六十一話 緑と水の都です!
「ねえねえ、もういいでしょ? 返してくださいよ! 私のローブ。」
「バカ言え! 王国内ではどこでも顔が見られてはいかんのだ。返せるわけがなかろう。」
俺とトルクはボディーチェックののち、何も問題なかったので解放された。今しがた先に入国が認められていたカティーヌとミヤビに追いついたところだ。
ミヤビはもう入国の審査は抜けたのだから、ローブを返してほしいと言っているが、カティーヌは全く返してくれる気配がない。しばらくはこのままになりそうだ。
駄々をこねるミヤビを無視して、カティーヌは町とそれから山にそびえたつユーフテン城を見上げた。
「どうだ? 美しかろう。我が故郷であるから、多少のひいきもあるだろうが、私はこの国が世界で一番美しいと信じている。」
カティーヌが両手を広げた先には、言葉に負けない壮麗な景色が広がっている。
緑は町全体を覆わんとするほどの活力をみなぎらせ、その隙間から覗く白亜の岩壁はなお映える。その全体を、ところどころで湧く泉の天然噴水が淡く光り立っているから全体が絹で織ったレースのカーテンに包まれているように幻想的だ。これぞ、ファンタジー世界のひとかけらである。ゲーム好きやファンタジー好きにとっては夢の世界だろう。
この街を隅々までまわってみたい。あの建物は何だろう? あの裏はどうなっているのかな? どんな人たちがいる? 気になることが頭の先に殺到して、ワクワクが止まらない。
いま、俺はこのゲームを始めて以来最もテンションが上がっている。子供の頃に味わった、すべてが魅力に満ちているあの世界がいま、視界一杯に広がっているのだ。
「すごい……すごいよ!」
「すごいって何がですか?」
上手く言えないな。人ってのは本当に心が揺り動かされた時には言葉を失うんだ。千の言葉もどこに置き忘れたのか、すっかり出てこなくなってしまう。
俺のことをバカにしたくせに、ミヤビとトルクもすっかりこの景色に見入っている。
「本当に、綺麗ですよね。こんなものを見る日が来るなんて。」
「もう、これが現実じゃないなんて気にならないですよ。夢より美しい夢だ。」
みんなポエムっぽい感じになっちゃってるじゃん。
「おっといけない。来るのが久々だったものだから、つい見とれてしまった。さあさあ、行こうか。」
「行こうかって、どこに?」
「決まってるじゃないか。あそこだよ。」
カティーヌが指したのは、遥か先の山の上、ユーフテン城だった。
ええ! さすがに急展開すぎやしないか? まあ今までもそんな感じだったけど。でももうちょっと段階を踏んでから城に行くもんじゃないのか?
だがおおいに興味はある! なんせ、このVRのゲームの世界にきてから初めての城である。今まではRPGの中に出てくる平面の城を眺めているだけだったが、今目の前に、その城が建っているのだ。
もっと近くで見てみたいし、中がどうなっているのかも気になる。だが、一つ気にかかったのは、現実的な問題だった。
「指名手配がかかってるのに、城に行っても大丈夫なんですか?」
そう、王子というカティーヌの実家であったとしても、今は敵の本拠地になっているはずの場所なのだ。カティーヌが言って見つかり捕まったとすれば、バッドエンドまっしぐらである。
「なに、見つからなければいいのだよ。」
随分簡単に言うじゃないか。盗賊歴一週間ちょいの俺から言わせてもらうと、人から隠れるのは素人には難しすぎるぞ。
カティーヌはやたらと自信があるようで、ずんずん城の方向へと近づいていく。
「何するつもりなんでしょうね?」
城へと続く一本道は途中から坂になっている。そこからは、斜面だというのに一層絢爛な建物が立ち並んでいた。
「おおー、できることなら一軒一軒入って見てみたいですけどね。」
「あとで来れるといいね。」
「そんな用事が終わった後にでも……みたいな感じで言われても。これから敵の本拠地に行くんですよ?」
そうだった。あまりにカティーヌが余裕でいるもんだから、俺も緊張感が無くなってしまっていた。
坂はしんどいけれど、どんどん近くなってきている城はやっぱりきれいだ。早くあそこの中に。はやる気持ちが抑えきれない。
「そなたたち、もうちょっとだ。心の準備をしといてくれ。三人とも盗賊だからあまり心配はしていないのだがな。」
欠陥盗賊三人には余りある信頼だ。
坂を上り終えて、振り返ると、麗しの町は眼下に霞んでいる。そして、その反対には、町を見守る大樹に抱かれた巨大な城が悠々と構えていた。目の前で見ると、一段と迫力がある。
「さあいよいよだ。」
「ええ! 行きましょう!」
俺は全身に力を込めて、目の前の城の正門に向かおうとした。
「おいおいバカかそなたは! 正面には門番がいるに決まっておろう。」
おっとそうだった。気持ちが膨らみすぎて冷静さを失っているようだ。カティーヌも、他の二人も、どうかそんな目で俺のことを見ないでくれ。
「正面からだと通れるわけがないから、こっちに来い。」
あきれ顔のカティーヌは俺たちに手招きすると、裏手の方に歩いていった。




