1-11 勇者の力
「エンチャント:サンダー」
俺は仕上げにエンチャント魔法をかけて、準備を整えた。
当分の資金調達のため、俺たちは魔物狩りを行うことにした。
もう少し歩くと街道にぶつかるため、派手な魔法を使うことはできない。
そこで俺とユリが立てた作戦は、ユリが魔物をポイントまで追い込み、俺がそこに罠を設置しておくというものだ。
俺が作る罠はシンプルな落とし穴で、穴に落ちた後暴れないように、底に雷の付与を行っておいた。
「おっ、早速来たみたいだな」
準備が完成してから五分ほどで、幾つもの足音が聞こえてきた。
どうやらユリは上手に誘導したようだ。
「あれは、ワイルドボアか」
こちらに向かってきている魔物はワイルドボアだ。
平地や山、森から水辺まで、どこにでもいる魔物である。
だが、決して油断のできる魔物ではない。
一般的には2メートルほどの大きさだが、ごく稀に5メートルを超える個体もいる。
幸いにも、今回はどれも一般的な個体である。
「そのまま、そのまま……よし!!」
ユリによって追い込まれたワイルドボアは、俺の仕掛けた落とし穴に落下した。
そして一つ大きな泣き声を出して、静かになった。
「ユリ、穴に落ちるなよ」
「はい!」
後数分はエンチャントが残っている。
それが切れてから、ゆっくりと回収を始めればいい。
「あっという間にこれだけの罠を作るなんて、さすがですね!!」
「まぁ、よく使っていた方法だからな」
森の中で食料を確保する際に何度も使った方法である。
魔物は魔力を多く含んでおり、あまり食用には向かないが、一部の魔物は美味しく食べることができる。
ワイルドボアもそのうちの一種である。
「淡白な味だが、栄養価も高く、旅の間は重宝したなー。久しぶり食べたいな」
「そうですね、野生のワイルドボアは私もしばらく食べていませんでした」
「野生の?」
「えっと、ワイルドボアですよね?」
どうやら話が噛み合っていない。
彼女が言う野生のワイルドボアというのが、俺にはよくわからない。
「私たちがよく食べているのは、家畜化されたワイルドボアです」
「えっ、家畜化されてるの!?」
野生ではないのに、ワイルドとはこれいかにと思ったが、野暮なツッコミはやめておこう。
「はい、一般的に食べられています」
「そうか、そうなのかー」
おそらくユリたちが普段食べているのは、家畜化された美味しいワイルドボアだろう。
だが、俺が今想像し求めた味はあの臭みが少しあって、淡白な味のワイルドボアだ。
「よし、今日の夕食はワイルドボアにしよう」
「そうですね、それがいいと思います。ですが、この数となると全部は食べられないですね」
俺たちが罠でとらえたワイルドボアは五匹。
ユリの言う通り、全てを食べることはできない。
だが、ワイルドボアの肉は新鮮さを失うと途端に美味しくなくなってしまう。
「一度冷凍してしまうのはどうですか?」
「確かに、日持ちはするだろう。だけど、それではワイルドボアな味を最大限引き出すことはできない」
何か良い解決策はないだろうか……
いや、一つあるかもしれない。
「ユリ、この近くに村はあるか?」
「村ですか?えーと、確かこの先の街道を進んだ先にあったはずです。日が落ちる前にはつくと思います」
「なら、なんとかなりそうだな」
俺の思いついた作戦は実現可能なようだ。
後は、俺自身が上手くできるかだが。
「いい方法が思いついたんですか?」
「あぁ、手早くワイルドボアを解体して、今日中にその村まで運ぶ。その後は、村人全員に美味しく食べてもらおう」
「なるほど、確かにそれができたら嬉しいですが、これだけの質量を鮮度を落とさず運ぶのは難しいと思います」
ユリの指摘は最もである。
ワイルドボア五匹分の肉を鮮度を保ったまま運び切ることは普通できない。
だが、
「そこは俺に任せてくれ。前に言っていた、切り札を使わせてもらう」
