閑話13 悪役(ヒール)の退場劇【後編】
【3ヶ月後】
別に、保護して欲しいなんて思っていなかった。
――お父さん、分かってるの?! この子は……。
あぁ、そう言いたい気持ちは分かる。親に捨てられた子だし、なんなら仮初の権力でイキっていたガキだった。それに、最低の行為もした。自分でも、今さらって思うし。どの面さげて、って思う。
――それで?
俺を拾った爺ちゃんは、涼しい顔をしていた。
――こいつがクソガキなのは分かったが、そのクソガキを叱れる大人はドコにいたんだ?
なんで……? って思った。
自分で言うのも可笑しいと思うが、高校生はもう大人だ。庇われる意味が、分からない。
ただ――って思った。
この勘違いしているクソガキを、甘やかす爺ちゃんじゃないことはよく分かった。朝、6時に起きなかったら叩き起こされる。
井戸水から、水瓶にためるのも僕の仕事だ。
米を炊くのも。
風呂を沸かすのも。
そして、食器を洗い。掃除をして。
日中は爺さんや近所の畑の手伝いをする。
泥だらけで――。
最初は腰が、すぐに痛くなった。
(……どうして、ボクが)
そう思ったことは、一度や二度じゃない。
稲を上手く、植えられなくて。
田んぼのぬめりに足をとられ、泥まみれの洗礼を受けたことが懐かしい。
ぴちょん。
釣り糸が反応した。僕は、釣り竿を振ろうとして――。
「総っ!」
がさつな声に僕とターゲットの山女魚が驚いて。
ぽちゃん。
川面に波紋が広がる。
魚が、逃げちゃった。
「……相変わらずヘタだねぇ」
「今のは菖蒲のせいだと思うよ」
ジトッと僕は、張本人を見やる。
爺さん達高齢者以外で、唯一、この集落で僕に声をかける変人一家。ほの一人、夏目菖蒲がニシシと、僕に向けて笑っていた。
「良い加減、僕に構うのを止めたら?」
呆れて言う。別にスレて言っているわけじゃない。自分という人間を知りながら、こうも当たり前に接してくる菖蒲のことを思って言っている。
この集落から、電車で30分。菖蒲の高校までの時間。この時刻で帰ってくるということは、部活もせずに、友達とも遊ばずに帰ってきたということで。
正直、菖蒲の時間を奪うほどの価値は、僕にはないと思う。
何もかも、なくした。
この自然のなかで、過ごすうちに。小さい世界で、僕は生きていたと気付いた――のは、つい最近のこと。今さら気付いたとしても、もう遅い。
何度か、首を吊ろうと思ったこともあった。
以外に苦しくて、人間って簡単には死ねないと知る。
そして、不思議と朝倉の爺ちゃんに見つってしまうのだ。
償うなら、これしかないと思ったのに。
――お前が死んだくらいで、誰が喜ぶか。
そう言われた。
償うつもりなら、生きろ。簡単に許してもらえるなんて思うな。
――それから、そんなクソガキでも……心配しているバカがいることを忘れるな。
爺さんと、菖蒲が泣きじゃくるのを見て。
はっと我に返ったんだ。
(誰かが泣いてくれたのは初めてかも)
爺ちゃんに抱きしめられて――。
髭が痛い。
マジで、痛くて。
泣きたくなるくらい、痛くて――。
「ちゃんと、授業は受けたの?」
菖蒲が、俺の顔を覗きこむ。
「当たり前だろ。爺ちゃんに金を出してもらってるんだから」
オンラインとはいえ、ここまで真剣に授業を聞くのは、初めてなんじゃないかって思う。
「偉いねぇ。私は今日の授業、よく寝たよ」
「勉強しろよ」
コツンと、菖蒲の額を打つ。でも、それもブーメランだ。街にいた時の僕は、勉強はそこそこ。元親の金を、自分の財産のように散財して、人をオモチャのように扱った。生徒会の業務は、全部、音無に押しつけた。
そんな僕が、高校卒業資格を得ようと通信制高校を受講しているのだから、おかしなモノだ。授業が終えたら、畑仕事の手伝いをする。おかげで、すっかり日焼けしてしまった。
「ねぇ、総?」
年下のクセにまったく距離感を憚らない。この野生児、このまま社会に出て、大丈夫なんだろうか?
