八十九話 四人で脱出?
プールウェルの語りは続いていた。
「 母は無事僕を産み落とした。まあだから僕はこうして生きているんだけどね。
父との間に子供まで作ったんだから、僕の母はそのままずっとここに残るはずだった。実際母自身もそのつもりだったと思う。
しかし、そうもいかないことが起きてしまった。天界での戦争が終わってしまったのである。いや、本来は望ましいことだから喜ぶべきだったんだろうけどね、僕としては母と引き離されたきっかけだから、なんともね。
戦争が終わったのは、僕が生まれてから一年もたたないうちだったという。母に迎えが来た。母のせいで天使は見慣れていた父だったが、大量の天使の行列には腰を抜かしそうになってしまったという。
彼らは母を問答無用で連れていこうとした。もちろん父だって抵抗したらしい。だけど歯が立たなかったらしい。それほどに天使の力は強大だったという。そのうち見かねた母が止めに入って、彼女はそのまま天に帰ることを承諾してしまった。」
なんだか、竹取物語みたいな話だな。
「というのが、僕が成長して父から聞いた話だ。だから僕には母の記憶はほとんどない。そして話をしてくれていた父も十数年まえに死んでしまった。」
「でも、どうして天使の皆さんはわざわざ探してまでお母さんを連れ帰りに来たんでしょう?」
ミヤビが聞いた。
「どうやら母は天使の中でもそれなりの立場があったらしく、それで迎えが来たらしい。」
プールウェルの話はそこで終わった。
話が終わっても、なかなか誰も話すことはなかった。
「おい! 聞いといてなんだよ君たち! なんか言えよ!」
「いや、想像以上に重い話がきちゃって、ねえ、トルクさん。」
「うん、ちょっと胃もたれ起こしてるよ。」
二人はずーんと重くなっていた。
けれど今の話を聞くと、ますます思うことがある。
「天使の、それも聞くところ上級の天使だったお母さんの血を半分も引いているなら、やっぱり飛べるんじゃないですか、あなた?」
「そうは言っても、飛べないんだよ。最近はジャマとさえ思ってしまっているよ。」
プールウェルは自分の背中についている大きな翼を触りながら苦々しい顔をしていた。
「それでもたった一つの母の形見なんだけどね。顔も知らない母の……」
「でもそれは飛んだことがないだけじゃないですか? 飛ぼうとしたことって一度でもあるんですか?」
飛んだことがないから、飛べないと思いこんでるのではないか?
「ああ、飛ぼうとしたことなんてないさ。この仕事があるからな。」
ああ、やっぱりだ。
もしかして、飛ばせてみたら意外とすんなり飛べてしまうのではないか?
「ねえ、飛んでみましょうよ。」
「え、なんでだよ。」
「だってここ退屈でしょう? 私なら耐えられませんよ。」
たしかにミヤビは1日も耐えられそうにないな。
プールウェルはあまり乗り気じゃないらしい。
「退屈なのはそうだが……。死ぬほど退屈なのは認めるよ。……でも、だからってここを離れるわけにはいかないじゃないか! 仕事なんだぞ。」
「誰かから言われたんですか?」
「いや、父が死んだからその仕事を引き継いでいるのだが。」
「じゃああなたがどこかへ行ってしまったところで、それを咎めるような人はどこにもいないじゃないですか!」
「それはそうだけど……。」
「もう! 煮え切りませんね! いいです! 私たちがあなたを誘拐します!」
おいおいおい! 急に何を言い出すんだこいつは。
ミヤビはプールウェルのミノムシ状態の体を抱き起すと、抱えた。
「あなた、見た目以上に重いですね。」
「翼分の重さだよ。」
「トルクさん! 手伝ってくださいよ、女の子に全部持たせるつもりですか?」
「あ、ああ、分かったよ。」
トルクはミヤビの勢いに押されて、一緒になってプールウェルの体を持ち上げた。
「な、なにをするんだ! 僕はそんな簡単に僕は……!」
「なんです? もしかして親の形見でも残ってるんですか?」
「いや、それはまったくない。不思議なほどに、疑ってしまうほどに母のいた痕跡なんてないし、父もあまりものを残さなかった。この僕が今着ている服くらいのものだよ。」
「へえ、それはまたつかぬことを聞きましたね。」
「いや、気にするな。」
「……って! じゃあなおさらここに未練なんかないでしょ? あなた、ここに何年いたんですか!」
「あまり詳しくは覚えていないけど、30年くらいかな。」
「そんなに! よく耐えられましたね。もうそろそろ自由になっても良いんじゃありませんか? いきますよ!」
ミヤビは問答無用でプールウェルを担いで動きはじめた。
二人はまるで神輿のように肩でプールウェルを担ぎ上げている。
「で、扉のスイッチと下への降り方を教えてください。」
「教えられるわけないだろう! 盗賊なんかに!」
「教えてもらえないとあなたも一緒に飛び降りるしかないのですけど。」
「……! それは困るな。いいよ、もうどうにでもなれ。僕の指示通りの場所に行ってくれ。」
プールウェルはついに観念したようで、大人しく指示を言いはじめた。




