八十三話 そり立つ壁!
見えたら見えたで圧倒される。谷が全て立ち塞がる壁になっている。あの中から矢は飛んできているらしい。
「あれを越えていくんですか?」
「それしかないんだよ。下に門があるにはあるが、もちろん開いているわけなんてない。だから、あれを登っていくしかないんだ。」
そりゃ無茶だろ。どうやれば垂直の壁を乗り越えていけるんだよ。
そもそも、近くにいくことがまず難関だ。
「ヒュン、ヒュン!」
矢は全く止まない。流石にこの遠さでは狙いは定まっていないようだが、それでも危険なことには変わりない。
「面食らったとは思うが、とりあえず姿を隠せ。それで少しは攻撃もまばらになるはずだ。」
カティーヌの指示で、王女とカティーヌ以外の俺たちは『隠密』を使った。
「二人はどうするんですか?」
「オレたちなら大丈夫だ。」
カティーヌはリリィ王女を抱えていた。
どうやらその状態のまま矢の中をいくらしい。
「いやいや、無理があるでしょ!」
「お前たちにはできないことがオレには出来るんだよ。」
そう言ってカティーヌは左手を地面に当てた。
「ズボッ! ミキミキミキミキッ!」
「ええ!」
地面から急にツタが伸びてきた。
ツタはカティーヌの背丈ほどに伸びたかと思えば、そこで大きく葉を広げた。
葉は、ちょうどカティーヌと王女をすっぽり覆ってしまうくらいの大きさ。
「お前たちと違って矢になんか当たらないさ。」
カティーヌが走り出すと、ツタも一緒になってついていく。傘のように二人を葉で覆っているから、当然ながら、降り注ぐ矢は二人には全く当たらない。
「ええ! あれズルいですよ!」
「そんなこと言ってないで、急ぐよ!」
俺たちは、敵から見えてはいないものの、何かで守られているわけではない。
今も無差別に射撃されているのだ。その中のどれかが当たってしまうかも分からない。
「さっさと走り抜けてしまいましょう!」
俺たちは、先を行く二人の背中を追った。
「ヒュンヒュンヒュンヒュン!!」
近づくにつれて、どんどん矢の勢いは強くなっていく。
「やばいやばい!」
風切り音が耳の近くで鳴るたびに身が縮みあがりそうだ。
「あとちょっとですよ!」
壁の真下は、壁自身の突起が邪魔になって矢が届かないようになっている。
俺たちはそこに逃げ込んだ。
「ヒュンヒュンヒュンヒュン!」
矢は止んでいないが、もう俺たちには中らない。
壁下の矢が届かない範囲は、幅五メートルほどだ。命をつなぐ場所としては少々心許ない。
「よしよし、全員無事だな? これで第一段階は完了だ。」
カティーヌは息も絶え絶えの俺たちを見てそう言う。
「紙一重でしたよ!」
「盗賊なんていつも紙一重だろ?」
矢はやがて止まった。俺たちがもう死んだものとみなしたのか、それとも殺すのをあきらめたのか、どちらかは分からないけど、急に静かになった。余りの壁の高さに、上にいるはずの兵士たちの声は全く聞こえない。
息が整うと、カティーヌは突起を指さした。
「頼みがある。」
「内容によりますね。」
「あの突起の上に登って、壁の上を目指してほしい。」
「……無理ですね。」
「それはさすがにちょっとね。」
「無謀というかなんというか。」
カティーヌは、俺たちが二つ返事でオッケーするとでも思っていたのか、困惑した表情を見せた。
「どうして無理なのだ?」
「ここに来るのさえこんなに苦労したのに、その上さらに上に登るだなんて、正気じゃありませんよ! 」
「それに、第一どうしてあなたが行かないんですか? もしも無理じゃないっていうのなら、あなた本人が行けばいいじゃないですか!」
「そりゃもちろん、オレが自分で行けるんだったら行ってるさ。」
「何かいけない理由があるんですか?」
「そりゃあな。」
そう言うと、カティーヌはリリィ王女の肩に手を回した。
「こいつはオレが守ってなくちゃなるまい。」
王女は照れて頬を赤らめた。
そんなことを言われてしまっては、「俺たちが王女守ってお前が上行けばよくね?」なんて野暮なことはもう言えなかった。
「大丈夫だ。オレがサポートするから、しくじらなければ安全に登ってしまえると思うぞ。」
「サポートって?」
「お前たちの手から植物の粘着液が出るようにする。それを使えば壁をのぼっていけるというわけだ。」
どっかのスパイ映画でみたような方法だな。
「あとは、姿を隠してしまえばもう矢が降ってくることもない。どうだ? 安全だろう?」
「まあ、言えば容易く感じてしまいますね。」
やっぱり押し付けられている感じがしてしまうが、もはややるしかないのだろう。でなければ進まない。
「やります」と言ってからは早かった。カティーヌは俺たち三人の手のひらに魔法をかけた。
「うわっ! 本当にべとべとしてる!」
感覚としては、滑り止めスプレーの強化バージョンみたいな感じだった。それがとめどなく手から溢れてくるのだから、正直気持ち悪かった。
『隠密』を使ってから、俺たちは試運転もかねて、十メートル上にある突起まで上った。
「おお、こうしてみるとやっぱりこの壁高いですね。」
目指す先は霧の中、まだ見ることもできない……。