「確か、『限界到達点』ですね!」
「あぁ、その力を使って不可能を可能にしてみせる」
「わかりました!アルトさんを信じます!」
「限界到達点」を使うのは、魔王との戦い以来だ。
この能力にはいくつか仮説を立てている。
その仮説が正しければ、膨大な魔力を使う心配はないだろう。
「ユリ、魔力を少し分けてくれ」
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「ユリ、魔力を少し分けてくれ」
「はい!!」
私はアルトさんから頼まれて、いつものように彼の肩に手を置いた。
このように魔力を渡すことにも慣れてきた。
彼が使う魔法はとても凄いが、体質的な問題で魔力の消費量がとても大きいらしい。
だから、こうして私が魔力を分け与えている。
私の半分ほどの魔力をいつも持っていくが、魔力は一晩寝たら元通りなるため、特に気にすることではない。
むしろ、彼の凄まじい技術を間近で見られるなら、私の魔力をいくらでも使って欲しいとさえ思う。
「ありがとう、それくらいでいい」
「いつもの半分ほどですが、」
「大丈夫、それより少し離れていてくれ」
「は、はい」
彼に言われた通り私は少し距離をとった。
彼の話では、今から切り札である「限界到達点オーバーリミット」を使うらしい。
彼の切り札は1日1分だけ使うことができ、自身の力を最大限引き出すことができると言う物だと聞いている。
実際に見たことはない。
そもそも、普段の彼自身が魔法使いとして充分な技量を持っている。
魔法技術や種類の豊富さは、確実に私以上だろう。
だがそれでも私は疑問に思っていた。
世界一度救い、そしてもう一度救った勇者の力がこのような物なのかと。
正直、おこがましい疑問だと思う。
だけど私はこの目で見てみたい。
本当の勇者の力を
「それじゃあ始めるよ」
「……限界到達点」
彼は静かにそう呟いた。
次の瞬間、私の体は突然震え出した。
これは単なる恐怖による震えではない。
これは、目の前の人物に対する恐怖と尊敬が入り混じった畏怖による震えである。
うそ……
その言葉一つ、私の口から漏れ出すことはない。
私だけではない、森が、風が、空気が、一切の音を消して鳴りを潜めている。
そんな静寂をかき消すように彼の口から言葉が発せられる。
「フィジカルブースト」
「ライトニングソード」
彼がそう呟いた。
詠唱は当たり前のように短縮されている。
だが私もここ数日でこれくらいの出来事には慣れている。
しかし、今目の前で起こった出来事にはただ目を大きく広げることしかできなかった。
彼が魔法を唱えた次の瞬間には、五匹のワイルドボアは、肉・毛皮・魔核に分けられていた。
「アンチグラビティ」
「ウェイトチェンジ」
続け様に彼は二つの魔法を行使しした。
一つは反重力魔法、もう一つは重量変化の魔法だ。
二つの魔法を受け、ワイルドボアの肉は穴から上がってきた。
「スピードチェンジ」
ここで彼が使用したのは速度変化の魔法である。
だが私には彼がこの魔法を使用した理由が分からなかった。
速度変化の魔法は対象の速度に干渉する魔法である。
主に自分自身の速度を上げたり、相手の速度を下げたりして使われている。
だか、今目の前で彼が使用した魔法は、これらと全く異なる目的のためであろう。
「スピードチェンジ」
「スピードチェンジ」
「スピードチェンジ」
「スピードチェンジ」
彼は四度同じ魔法を唱えた。
この魔法を唱える間も、もちろん反重力魔法は消えていない。
私は理解している。
自分自身が優秀な魔法使いであることを理解している。
だからこそ、目の前の技がどれほど凄いものなのか理解できる。
あぁ、これが伝説の勇者か
1分の制限が終わり、彼から放たれていた圧倒的な存在感が消えた。
だが私は確かに理解した。
目の前の男は紛れもなく勇者なのだと。




