九十一話 半天使の巣立ち日和……?
俺たちはみんな真っ逆さまである。雲の海にダイビングしている真っ最中だ。
「おい! 君は気でも違ってるんじゃないか! こんなのみんな死んでしまうだろうが!」
「うぎゃああああ!!」
もう訳が分からない。視界がぐるぐる回ってしょうがないし、そもそも自分自身が恐怖心に飲み込まれている。というかもうこれ以上は何も考えられない。
落ちたとてたかだかゲームじゃないかと頭では分かっているのだが、実際に空から落ちてみると、相当こわい。理屈なんて全部吹っ飛んでしまう。めちゃくちゃ高いから、その分滞空時間も長い。その間ずっと怖がってなくちゃならない。
真っ逆さまに落ちている最中で、唯一希望を捨てずにいられるのは、下にカティーヌと王女さまがいるからだ。彼らは今頃門をくぐってこちら側に来ているはず。空から降ってくる俺たちのことを見たら、きっとなんとかしてくれるはずだ。
俺の上を落ちているプールウェルはなにやらわめいていた。
「おい! 僕のこの縄を解いてくれ! ミノムシ状態のまま下に叩きつけられるのはごめんだぞ!」
正直、落ちてしまえばそんなこと関係なく死ぬとは思うのだが、確かに不憫だ。
「もう、しょうがないですね。」
同じことを思ったミヤビが、プールウェルのところまでスイスイと宙を泳いでいき、彼の体を捕まえた。
ミヤビは小型のナイフを取り出すと、それでプールウェルを縛っている縄を切り始めた。
「ん? どうした? 偉く手が震えているじゃないか。」
「あ、気づきました? 飛び降りたはいいものの、今になって怖くなってきちゃったんですよね。」
「「「今更!?」」」
お前が飛び降りたから今全員ここにいるんだぞ?やめてくれよ、ますます怖くなってきちゃうじゃないか!
がちがちに震える手でナイフを扱うものだから、なかなかロープは切れてくれない。一生懸命ギコギコこすって、結局、雲を割ろうというところでロープはようやく切れた。
「ほら、これでいいですか? けれど、どのみち下に落ちるのは変わらないんですよ?」
「それでも、君たちの仲間がいるんだろう? それなら、僕も動けた方が助かる確率は上がるじゃないか。」
そのカティーヌたちだけど……
「いますか?」
「いや……いないな。」
くそ! 天に見捨てられてしまったのか。彼らはどこに行ってしまったのか? なんでいてくれないんだよ。
遥か下の地上には、誰の影も見当たらなかった。俺たちはもう助からない、できれば、もっと後で知りたかったな。
「やばいやばいやばいやばい!!」
もうそれしか言えない。
他のみんなもおよそそんな状態。見事に賭けに負けたのである。もうあとは落下死の未来が待つばかりである。こんな高さから落下したら、さすがにゲームオーバーになるよな? いや、それ以前に相当痛いだろうな。ゲームの中だから、多少マイルドにはなっているだろうが、なんせ雲の上から落ちるのだ。それなりに痛いのには違いない。
みんなそれぞれに、情けない声を出しながらも覚悟を決めたときだった。
「落ちてたまるかーーー!」
「バサッ、バサッ、バサッ、バサッ!!」
プールウェルの叫び声が響き、その方を見ると、なんと、彼の翼が大きく開いていた。
飛んでいるのである! 飛べないと言っていたプールウェルが天使の羽を大きく広げて、飛んでいるのである。
「やっぱり飛べないのなんて嘘じゃないですか!」
「ほんとだ。やってみると意外と何とかなるもんだな。」
まだ多少ぎこちないものの、ちゃんと飛べている。やっぱり、飛んだことがなかったから勘違いしていただけで、飛ぼうと思ったら飛べたのである。期せずして、ミヤビと一緒に飛び降りたのが荒療治になったか。
プールウェルは大きな音を立てながら飛び回り、俺たちの手を取った。
「扱いには少々不満があったが、それでも連れ出してもらったこと、背中を押してもらったことにはそれなりの恩を感じている。君たちを無事地上に届けよう。」
「本当ですか! ああ、よかった。」
ミヤビは力が抜けてしまったようで、ぐったりとしていた。
俺たち三人を抱えたプールウェルは、ぐるぐると旋回しながらゆっくりと地面に近づいていった。旅客機が着陸するよりも穏やかである。
「さあ、これで全員無事に生還だ!」
ストン、とプールウェルは地面に着地した。
彼自身は感無量という様子。
「これが地面というやつなのか! 案外柔らかいのだな!」
地面を初めてみる人を初めて見たな。
一方で、下に下ろされた俺たちは少しの間ポケーっとしていた。パラシュートなしのスカイダイビングを決行した後なのだから、まだ正気には戻れない。
「おーい! 君たち、聞いているのか?」
「ふぇ?」
プールウェルはあきれた顔で、俺たちの顔を覗き込んでいる。
「君たちのおかげで、下に降りることができたし、飛べることも分かった。ありがとう。名残惜しくもあるが、僕は職務放棄をした立場だし、君たち族に手も貸してしまっている。」
「それは、申し訳ないですね……」
「いや、いいんだ。でももう行かなくちゃいけない。」
「やっぱり、天界に?」
「いや、それはまだ早いと思っている。まずは、せっかく自由の身になれたんだし、この世界を見て回っていこうと思うよ。」
「いいですね。気を付けてくださいね。」
「君たちもな。またいつか会えたらいいな。その時はゆっくり話そう。」
プールウェルは大きく翼を広げて飛びあがり、あっという間に見えなくなってしまった。




