閑話12 悪役(ヒール)の退場劇【前編】
【|一週間後《1WEEK LATER》】
なんで、こんなコトになったのだろうか。
ギリリと、唇を噛みしめる。
――総司、お前は帝王学を学ぶ必要がある。好きなようにやってみなさい。
――あなたは選ばれた人なの。他人に媚び諂ったらダメよ? 欲しいモノは、絶対に手に入れるの。
――芦原君、君は本当に優等生だよ。
――生徒会長、一生ついていきます!
――総司君が好きになる子って、幸せ者だよね。でもさ。総司君、私じゃダメなの?
――生徒会長、それで本当に生徒会長の仕事を果たしたと言えるのですか?
からっぽの我が家で、この一週間、そんな声に苛まされていた。
音無が一番、ウザいって思っていたのに。
良いから、黙れよって。
女は男を立てろって――そう思っていたのに。
結局は、彼女のいうことがずっと、正論だったということなのか。
父さんも、母さんも、教頭も、生徒会執行部役員も。誰も頼れない。
そして、腰巾着達も、掌を返したように、着信拒否。そして拒絶された。
『お前は見損なった。もう、親子の縁が切る』
何を言ってるんだ、この人?
そもそも、親子だって? あんたが、父親らしいことをしてもらった憶えなんか無い。
『ごめんなさいね。私には何もできなくて。でも、総司は賢い子だから。一人でも生きていけるわよね? 頑張って』
元々、この家じゃ、ずっと一人だったけれど?
何を言っているんだ、このババァ。
心の中だけで悪態をつかず、直接、言ってやれば良かった。
――でも、もう遅い。
だって、保護者説明回の翌日には、二人とも、海外へ高飛びしたのだから。
今日で、電気と水道が止まる。
だから僕は、カバンに、ありったけのお金と食料を詰め込んだ。
(どうして、こうなった?)
ギリリと唇を噛みしめる。
欲しいものを欲した。
下河雪姫は、その一人に過ぎない。
でも、彼女はあれほど輝く僕をまるで、見ていなかった。いや、違うね。そもそも、僕は輝いてすらいなかった。
今になって、思う。
輝いていたのは、彼女だ。
僕なんか頓着せず、真っ直ぐに上川冬希を選んだ。
一見、利用価値も無い二人。僕は、下河を玩具として利用できたら、それで良かった。ストレス解消のはけ口に使って、飽きたら棄てる。それぐらいしか、彼女に価値は無い。そう思っていたのに――。
それが、どうだ。笑えるじゃないか。
価値がないのは、僕だった。
何度も、何度、追い詰めても。
下河は挫けなかったし。
そんな下河に、上川は手を差し伸べる。
――雪姫が見ようとしている綺麗な世界を泥で塗ろうっていうのなら、誰だって絶対に許さない。
分からない。
なんで他人のために、そこまでできる?
分からない。
今も、分からない。
泥を塗る?
泥――。
じわりじわりと。
焦げつく。
一つ、分かったことは、 僕の周りには何もなかった。 ただ、それだけだ。
窓から、外を見る。
もう興味をなくしたのか、マスコミはドコにもいなかった。
靴を履き替えて、外へ――。
それから、日本庭園を模した広いだけの、土地を横切る。石灯籠をよじ登って、隣の家の庭へ。ココは、もう空き家になったのが、幸いだった。突っ切り、裏の路地へ。
(どこへ行けば良い?)
そんなこと、何も考えていなかった。
ただ、誰も助けてくれない。
この街では、僕は敵――それぐらいの理解している。いや、もしかしたら、日本中で、自分がいられる場所なんて、もうないのかもしれない。あのCOLORSが、全校放送で、僕の醜態を流晒したんだから。
――いっそ、死んだ方が楽かもしれない。
足を止める。
上川と、大國が転げ落ちた階段だった。
あいつらは、ココで喧嘩をしたんだっけ。
(……バカなのか)
そう思う、反面。学校でのやり取りを思い出す。
――大國、昼は一緒に食べる?
