八十二話 第二関門!
休憩はほどほどにして、また歩き始めた。脇道を除けば、進むべき道はみんな谷沿いの一本道になっているから、迷うことはない。
「まだ距離があるから、そのつもりで頼むぞ。」
カティーヌは先頭から振り返ってそう言った。
普段歩かない身ではあるが、このゲームの中ではもう慣れてきた。砂漠の中をずっと歩いているよりかは断然楽である。
「そういえばミヤビちゃん、さっきは何をしてたの?」
「ああ、あれですか。少し水を浴びてきました。ずっと動きっぱなしで汗かいちゃってたので。ほら、そのままずっといると臭くなっちゃうし。」
それで突然滝で休みたいだなんて言い出したのか。
「でもねえ、やっぱりこれ着られないから着替えはないんですよね。」
ミヤビは自分の持ち物からプリンセス・ノワールのドレスを出した。
「お前、それ着替え扱いしてたのかよ。」
「だって、ずっとこのローブを着てますからね。逆にロータスさんたちは気にならないんですか?」
「いや、まあ、ゲームの中だと流石に汗はかかないからな。」
「そういう問題じゃないんですよ! たとえ汗かいてなくとも気になっちゃうのが普通でしょ? 言っときますけど、おかしいのは二人の方ですからね? ねえ、気になっちゃいますよね、リリィさん?」
突然話を振られたリリィ王女は困ってしまっている。
「ほら、そうやって困らせちゃったらダメだよ。」
「ええ? だって王女さまだって女の子ですから、そりゃあ気になるはずですよ。たとえ汗をかいていなくとも、散々走り回ったときの汚れとかたくさんあるじゃないですか!」
だんだんムキになって必死になり始めたミヤビだったが、肝心のリリィ王女はミヤビに共感できないらしい。
「ごめんなさい。私、汚れない体質なんです。」
汚れない体質ってなに! そんなのあるの?
「はい? 汚れないのって体質なんですか?」
「ええ。昔から、どんなことをしても汚れないんです。雨に降られても、泥んこ遊びをしても、なぜか私だけに汚れが付かないんです。」
「うらやましい! というか、妬ましいですよそれ! なんでなんですか? プリンセスだからですか?」
「さあ、私も王族ならば汚れないのかと思って、小さいころ母上に泥団子をぶつけてみたのですが、母上の顔が泥だらけになってしまってこっぴどく怒られてしまいました。」
そりゃ突然泥団子を投げられたらマナ王妃も怒るわな。
汚れない体質ってのは気になるな。汚れのもとをはじくのか、それともそもそも汚れが避けて通るのか。
「ですから、私だけがなぜか汚れないのです。だからほら、服もこの通り、新品みたいでしょ?」
彼女が身にまとっていた服は一つのシミもよごれもなかった。ただ、ミヤビが貸していた服の方はしっかり汚れていたのだけど。
汚れないのなら、洗濯もしなくていいのかな? なんてことを考えながら歩いているうちに、カティーヌはいつの間にか俺の隣に来ていた。
「次の関所はもうすぐ見えてくると思うが、次は初っ端から戦闘になると思ってくれ。」
「ああ、それは分かってますよ。もうバレてるからでしょ?」
「それもあるが、関所の構造上、絶対にそうなるんだ。」
「構造?」
「まあ、見ればわかるさ。」
気になることを言う。
雲が低い。いや、この地面がむしろ高いのか。その雲の切れ目に迫る影が大きく映った。
「あと歩いて五分ってところだろうな。みんな、準備を始めておいてくれ。」
「五分もまだあるんですか? そんなに緊張することもないじゃないですか。」
ミヤビは緊張しなさすぎだと思う。
「『歩くと』五分だ。」
「それってどういう……」
「ヒュン!」
「え?」
足元を見ると、矢が深々と突き刺さっていた。
「歩くと五分だが、矢なら五秒だ。お前ら、気を引き締めろよ。」
「危ないな! そういうことは早めに言っといてくださいよ!」
トルクが珍しくご立腹である。
問題なのは、もうすでにむこうから俺たちのことが見えてしまっているということである。まだもやがかかっていて二番目の関所は見えない。
「もうすぐ、視界がはっきりしてくる。それまでの辛抱だ。気合で矢をよけろ!」
「そんな無茶苦茶な!」
「ヒュンヒュン!!」
霞みのなかから突然矢が現れてくる。当たらないかどうかははっきり言って運次第である。
「ヒュン!」
「うわっ!」
顔のすぐ横をかすめた。頬の産毛に矢じりがふれた感触がある。
恐怖で背筋がゾゾっとして、駆けだしてしまった。少しでも早くこのもやの先へと行ってしまわなければ。そう思って走った。
どんどん影は濃くなり、視界も明瞭になった。後ろからは仲間たちが追ってきており、おかげで気持ちに余裕が生まれて落ち着いてきた。
「大丈夫ですか?」
「大丈夫だよ。トルクこそケガしてないかい?」
「ええ、今のところは。」
「ちょっと! 私のことは心配じゃないんですか?」
「ある意味お前が一番心配だから安心しろ。」
「なんか釈然としないなぁ。」
一番後ろからカティーヌがリリィ王女をかばうようにしながら、追ってきていた。
「見えただろう。ソイツがいまから越えてゆく二番目の関所だ。」
彼が見上げた先には、天を衝くほどの壁がそびえたっていた。太陽を冠するような出で立ちは、まさに摩天楼である。




