九十七話 賊と王女……!
リリィ王女誘拐計画は、水面下にて着々と進められてた。ヒュミシラル国王はリリィ王女の葉冠の儀を狙ってヒュミシラルの兵士たちをユーフテン国内に潜入させた。
そして、ついにリリィ・ユーフテン十五歳の誕生日、葉冠の儀の当日である。その日、王女の成人を祝う大勢の民衆に混じって、ヒュミシラル兵たちが暗躍していた。
パレードの時間帯となり、リリィ王女と従者だけを乗せた馬車がストリートをゆっくりと動き出した。王女は手を振りながら、民衆に笑顔で応える。
馬車はストリートの中ほどまでやってきて、このまま和やかにパレードが終わるかと思われたその時だった。
道端の民衆たちをおさえる警備たちを乗り越えて、ストリートの真ん中にヒュミシラル兵およそ三十人が躍り出て馬車に襲い掛かった。
突然のこと、そしてあまりに大胆であったので、警備たちも防ぐことができなかった。兵士たちは祖国のために白昼堂々の大蛮行に打って出た! あっという間に兵士たちはリリィ王女を拉致、その場から逃走してしまった。
もちろん王女がさらわれてそのまま指をくわえているようなユーフテン王国ではない。即座に逃げるヒュミシラル兵たちには追っ手が差し向けられた。
敵国のど真ん中から逃げるのは困難を極めたが、兵士たちは死に物狂いでヒュミシラルまでたどり着くことができた。元は三十人いた兵士たちだったが、帰り着いたころにはたったの四人になっていたという。
だが、この誘拐は成功してしまった。かくしてリリィは敵国にて囚われの身になってしまった。
ユーフテン王国の国民は当然ながら怒った。「許すまじ」と主戦論はますます強まった。この戦争においては一番重要なターニングポイントだったといえよう。
しかし、この誘拐事件は、もっと別方向での、いや別次元というべきか。たった二人の運命を結びつけるきっかけになったのである。
ユーフテン国王は誘拐事件からすぐに、娘を奪還するべく策を練った。強引に侵攻することはできない。リリィが人質になっている間は、下手なことはできないのだ。そのような状況の中でリリィを連れ戻すのは不可能に近いと思われたが、王はひらめいた。
向こうが誘拐という手段をとったというのならば、こちらも同様にして奪い返せばいいというのである。王はユーフテンの人間を侵入させて、秘密裏に王女を連れ出す計画を立てた。
そこで白羽の矢が立ったのが、盗賊・カティーヌ・ドラヌであった。まだ若いながら、国内外で名を馳せた盗賊、しかも、国内に狙いをつけないという制限付きで、国王公認の盗賊であったのだ。
彼ならば簡単にヒュミシラルにも潜入することができるだろう。そう考えた王はカティーヌにすべてを託した。
カティーヌはその任を受け、ヒュミシラルに潜入を果たした。普段から敵性国家に侵入している彼である。ヒュミシラルに潜入することもわけなかった。
さて、侵入したカティーヌだったが、リリィ王女の居場所を調べ始めた。まずは王城付近。ヒュミシラルの王城はタワーのようになっており、その風貌から有名な建物であったが、カティーヌが訪れるのは初めてであった。
城への侵入もやってのけたカティーヌだったが、困ったことに王女の姿がどこにも見当たらない。人質とはいえ王女である。王城かその近くに丁重な扱いを受けて置かれているはずなのだが、どこにも見当たらない。
王城の地下には宝物庫があるという話も聞いていたカティーヌだったが、今回は見向きもしなかった。狙った以外のものを略奪していくというのは彼の流儀に反するのだろう。
ともかく、王城で成果を得られずに出てきたカティーヌだったが、弘法も筆の誤り、出てくるときにヒュミシラル兵に見つかってしまった。
もちろんカティーヌは逃走した。逃げに逃げるが、盗賊カティーヌの存在は、このヒュミシラルの人々もよく知るところ。兵士は躍起になって彼を追ってきた。
追い詰められたカティーヌは町のはずれ、ポツンと一つあった古井戸の中に半ば身を投げるように飛び込んだ。
もしかしたら追ってくるかもしれない、カティーヌは井戸の下に広がっていた暗い洞窟を奥へ奥へと進んでいった。追っ手の声は下まで響いてきたが、まだ追っては来てないようだった。
そのうち小さな扉が現れてそれも開けると、今度は地下水道に出た。ますます迷路じみていて、行く当てがいよいよなくなってしまったが、そんなときにどこからともなく、誰かがすすり泣く声が聞こえてきた。
「こんな所で誰か?」と思い、その声が聞こえる方へと進んでいくと、声音はやがて明瞭になってくる。若い女の声であることはすぐに分かった。
それから声を追いかけて、いくつかの角を曲がったときだった。
「だれだ!」
そこにはヒュミシラル兵が一人立っていた。
慌てたカティーヌだったが、もとより兵士一人程度に負けてしまうような彼ではない。あっという間にその兵士も倒してしまった。
「しかし、どうしてこのようなところに兵士がいるのだろう」といぶかしんでいると、すすり泣く声はもう目の前に来ていた。
「お前……リリィ……ユーフテンか?」