「スクーリングは街なんだよね?」
「そうだね」
考えると、憂鬱だ。でも、自分が決めたことだ。
一度は、戻って。
下河と上川に謝る。
許されることが目的じゃなくて。もっと憎んでもらって――自分の胸に楔を打つために。
彼女が、過呼吸になったのは、僕の責任だ。それ以上も、それ以下もない。
「その時は私も一緒に行くから」
「は?」
予想だにしない言葉に、僕は目を丸くする。
「菖蒲、お前は何をいって――」
「私なんかが、一緒にいても許してもらえないかも。でも、総は後悔をしているんでしょ?」
「……後悔して、許されるのなら。刑務所なんかいらないでしょ?」
むしろ、罰してもらった方が楽かもしれない。
「分かってるよ。だから、総の分まで一緒に背負うの」
「菖蒲がそこまでする理由ない――」
「あるよ。だって、総と私は友達じゃん」
とくん。
胸が脈打つ。
――それなら、さ。私と友達になってくれない? 集落の奴ら、私のことを男女って笑うんだよね。
――男女……いや、どう見ても君は、女の子でしょ?
――街の男って、みんなナンパ師なんだね。怖っ
――なんでさ?!
あぁ、そんなことも言っていたね。軽口でしかないやりとりだったけれど、菖蒲にとっては大きかったらしい。そんなことで――そう思った、言葉を噤む。
――病原菌。
――男女。
どっちだって一緒だ。言った奴らに、そんなつもりがなくても。本人に突き刺さる言葉があるんだ。そして、一度紡がれた言葉は一生、消えない。下河雪姫に、上川冬希がいても。その過呼吸がおさまらなかったように。
僕が、彼女につけた傷が絶対に消えな――。
ふぁさっ。
菖蒲が、僕の髪を撫でた。僕は目を丸くする。
「私は、今の総しか知らないけど。どんな、総も受け止める。多分、朝倉のお爺ちゃんもそうだよ。うちのお父さんも、お母さんも――」
「……爺ちゃんも、晃さんも志保さんも……お人好し過ぎでしょ……」
川面に、滴が落ちる。
せめて、一人で。
これまでの、自分を悔いることができたら。
いっそ、この川に身を投げて。
何もかも、なかったことにできたら。
そう思うのに。
何度も、何度も、そう思ったのに。
ここの人達は、優しすぎる。
(どうして菖蒲まで、泣くんだよ?)
ぽたん。
ぽたん。
川面に落ちる滴が、止まらない。
清流が、感情まで飲み込んで――ドコまでも、澄んで。
どうしてだろう。
川面が夕陽で乱反射して。
目が痛くて開けられないくらい――この世界が、綺麗だったんだって。初めて、そう思った。
作者より蛇足。
このENDを納得できない読者様もいるかと思います。
ただ、子を持つ親としては、後悔と反省をしながらも、再起を願ってしまうのです。
雪姫に対して元生徒会長が行ったことは、許されることじゃないと思います。それは、そう。だけれども、彼に加担した人、そしてスルーした人。全員が、加担者だと思います。
光や彩音がずっと、後悔していたのもそういうことです。
誰かが雪姫のことを「病原菌」と言うのを知りながら、止められなかった。
イジメは悪だし。
許してはいけない。
ただ、考え方を少しだけ変えて。
誰もが、加担する可能性があるということが、この物語で少しでも伝えられたらと思っていました。糾弾する側が、決して正義とは限らない。
ちなみに、すでにお気づきの方もいるかと思いますが、朝倉のお爺さんは夏休みに登場していた朝倉晋哉。御年、67歳。お爺ちゃんと言われるには、まだ、ちょっと複雑なお年頃。
娘は、朝倉志乃。保健室の朝倉先生です。
菖蒲の父母は、夏休みに登場していた、夏目晃と、旧姓玉置志保でした。
ということで、第1章も次話で、最終話。引き続き、よろしくお願いいたします。




