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1-37 南門の戦い4

 ユリはゴブリンシャーマンとの戦いを終えた時、視界の片隅で炎の幕へと飛び込んでいくゴブリンの動きをとらえた。

 動きからして、上位種のゴブリンキャップであろうことにはすぐに気がついた。

 

「周りは、」


 ユリはすぐに自身の周囲を確認した。

 炎の幕より手前に残った冒険者は、上位種相手に戦い続けている。

 離れた位置では、ロイドさんが大立ち回りしている様子も見えた。

 その様子を見てユリはすぐに判断した。


「私が今するべきことは」


 ユリは炎の幕に飛び込んだ。



---



「大丈夫です、か!?」


 炎の幕を通り過ぎた先、ユリが想像していた光景とは異なる様子が広がっていた。

 ユリよりも早く炎の幕を通り抜けていったゴブリンキャップの集団。

 「インフェルノ」の影響を受けるとはいえ、後方に残された人員だけでは対処は困難だであろうと考えていた。

 だが、


「おっ、ユリちゃん!!」

「リクさん!?」


 そこにはユリが想定していなかった人物がいた。

 本来東門を担当しているはずのリクが、どういうわけか南門にいる。

 リクだけではない、南門の担当ではなかった高ランク冒険者の姿も何人か見える。


「これユリちゃんの魔法?」

「は、はい」


 リクは目の前の炎の幕を指差しながら尋ねてきた。


「すごいねー。これのおかげで、ゴブリンはだいぶ弱ってる。すごく助かるよ!!」

「そ、それは良かったです」


 後方へと迫っていたゴブリンキャップの大半は、高ランク冒険者の手によって地面に転がされていた。


「リクさんはどうしてここに?」

「東門には、通常種しかこなかった。南門には上位種がわんさか押し寄せたって聞いてね」

「それは、助かります」


 東門が今どうなっているかは分からない。

 それでも、リクたちがいなければ南門では大きな被害が出ていた。

 その事実はユリもしっかりと理解できている。


「皆さん、この炎の先で多くの冒険者が上位種と戦っています。ここのゴブリンを倒したら、あちら側に力を回してください」

「おう!!」


 ユリは現状の報告を、新しく来た高ランク冒険者に対して簡単に済ませた。


「リクさん、早く片付けてしまいましょう」

「そうだな!!」


 ユリは目の前にいるゴブリンキャップの討伐を始めた。



---



「よし、これで最後!!」


 リクが残っていた1匹をユリの放った魔法が仕留めた。

 これで、炎の幕を通ってきたゴブリンは殲滅するとができた。

 ゴブリンキャップ以外の上位種が入ってこなかったことから、炎の幕の先では高ランク冒険者たちが踏ん張っているのだろう。


「今のところは、順調……」


 上位者の群れという想定外の事態は起きたものの、犠牲者と負傷者を最低限にとどめながら戦うことができている。

 それでも、油断することはできない。


 この場にいる全員が気がついている。

 まだゴブリンエンペラーが姿を見せていないことに。


 ユリだけが気がついている。

 強大な敵の存在に。


「リクさん、」


 ユリはすぐ近くにいたリクに声をかけようとした。

 一緒に前線に出ましょうと。

 だが、その声はとある衝撃によってかき消されることになった。


「ボッ!!」


 ユリのすぐ近くで衝撃音が鳴った。

 体よりも早く、視線だけが移動する。

 そして視線と同時に、今なった音の正体を脳が処理する。


 音の正体は、何かが炎の幕を通った音である。

 そう理解したのと、ユリの視線がその何かをとらえたのは同時だった。


「ドン!!」


 その何かは勢いよく地面に衝突する。


「師匠!!」


 その何かに真っ先に気がついたのは、リクだった。

 彼の声と同時に、ユリの体もその人物に向かって駆け寄る。


「ロイドさん!!」


 炎の幕から飛び出してきたのは、この街一番の実力者であるロイドであった。


「師匠、一体何が!?」

「ロイドさん、今回復魔法をかけます!!」


 ユリはロイドに駆け寄ると、彼の傷だらけの体に手を置いた。


「癒しの力よ『ローヒール』」


 ユリの手からロイドの全身に暖かい光が伝わっていく。

 ユリは回復魔法があまり得意ではない。

 だが、応急的な回復なら充分行うことができる。


「リク、ユリさん、すまない」


 ロイドはユリの回復魔法を受け、体を起こした。


「師匠、一体何が」

「全員下がれ!!」


 リクがロイドに尋ねるより早く、ロイドの声が戦場に響いた。

 ユリの体はロイドがかつぎ、リクは自分自身で10メートル近く後方に下がった。


 三人が離れた瞬間、


「うそ、」


 ユリはロイドに担がれながら、自身が展開した炎の幕が一瞬で消え去るのを見た。

 いや、正確には切り裂かれたのをその目で見た。


 戦場に圧倒的な恐怖が伝播する。

 低ランク冒険者の中には、あまりの恐怖にその場に倒れるものまで出ている。

 そんな恐怖の象徴とも言える魔物と向かい合い、ユリは言葉を口にする。


「ゴブリンエンペラー」


 ゴブリン種の頂点に位置し、物語の中でしか会ったことのない魔物。

 ゴブリンの特徴である緑色の肌はそのまま、体格はホブゴブリンを優に上回っている。

 そしてその手には、剣が握られている。

 ゴブリンエンペラーの体格に合わせて作られたような、石の剣である。


 ゴブリンエンペラーの背後には、他のゴブリンは見られない。

 いや、ゴブリンだけではない。

 人も含め、誰一人立っているものはいない。


「ロイドさん、他の冒険者の方は」

「みな、やられてしまった」

「クソ!!」


 ロイドたちは勇敢にもゴブリンエンペラーに挑んだ。

 だがその圧倒的な力の前に、ロイド以外は皆倒れてしまったのだ。


 ゴブリンエンペラーが一歩前に踏み出す。

 

 空気が揺れる。


 かつて伝説の勇者が倒した魔物。


「ロイドさん、」


 多くの者が恐怖し、その場に立ち尽くす魔物。


「リクさん、」


 自身が最も信頼する者を傷つけた魔物。


「必ず倒しましょう」


 そんな魔物に一人の女性が真正面から立ち塞がる。

 これ以上先には進ませないといった強い芯を持って。


 愛する者をこれ以上傷つけさせないために。

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