表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
君がいるから呼吸ができる  作者: 尾岡れき


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

156/156

141 君に伝える言葉は……。




「「お咎めなし?」」


 俺と雪姫の声が、綺麗に重なり――校長室に響いた。サングラスをかけた、一見マフィアの親分のように見えるが、町内会副会長、高樹梅さんの旦那さん、竹山(ちくざん)さん。

 当初、家庭訪問を打診されたが――明らかに、弥生先生の標的ターゲットは、下河家ではなく、うちのアパート。俺たちの生活をリサーチしようという魂胆が見え見えだ。そんなの、断固拒否だった。それに「ちえっ」って、担任に舌打ちされたこと、俺は忘れない。


「まぁ、そんなにビックリするようなことでもないじゃろ。緊急事態での不可抗力。そもそも、何に対してお咎めなのか、理解に苦しむ。本来なら、学校長である儂が責任を取るべきだと思うが――」

「そんなっ!」


 思わず、声をあげてしまう。校長先生が何を思っていたのかは分からない。でも、今日まで弥生先生が、俺達をサポートしてくれたのは、校長先生がいたから。

 だったら、その責任を全部……先生達に押しつけるのは、ちょっと違う気が――。


 くいくいっ。

 手を引かれた。


 雪姫が俺を見る。

 瞳の奥まで、ふんわり微笑むのが見えた。


 ――大丈夫だよ、冬君。だから、深呼吸をしよう?

 そう言われた気がした。雪姫が見てくれただけで。ただ、それだけで、燃えさかる焦燥感が、ゆっくり溶けて、鎮火していく。


「良い、バランスだよね。やっぱり、二人とも」


 弥生先生が、ニコニコ笑って――ティーカップに口をつける。俺は意味が分からず、首を傾げた。


「だって、下河さんが一歩踏み出したくて……でも迷っている時は、上川君が傍にいるでしょ?」

「そんな、当たり前のこと――」


「でも、上川君が迷ったら、下河さんは、絶対にその手を離さないでしょう?」

「……」


 俺は、弥生先生の言葉に、目を丸くする。握っていた、手がさらに固く。契りを結ぶように、指と指が搦む。呼吸は平静。当たり前のように、息をしている。


 そう、息をしている。

 生きている。


 でも、ほんのちょっとしたコトで、息ができないことが、この世の中にはあって。息しづらい? 生きづらい? だけれども。こんな単純なことで、息ができる。


 それでも、息がしづらいって思ったら、息継ぎしたら良い。酸素をあげるから。なんなら口移しだって躊躇わない。他の男子(ヤツ)に、この役目は、絶対に渡さないけれど。


(……雪姫のこと、言えないかな)


 これは独占欲だ。瑞々しい唇に目を奪われる。肌を含めて、毎晩ケアをしているのは、俺だけれど。自分が思う以上に、雪姫は変わったと思う。


 地味子――。

 誰かが、そう言った。


 あの雪ん子が……?

 誰かが、驚いた。


 みんな、ちゃんと雪姫を見ていないことに、眉を(しか)めてしまう。雪姫は最初から、ずっと雪姫だった。誰よりも可愛くて、綺麗で、心音が繊細で。だから脆くて――でも、俯いてばかりの子ではなくて。



 そんな雪姫だから――。



 雪姫に笑ってほしい。

 そう思う。


 俺が、支えたい。

 難しいことなんか、いらない。


 俺が、傍にいたい。

 俺が、幸せにしたい。


 俺の色を雪姫に、塗りたい。手を繋ぐ度に、抱きしめる度に。もっと雪姫を知りたいって思うし。誰にも触れさせたくない。今すぐ、その唇に触れて――。


「ちゅ~っていっちゃう?」

「今時の若人は、過激じゃのぉ」


 マジマジと、弥生先生と校長先生に見られていた。


「「しませんっ!」」


 二人、声を揃えていう。そうだった、と思う。雪姫のこととなると、どうしても我を忘れてしまう。これは学校が再開になったら、気をつけない、と。自分を戒める。


「しないの?」

「弥生先生……?」


 心底、残念な顔をしない。貴方は教師。諫める立場。キス待ちの顔しない。雪姫の表情があっという間に翳って『むむむっ』と唸っている。


 あ、これはダメかも。

 完全に雪姫、スイッチが入った気がする。


「まぁ、それはさておき。本題といこう」


 え? 校長先生、この状況で?


