を進めていく。


「あっ」


 俺は苔に足を取られ、そのまま地面に勢いよく尻もちをついた。


「いてててて……」


 鈍い痛みが全身を伝っていく。

 残念なことに俺の体はそこまで頑丈ではないようだ。

 転移ついでに身体能力も上昇なんてサービスはないらしい。

 指先に灯る炎から考えて、この世界では魔法がごく普通に使われている可能性がある。

 だが、身体能力まで元の世界を超越しているとは限らない。

 実際、前の異世界ではほとんどの人たちは、何ら力を持たない一般人だった。

 今回の世界も同じとは限らないが、これから俺はしっかりと体を鍛えていく必要はありそうだ。



---



「マジかよ、」


 俺は再び選択を迫られていた。

 階段を降りて一時間といったところだろう。

 俺の目の前には再び下りの階段が待っていた。

 階段を降りてからここまでは一本道、ただし何回か曲がり角があり、全体の構造は把握できていない。

 

 俺は勇気を振り絞り階段を降りようとした。


「ん?」


 俺は目の端で微かな違和感を感じ取った。

 すぐさまその違和感のもとに駆け寄る。


「これは、」


 僅かだが模様のようなものが書かれた石が壁に埋め込まれていた。

 見たことのない模様だが、何やら意味を持っている気がしてならない。

 俺は慎重にその模様を確かめようと、石の上に手を重ねた。


「「ガコン!!」」


 大きな音が響いた瞬間、俺は強烈な浮遊感に襲われた。

 足元の感覚が失われ、目の前にあった壁が急速に離れていく。


 落下した


 そう気づいた時には既に目の前の壁がものすごい勢いで流れていた。

 突然の出来事、それでも俺の頭は何とかして生き残るための選択肢を導き出した。


「フィジカルブースト」

「エンチャント:フェザー」


 咄嗟に口から出たのは、魔法の詠唱だった。

 そして幸運なことに魔法は無事に発動した。

 身体能力強化と自信への羽根の付与、この二つによって俺の落下速度は問題ない速度まで軽減された。

 だが今の一瞬でかなりの距離を落下してしまった。

 今から壁に捕まって登っていくのは正直難しい。


「なら、降りるしかないか」


 俺は手元の灯りを頼りに、縦穴を下へ下へと降りていく。



---



 どれくらい下へと降りたのかは分からないが、俺の足は確かに地面についた。

 着地地点が針になっているトラップの可能性も考えたが、特にそのようなものはなかった。

 まぁ、落下の衝撃だけでも充分なダメージなのだろう。


 縦穴の最下は少しひらけた空間になっていた。

 正直今すぐにでもここを出たほうがいいのだろうが、俺はあえてここで休息を取ることにした。

 考え方を変えれば、ここはかなり安全な場所とも捉えることができるからである。

 休息をとりながら、疲れた頭で俺は状況を整理する。


 俺が落ちた穴はおそらくトラップのようなものだと考えられる。

 つまり、ここはダンジョンの一部の可能性が高い。

 トラップ=ダンジョンというのは単純すぎる結びつきな気もするが、一旦は仮定として置いておこう。

 そして分かったことは他にもある。

 俺が咄嗟の状況で使った魔法。

「フィジカルブースト」

「エンチャント:フェザー」

 この二つが使えたのは非常に幸運だった。

 冷静になって考えれば、俺があの女神からいただいた「限界到達点オーバーリミット」を使う選択肢もあった。

 今その能力を使ってどれだけの力を引き出せるのかは分からない。

 今試してみたい気持ちもあるが、1日1分という制限があるため、軽い気持ちで使うことはできない。

 この力は切り札として残しておきたい。

 だが俺はまだこの力を自分のものだと認識できていない。

 この空間に来てから、少しずつだが前の異世界の感覚を取り戻しつつある。

 身体能力こそ追いついていないが、判断力や魔法の行使はあの頃に引けを取らないかもしれない。

 奇しくもこの過酷な環境が、俺のブランクを取り除くきっかけを与えてくれている。

 それと同時に俺の思考回路もあの頃に近いものになっている。

 新しい力はどうしても引き出しの外へとなってしまうのだ。

 俺は新しい能力を強く意識しておく必要がある。


「よし、いくか」


 考えも整理できたため、俺は腰を上げて周囲を見渡した。

 ぽっかりと空いた空間だが、一部の壁に見覚えのあるものが見えた。

 俺がここに落ちる原因となった模様のついた壁である。


「フィジカルブースト」


 俺は念の為身体能力を強化してから壁の模様に手を重ねた。


「「ガガガ……」」


 地響きのような音が鳴り俺の目の前の壁が二つに分かれた。

 そして壁の先には同じような通路が続いている。


「そろそろおかしくなりそうだ」



---



 変わり映えのしない真っ暗な通路を手元の灯りをもとにひたすら歩く。

 時間も方向感覚も既に失われている。

 お腹の虫が鳴ったのは何回目だろうか。

 たまに見える光に希望を抱き、ただの壁だったことに絶望したのは何回目だろうか。


「ん?」


 俺は微かな違和感に気がついた。

 それはただの勘だったかもしれない。

 だがその勘は確かにこの暗闇の中で磨かれていたものである。

 

 小さな音

 微かな匂い

 ただならぬ雰囲気


 それらの五感で微かに感じられるかも分からない情報は、勘として俺に伝わってた。


 何かがいる


 俺は壁に背中をつけ、手元の灯りを消した。

 再び世界は暗闇へとかえる。


 一歩、一歩、また一歩と俺は息を殺しながら壁を背にして進む。

 何一つ根拠はない。

 だが俺の感覚全てが俺の行動を肯定していた。


 自身の鼓動が早く、だが不思議と体は冷たくなっているのを感じる。

 

 そしてついに辿り着く。


「……っ」


 声にならない声が漏れる。


 同時に俺の頭は冷静に結論を導き出す。

 起きるはずのないことが起きている。

 いるはずのないものがいる。

 

 それでも俺は不思議と理解した。


 自分の役目はこれだと。


 もう気配を隠す必要はない。

 俺は壁から離れ、前に強く踏み出した。

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