1-28 ゴブリンエンペラー
それは俺が想像もしていない出来事だった。
ゴブリン村を観察していると、ゴブリンエンペラーに近づいていく2匹のゴブリンが視界に入った。
そのゴブリンによってホブゴブリンの死体が引きずられている。
そして、2匹のゴブリンによってホブゴブリンの死体がエンペラーゴブリンの前に置かれた時、その奇妙で最悪な現象が起こった。
「嘘、だろ……」
俺は言葉を失ってしまった。
単なる死体だったホブゴブリンが立ち上がったのだ。
月明かりだけでは、俺がつけた傷まで治ったのか判断はできなかった。
だが、確かに死体だったホブゴブリンが動いている。
「蘇生……か?」
死者の蘇生、異世界の魔法で想像しやすいものの一つだが、生憎この世界にはそのようなもの存在しない。
いや、しなかったが正確だろう。
俺が知る情報が古い可能性もあるが、今目の前で起きた出来事は魔法とは全く異質のようなものに感じた。
「おそらく、今の蘇生はエンペラーゴブリンの力のはずだ」
直前の行動から考えて、蘇生を行えるのはあのエンペラーゴブリンだ。
今まで俺が倒してきたゴブリンもあのように蘇生されていた可能性が高い。
「……やるしかないか」
現状の作戦ではこの最悪の状況を打開することは不可能だ。
俺が上位種を倒しても、復活されてしまっては意味がない。
それに、俺の直感があの魔物は俺にしか倒せないと告げている。
もし俺が動けなくなってしまうと、誰があのエンペラーゴブリンを倒せるだろうか。
やはり方法は一つしかない。
俺に残されたほんのわずかな魔力。
だが、その魔力があれば俺は一分間戦うことができる。
切り札は、使ってこそ意味がある。
「ふー、」
俺は息を大きく吐き、冷静に村の様子を見渡す。
崖の上にいる俺には、一切気がついた様子が見られない。
完全な奇襲を仕掛けられる。
俺は頭の中で自身の動きを組み立てる。
「タイミングは、月が雲に隠れた瞬間……」
俺は静かに時を待つ。
静かに……
静かに……
自身の五感を研ぎ澄ませて……
「限界到達点」
世界がわずかに暗くなった瞬間、俺は崖から飛び降りた。
先ほどまでとは違い、全身に最適な身体強化が施されている。
「エクスプロージョン」
俺は村の上空に向かって、爆発魔法を放つ。
ドカン!!
大きな音を立てて、空中で魔法が弾ける。
その音に釣られ、ゴブリンの視線が一斉に空に向く。
「エンチャント:サンダー」
俺は自身の剣に雷を付与する。
「ウインドベール」
俺は自身と落下地点の間に風の幕を張る。
そして、その幕に足を付け……
「ウインドコート」
落下の反動をゴブリンの方向への推進力に変えた。
風の鎧により、抵抗を受けなくなった俺は、風の膜に弾かれて一瞬にしてゴブリンの村へと侵入する。
まずは3匹。
地面に着地するまでの間に3匹の上位種を斬り倒した。
このまま攻撃を続課題と思ったが、流石は上位種。
すぐに侵入者である俺の存在に気が付き、行動に移そうとしている。
「サイクロン」
もちろん行動には移させない。
俺は自身が使える最大級の魔法を放つ。
サイクロンは、嵐を起こす魔法である。
俺に近づこうしたゴブリンが竜巻によって上空へと飛ばされていく。
威力は絶大だが、消費魔力も多く、視界も悪くなるため使い所が大事である。
全盛期の状態とはいえ、俺の少ない魔力では強力な風の盾程度にしか機能しない。
「それでも充分!!」
俺の視線はゴブリンエンペラーをとらえた。
同じくゴブリンエンペラーの視線もこちらを捉えている。
テンペストによって、俺とゴブリンエンペラーの間を邪魔するものは何一つない。
残された時間は40秒ほど。
止まる理由は何一つ無かった。
「アクアランス」
俺は水の槍を放ちながら距離を詰める。
アクアランスによってダメージを与えられたら良かったが、そう上手くはいかない。
ゴブリンエンペラーは、水の槍全てを避けている。
大きな体躯に似合わず、俊敏な動きである。
そして、手に持った大きな石の剣をこちらに向かって振りかざしてきた。
俺が懐に入ろうとするタイミングにバッチリ合わせた一撃である。
今の身体能力ならなんとか受け止めることはできるが、そこから動き出すのが難しい。
「エクスプロージョン」
俺は自身の前に爆発を起こし、スピードを減速させた。
それにより、ゴブリンエンペラーの一撃は地面へと流される。
俺はその先を決して見逃さない。
ゴブリンエンペラーが次の攻撃に動き出すより早く、俺は懐に潜り込んだ。
「天雷」
俺は魔王に放った一撃を再び放った。
魔力の残量からあの時ほどの威力は出せなかったが、ゴブリンエンペラーを仕留めるには充分な威力だった。
俺の一撃によりゴブリンエンペラーは顔から前に崩れた。
確実に仕留めたという手応えがあった。
残された時間は少ない。
それにしても、想像していたよりゴブリンエンペラーは弱かった。
俺が昔戦った個体は魔王の影響を強く受けていたのだろうか。
何はともあれ、一見落着。
後はなんとかこの場を……
「グッ……ハァ?」
俺は突然腹部に強烈な痛みを感じた。
視線を落とすと腹を何かが貫いている。
それは、石の剣の一部であった。
「グフッ」
口から血が溢れる。
視界が霞む。
いったい何が起こった?
俺は後ろを振り返る。
「な、なぁんでぇ、」
そこには深い傷を負ったゴブリンエンペラーが立っていた。
とても立てるような傷ではない。
いや、生きているのがおかしい状態だ。
何故……
あれは……
なんだ?
俺は霞む視界でそれを捉えた。
ゴブリンエンペラーの横にいる謎の魔物。
いや、あれは魔物なのか?
見た目は限りなく人に近い。
あれは、俺がよく知るものにすごく似ている。
あれは……
「……ま?」
俺は理解した。
蘇生を行っていたものの正体を。
そして、今目の前のゴブリンエンペラーも蘇生れたのだと。
今回の事態、真の敵はゴブリンエンペラーではなかった。
ダメだ、限界だ。
俺は掠れゆく意識の中、わずかに残された「限界到達点」の時間を使った。
「フィジカルブースト」
「エンチャント:フェザー」
「エクスプロージョン」
おおよそ街がある方角に向けて俺は自身を射出した。
今俺が死ぬことだけはまずい。
残された魔力全てを使った身体強化を施している。
地面に着地しても死ぬことはない。
なんとしてでも、俺は生き残らなければ。
俺は、この世界を……
そこで俺の意識は完全に消えた。




