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九十八話 運命の始発駅?

 すすり泣く少女の姿にカティーヌは見覚えがあった。彼も一ユーフテン国民である。リリィ・ユーフテン王女の姿はところどころで目にしたことがあった。


 敵国とはいえ王族であるリリィがこのような地下牢に入れられるのはかなりの異常事態。それほどにヒュミシラルのユーフテンに対する憎悪は大きくなっていたのである。


 リリィ王女は涙を袖にこぼしながらも、カティーヌの呼びかけに応えた。


「はい、私がリリィ・ユーフテンです。あなたは、エルフ?」


「ああ、エルフのカティーヌ・ドラヌだ。お前の父君から君を連れ戻してくるように仰せつかってここまで来たんだ。」


「父王が? ああ、よかった……。」


涙はため息交じりに、まだほつほつと落ちていた。


「おい、まだ逃げ出したわけじゃないんだぞ。安心するのが早すぎるぞ。」


「すいません……ただ、まだ皆さんが私のことを見捨てていないのだと分かって、うれしくて、うれしくて。」


「そりゃあ分かるがな。まずはここから脱出しなきゃならないだろうよ。」


「しかし、ここには鍵がかかっておりますわ。」


「オレにとっちゃ鍵がかかってることなんてたいしたことじゃない。すぐに開けてやるよ。」


リキッドキーを使うと錠はすぐに開いた。


 リリィはあっという間に開いてしまった牢のトビラを不思議そうに見ていたが、


「ボヤっとするな。早くいくぞ。」


とカティーヌが彼女の腕をとって引き上げた。


 すっかり弱ってしまっていたリリィは上手く歩くことができなかったので、カティーヌが彼女を負ぶった。


「フフ。」


「何を笑ってるんだ。閉じ込められて気でも違っちまったか?」


「いえ、やっぱりうれしくって。あなただって、相当な困難を乗り越えて私のところまで来てくださったんでしょ?」


「……大したことじゃない。」


カティーヌは背中が少し湿るのを感じながら、地上まで急いだ。リリィはほぼ放置されていたようで、脱出したことにはなかなか気づかれなかった。ここだけはぞんざいな扱いが幸いしたというか、カティーヌが元の井戸から脱出するまで新たな追っ手はやってこなかった。


 もともと地上からカティーヌのことを追ってきていた兵士たちは、なぜか糸まみれになって動けずにいたが、そんなことを気にしている暇はない。


 走ることさえできないリリィを連れて逃げることはカティーヌにとっても難しいものだったが、紙一重、どうにか町のはずれまでやってきた。二人は町の住民のふりをしてそのままヒュミシラルから脱出することに成功したのである。


 目的の王女奪還を果たし、もう用はないということで、すぐにユーフテンに帰ろうとしたカティーヌであったが、リリィがそれを引き留めた。


「なんだ? 帰りたくないのか?」


「いえ、そんなことはないのですけれど。でもこんな状態では帰れません。」


リリィは監禁のせいでみすぼらしい見た目であった。


「恥ずかしいのは分かるが、それも国に帰ればすぐにどうにでもなるだろう。」


「いえ、そういうんじゃありません。もし私がこのような姿で帰ってしまえば、父王はどうお思いになるか。」


「……お前、まさかヒュミシラルのやつのことまで考えてるのか?」


「だって、私があの牢に入れられていたことを知れば、父王はヒュミシラルを隅々まで滅ぼしてしまおうと考えるはずです。そこまでする必要なんて、どこにもないのに。」


もしもリリィが地下牢に監禁状態という酷い扱いを受けていたことを国王が知れば、激怒することは必至であった。聡い彼女はそれを見越していたのである。


 お人好しのリリィに半分呆れながらも、カティーヌは承諾した。衣服などは、洗えばまた綺麗な状態に戻ったが、問題なのは衰弱した体だった。やせていて、正直他人の心配なんかしている場合じゃない。


 リリィの体調が回復するまで、二人はユーフテン近くの山の中に隠遁した。期間にして五日ほどだっただろうか。ほんの少しの間だったが、二人の心が近づくには十分な時間だった。ユーフテンに戻ったとき、すでに二人の関係は盗賊と王女などというかけ離れたものではなかった。


 王と国民は、王女の帰還を大いに喜んだ。もうすでに祝勝ムードに包まれる中、リリィは頑なにヒュミシラルでの扱いのことを話さなかった。娘を心配して父、ゼグリン王も母、マナ王妃もリリィにいろいろと聞いたが、それでもなにも言わなかった。ただ「王城の一室にいた。」という嘘一つだけ。


 ついぞ、ゼグリン王がヒュミシラルの民衆を皆殺しにするようなことはなく、リリィの思惑は勝利した。カティーヌは、か弱い姫君というリリィに対する評価を改めた。山籠もりの五日間もそうであったが、彼の心は間違いなく彼女に惹かれていた。リリィの強さに、切ないほどの優しさに。


 ほどなくして、ユーフテン王国はヒュミシラルを征服、平定した。地下都市はユーフテン王国管轄の自治都市となって、今は「N2」という誰が考えたのか分からない番号のような名で呼ばれるようになった。


 平和を得たユーフテン。そこがカティーヌとリリィ、二人の運命の始発駅だった。

 



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