1-27 森を駆ける
俺は過去に一度ゴブリンエンペラーと戦ったことがある。
数百匹のゴブリンと50近い上位種によって構成されたゴブリンの村は、一つの街を崩壊寸前まで追いこんでいる。
当時の俺は、この世界で半年ほど過ごしていた。
最終的な力には到底及ばないが、それでもかなりの強さを持っていた。
だが当時の俺の力を持ってしても、ゴブリンエンペラーには苦戦した記憶が強く残っている。
俺が女神から受け取った「魔力貯蓄」が無ければ、負けていた未来もあったかもしれない。
ゴブリンエンペラーとの戦いの決着は、俺の魔力全てを使用した魔法の一撃によってついている。
千年前のゴブリンエンペラーは魔王の影響もあり、非常に強い相手だった。
今のゴブリンエンペラーは魔王の影響が無いため、当時ほどの強さは無いはずだ。
それでも、全体的な力が落ちた今の人々にとっては最大級の脅威である。
それは、力を失った俺にとっても同じことである。
「アクアカッター」
水の刃がホブゴブリンの頭を刎ねる。
「これで3体目か」
やはり想像していたホブゴブリンより、一段……いや、二段は劣る強さである。
だが問題は別にある。
あまりにも遭遇するペースが早すぎるのだ。
俺はすでに五匹以上のホブゴブリンに遭遇している。
やはり、すでに状況は危機的なものになっている。
もしも、ゴブリンエンペラーがバージに向かって侵略を始めたら、悲惨な状況になることは目に見えている。
「そういえば……」
俺は昨日の出来事を思い出す。
「今街には、どれだけの戦力がある?」
緊急時に冒険者協会に所属している人は、街の防衛に努める義務がある。
だが、街に優秀な冒険者がいなければ意味はない。
そして、優秀な冒険者の一人であるユリは現在この街の外にいる。
護衛の依頼を受けているため、ユリ以外にも優秀な冒険者が外に出ている可能性は大きくある。
「なんとか時間を引き延ばしたいが……」
俺は今、森の中を忙しく移動してゴブリンを狩り続けている。
剣のおかげで魔力の消費は抑えられているが、上位種相手ではどうしでも魔力を使用せざるおえない。
切り札の「限界到達点」は残しているが、これを使ってしまってはいよいよ限界である。
残された魔力から逆算し、俺が今やるべきことを考える。
全てを解決する一手は、俺が直接ゴブリンエンペラーを倒してしまうことだ。
ここまでホブゴブリンと何度か戦って分かったが、ホブゴブリン相手ならこの街の戦力でも充分戦うことができる。
だが、この方法には多くの困難がある。
ゴブリンエンペラーの居場所、つまりゴブリン村を見つける必要がある。
そして、ゴブリンエンペラーに辿り着くまでに何十もの上位種を相手にしなければいけない。
さらに、俺がまともに戦える時間は一分間だけ。
正直言ってこの作戦は厳しいだろう。
次点で取れる作戦は、ひたすら上位種を狩り続け、敵の戦力を減らすことだろう。
森からホブゴブリンが出ていた以上、残された時間は少ない。
それでも、上位種が減り続ければ侵略までの時間は稼げる可能性がある。
できれば、明日ユリが帰ってくるまでの時間は稼ぎたい。
俺に残された魔力的に、本格的な魔法を使うことはできない。
以前から練習していた、部分的な身体強化で魔力を温存して戦う必要がある。
「それしかないか……」
俺の作戦は定まった。
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「はぁはぁはぁ、」
自分の荒い息だけが聞こえてくる。
近くに魔物はいない。
「まだ、」
動き出そうとしたところ、足がもつれてその場に倒れ込んだ。
「はぁはぁ、さすがに、限界、だな……」
俺の足は悲鳴をあげている。
もう一歩も動かないと主張している。
それも無理はない。
日はとうに落ちている。
アルスたちと別れてから、俺は森をひたすら駆け回りゴブリンを狩り続けた。
もう何匹のゴブリンを狩ったのかわからない。
一日のゴブリン討伐記録があれば、間違いなく俺が一番だろう。
「もう魔力も残ってないか」
俺はここまで攻撃魔法はほとんど使用せず、自身への回復魔法を優先してきた。
だがすでに魔力も底をつき、自身にかかる疲労を誤魔化すことができなくなっている。
「この剣を買っといて正解だったな」
俺が握る剣は一切の刃こぼれが無い。
魔道具であるこの剣の特徴、自己修復が機能したおかげだ。
多少魔力は持ってかれたとはいえ、あれだけのゴブリンを切りながら、まだ輝きを失っていない。
あの店主には頭が上がらないな。
あぁ、疲れた。
このまま……
「ダメだ!」
俺は消えそうな意識を引き戻す。
まだ倒れるわけにはいかない。
まだ、
「ん?」
極限状態の中で俺の耳は小さな音をとらえた。
本当に小さな音である。
何かが引きずられているような音が聞こえてくる。
幻聴では無い、確かに音が聞こえてくるのだ。
俺は息を殺して、その後の方へと近づいた。
そして、俺の目に飛び込んできたのは……
(なんだあれ!?)
俺は心の中で叫び声を上げた。
それほどまでに目の前の光景は異様なものであった。
2匹のゴブリンが、ホブゴブリンの死体を引きずっているのだ。
ホブゴブリンの死体には見覚えがあった。
俺が少し前に倒した個体である。
疲労から一撃で仕留めることができず、ホブゴブリンの全身に切り傷がついている。
「いったい何を」
度重なるゴブリンとの戦いの中で、俺の匂いはゴブリンにかなり近くなっている。
そのおかげもあって、この奇妙なゴブリンに近づくことができている。
俺は目の前のゴブリンを倒さずに、しばらく跡をつけることにした。
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「まさか、こんなところにあるとはな……」
幸か不幸か、俺はゴブリンを追跡した先にゴブリンの村を発見した。
村の位置は、森の奥にある崖の近くだった。
俺は村の様子を正確に把握するため、追跡していたゴブリンの元を離れ、崖の上へと移動した。
「これは……想像以上だな」
ホブゴブリンが多いことから、村の規模もかなりのものだと予想していた。
だが、実物は予想より遥かに大きな村が作られていた。
すぐには数えられないほどのゴブリンが村を出入りしている。
「見つけた」
俺は月明かりを頼りに、ゴブリンエンペラーを村の中で見つけた。
その姿はかつて俺が倒したものと瓜二つである。
「ん?さっきのゴブリンたちか」
俺はゴブリンエンペラーを観察していると、近づいてくる2匹のゴブリンが視界に入った。
直前と変わらず、ホブゴブリンの死体を引きずっている。
「いったい何を……」
俺は理解していなかった。
なぜこんなにも村が大きいのか。
なぜこんなにも上位種が多いのか。
本当の脅威とは一体なのかを。




