1-18 出発
「色々あったな」
俺は朝日に照らされる水面を見ながら、独り言を呟いた。
昨日、野盗に襲われた俺たちは色々とあって、村人全員を救出することに成功した。
その後、野盗全員を捕まえるのに朝方までかかってしまった。
俺とユリ、互いに魔力も気力もカラカラである。
今頃ユリはぐっすりと眠っているだろう。
「まぁ、こういう時は現代日本人の強みが出るよな」
徹夜に対して耐性のある俺は、野盗の残党に警戒しつつ、村の周囲を散策している。
「おっ、いたいた」
俺は近くの森でウサギを見つけ、静かに狙いをつける。
「えい!」
俺の投石は見事にウサギに命中した。
「まぁ、まずまずってところだな」
俺は自身の体のコントロールの感覚を確かめる。
魔力が常に枯渇する体質である俺は、前のように常時身体強化をかけ続けるわけにはいかない。
だから、今のように一瞬だけ身体強化をすることで魔力を温存している。
「もう二、三羽欲しいところだな」
疲労の溜まっているユリや村人たちのために、動物を狩っておきたい。
残念なことに、俺が仕留めたワイルドボアは盗賊のお腹の中に消えてしまった。
「まぁ、ちょうどいい鍛錬だな」
俺は自分自身に誓った。
ユリを必ず守ると。
そのためには、俺は自分自身を鍛えなければいけない。
恥ずかしいから、この姿をユリには見せられないが。
目指すは全盛期の肉体。
いつかは、魔力の問題も解決したいところだ。
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「おっ、おはようさん」
「おはようございます」
昼ごはんを作り始めた頃、ユリが目を覚ましてきた。
「朝ごはんですか?」
「いーや、昼ごはんだな。よく眠れたようで良かったよ」
彼女は昼ごはんと聞いて慌てたそぶりを見せた。
きっと、寝過ぎてしまったと思ったのだろう。
俺的には、疲れが取れるまでゆっくりして欲しいところだが、目が覚めるのも無理はない。
「すごく、いい匂いですね」
「だろ!!これは俺の得意料理なんだぜ」
俺の手元から漂う良い匂いが彼女の鼻を刺激したのだろう。
「シチューですか?」
「おっ、よく知ってるなー」
俺が作っているのはウサギの肉を使ったシチューだ。
村の人たちから野菜やミルクをいただいて、村の人たちの分も作っている。
魔王討伐の旅の時も、俺が作るシチューはとても好評だった。
「あの話は本当だったんですね」
「あの話って?」
「伝説の勇者のお話の中に、勇者は無類のシチュー好きだったというのがあるんですよ」
「げっ、そんなことまで伝わってるのか。これはどこかで一度、勇者の話の全貌を知らないとな」
どうやら、勇者時代の俺の様子が想像よりも細かく伝えられているらしい。
もしかしたら、最初にその話を広めたのはあいつらかもしれない。
俺は懐かしい仲間の顔を思い浮かべながら、手元のシチューをしっかり煮込んでいく。
「もう少しでできるから、村の人たちを呼んできてくれ」
「はい、わかりました」
俺の言葉を聞いてユリが駆けていく。
今日も金髪の髪がなびいて綺麗だ……
「いやいや、」
俺は変な方向に突き進もうとした思考を引き戻す。
もし顔が赤くなっていたら、シチューの湯気のせいにしよう。
そう考えながら俺はシチューを煮込み続けた。
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「エンチャント:フェザー」
彼女が唱えたのと同時に、俺の背中に羽が生えた。
「うん、バッチリだな」
「成功して良かったです」
日課である魔法の鍛錬を今夜も行っている。
ユリも他人へのエンチャントはかなりの確率で成功させることができるようになった。
やはり、あの土壇場で何か感覚を掴んだのだろう。
だが、まだ自分自身へのエンチャントは成功していない。
「やっぱり、上手くいかないですね」
「まぁ、そうすぐにできるものでもないさ。むしろ、他人へのエンチャントが成功した方が凄いと考えるべきだ」
「は、はい」
本来は詠唱が必要な魔法を、いきなり詠唱無しで成功させている。
間違いなく彼女は天才の部類だろう。
「明日にはこの村を出るつもりだが、問題は無いよな」
「はい、十分に休息も取れました。既に魔力も回復しています」
エルフである彼女は魔力の回復も非常に早い。
それに比べて、俺は常に魔力カツカツの状態だ。
「明日からは、エンチャントの種類も少しずつ増やしていこう。まずは、火のエンチャントからだな」
「はい!楽しみにしておきます!」
ユリは本当に魔法が大好きだ。
この調子で成長していけば、この世界でも相当な上澄みに行けるだろう。
「それじゃあ、おやすみ」
「おやすみなさい」
今日の鍛錬を終え、ユリは寝床として借りた家の方へと向かっていった。
「さて、ここからは俺の鍛錬だな」
ユリの背中が見えなくなったのを確認し、俺は村を外れて森の中へと入る。
森に入ってから10分ほど歩いて進む。
「ここら辺からかな」
そろそろ村にある魔物除けの結界から外れる頃だろう。
この先には魔物もそれなりにいるはずだ。
「ふーーーー」
俺は大きく息を吐いた。
そして周囲に意識を集中させる。
今残っている魔力は決して多く無い。
消費魔力が多いこの体質から考えて、派手な魔法は一度しか使えないだろう。
「1、2、3……4だな」
俺は周囲に漂う雰囲気や微かな魔力の流れから、周辺の魔物の数を把握する。
「それじゃあ始めますか」
俺は夜の闇に溶け込み、鍛錬を開始した。
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「本当にお世話になりました」
「いえいえ、私たちも寝床を用意してくださりとても助かりました」
早朝、村を出ていく俺たちを村人全員が見送りに来てくれた。
特にユリは多くの人から感謝の声をかけられている。
村の人たちからしてみれば、ユリは野盗から救い出してくれた英雄だ。
「何かお礼の方を」
「そんな、受け取れないですよ」
「そう言わずにどうか」
ユリは困った顔で俺の方を見た。
「そうですね、なら羽織るものを一枚いただけませんか?」
「そんなもので良いのですか?」
「えぇ、これから街に行くのですが、この格好だと検問で止められかねませんから」
俺はボロボロになった自分の服を指差して軽く笑った。
「わかりました。すぐにお持ちします」
「ありがとうございます」
俺とのやりとりを終え、村の代表者は急いで家の方に向かっていった。
「えっと、良かったのですか?」
「こういう時は何かもらっておいた方がいい。その方が、後腐れなく済むものだ。ちなみにこれは、元勇者のありがたいアドバイスだぞ」
「ふふ、そうですね」
俺の冗談混じりの発言を聞いてユリは軽く笑った。
実際、こういった対価を受け取ることはとても大切なことだ。
それは俺が勇者の旅で学んだことである。
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「どうだ、似合ってるか?」
「はい、普通の人です」
「うっ、うん。それはいい意味として受け取っておこうか」
彼女の言葉の裏を返せば、元の俺の格好は変な……いや、やめておこう。
「それでは野盗のことはきちんと報告しておきます」
「何から何まで本当にありがとうございます」
村を襲った野盗は、現在厳重に捕縛してある。
野盗の処遇は、俺たちが今から向かう街の領主の判断に任せるのが良いということで、報告も俺たちが請け負うことにした。
「それじゃあ行くか!」
「はい!」
今日の夕方には街に着くはずだ。
俺は新しい街並みを楽しみにしながら、村を出発した。