――食べねぇよ!
――そっか、残念。雪姫が焼いてくれたクッキーがあるのにね。光は食べるでしょ?
――もちろん♪
――お、お前ら……卑怯じゃねぇ?
――圭吾、男に二言はないでしょ?
――光、お前っ! ゆーちゃんのクッキーだぞ! 鬼かよっ!
――大丈夫だよ。俺一人じゃ、食い切れないから。
――あ、圭吾。でも、覚悟はしておいた方が良いよ?
――は?
――下河の作るクッキーだよ? 『冬君、大好き』くらいのメッセージ入っていそうじゃない?
解せない。
肩の骨を折った相手と、どうして、そうやって笑えるのか――。
そう思考を巡らした時だった。
「えっ?」
背中に衝撃が走ったかと思えば――視界がグルングルン回る。肩を背中を、足を、腹を。階段が打ちつける。
「あがっ――」
何が起きたのか、理解ができなかった。
痛みで、頭がチカチカする。
体が――痛いけど、動く。背中のリュックが、クッションになってくれたらしい。階段の手すりを掴もうとして――その手を、払われた。
刹那、腹に重い衝撃が襲う。
「あがっ」
胃液を吐く。何が? いったい――?
何度も、何度も、足で腹を踏みつけられる。
必死に、見る。
「あ、青柳――」
にたっと、あいつは笑う。 その表情を見た瞬間。今度は、顔を踏みつけられた。
「ねぇ、生徒会長。もう少し、ちゃんと立ち回ってくれないと、困るじゃないか」
「あがっ……うっ……あぁ!」
返事をしようにも、それ以上に、足で踏みつけられる。多分、唇も裂けた。お構いなしに、青柳は僕を踏みつける。手も腹も目も口も。至る所を、お構いなく。
「せめて、上川君に一矢報いるぐらいの根性は欲しかったよね」
「あっ……が……あ……」
「残念。本当に残念。僕の雪姫ちゃんを、みすみす上川に渡しちゃうだもん。僕ね、そのために生徒会長に協力したつもりないんだけどなぁ」
「う……あ……ぁ……が……」
「聞いてる?」
「あぅ……が……う……」
息をつくヒマもなく、痛みが次から次へと、襲ってくる。もう、言葉もでてこない。目の前は、真っ白だった。
「ねぇ、知ってた?」
多分、髪を無理矢理、引っ張られて顔をあげられたんだと思う。目の焦点が合わない。いじめられっ子だったはずの青柳は、心底――楽しそうだった。
「僕の母さんね、芦原の前妻なんだ。だから、年齢的に言えば、生徒会長は僕のお兄さんだったんだよね」
何を、こいつは何を――。
「どうやら、君のママとあのクソは離婚して、僕の母さんと寄りを戻すんだって。決して、ハッピーエンドとは思えないけれど。まぁ、母さんが嬉しそうだから、良いかなぁって。それに、お金が手元にあるのは、助かるからね。だって、雪姫ちゃんをこれで買えるじゃん?」
バカなのか?
そんなことして、あの下河が靡くわけ――。
「だって、さ。幼馴染同士がハッピーエンドを迎えるべきだと思わない? 部外者がしゃしゃり出るのは、違うと思うんだ。それに、雪姫ちゃん、僕にバレンタインチョコくれたんだよ? これ、僕だけが特別ってことでしょ……って、もう聞いてないか」
残り、ほんの僅か残る意識が、青柳の声を聞き取る。
「つまんないね」
青柳が、僕を蹴る。
残りの数段――階段から、落ちて。
そこで、僕の意識は、途切れた。
■■■
「おいっ! 坊主、しっかりしろ! おい! 坊主!」
救急車のサイレンの音が、遠くに鳴り響く音と、溶け合って。
僕を必死に呼びかける声が、遠くで聞こえた。
そんな気がしたんだ。