「君達に対して、特に罰則は考えていない。来週、元気に学校に登校してくれたら、それで良いと儂は思っとるよ」


 好々爺って、校長先生のような人のことを言うのだろうか。でもね、すっかりスイッチが入った雪姫は、俺しか見ていないワケですよ? そこはスルーするのは、どうなんだろう。


「後は、そうね。仲が良すぎて、不純異性交遊にならない程度に、節度をもった高校生活を送って欲しいかしら」


 煽ったあんたが言う台詞じゃないよ?

 そして、雪姫さん。物欲しそうに見ないで。場所をわきまえて。流石に校長室は――。


「それと、学校側からのお願いとしては、心療内科で診断を受けて欲しいかの。スクールカウンセラーの、添田先生も心配をしとったが、適切な治療は受けた方が良いと思う。人前で過呼吸になる状況を当たり前にしちゃいけない気がするんじゃ」


 ちゅっ。

 そんな音をたてた後で、深く頷いても説得力がない気がするんだ。


「どうかの? リハビリがてら、学校の中を歩き回ってみるのは?」


 好々爺の微笑を絶やさず、校長先生はそう言葉を紡いだのだった。






■■■






 こつん、こつん。

 二人の足音だけが響く。


 普段は、生徒の声が尽きることないのに。休校中の学校は、まるで息を潜めているようで。その閑静さが、今の俺達には、それが丁度良いと思ってしまう。


 ――ガラガラガラ。


 教室の戸を開けて。それから、雪姫をエスコート。教壇の上に、二人で立つ。夕陽が、カーテン越しに差し込んで、やけに眩しい。

 と、モノ欲しそうな目で、雪姫が俺を見た。


「……さっき、キスしたよね?」

「冬君は、あれで足りるの?」


 むすーっと、頬を膨らます。不完全燃焼と言わんばかりだった。むーっ、と俺を見る。


「……冬君、私にもう飽きたんだ」

「飽きる飽きないじゃなくて、節度をもって、って先生も――」


 その先生に煽られて今があるワケだけれど。あのクソ教師、マジで後で憶えていろ。


 と、雪姫が目を閉じる。有無を言わさない催促。でも、その目を閉じる前の刹那。その瞳にたたえていた、感情の色に、一滴の不安も滲んでいなかった。


 幾度となく、見せたイタズラっ子な――雪ん子の表情。学校でキスするなんて、私たちって悪い子だよね? そう言っている。


「んっ――」


 漏れる吐息。それから、雪姫に啄ばまれる。小さく、浅い口づけじゃ、足りないと言いた気で。


 俺自身、貪欲になりそうな衝動を、なんとか抑える。無闇矢鱈と欲しがるだけじゃダメだって思うから。

 少しだけ、距離を置く。


「……ふ、冬君?」


 瞳が揺れる。大丈夫、そんなに不安にならなくても大丈夫だから。

 雪姫のことが誰よりも大切だと伝えたい。でも、どう言葉を尽くしても足りない気がする。


 ――雪の日に生まれた、お姫様。だからね、雪姫って名付けたんだ。

 大地さんが、嬉しそうに教えてくれた。


 ――子どもは無理って言われた私たちが授かった、唯一の希望なの。冬の奇跡。だから、冬希って名付けたのよ? その割に、冬が良い子であることに甘え過ぎちゃったけどね。


 今さら、母さんにそんなこと言われたのは恥ずかしかったけれど。母さんの本音を聞くことができたのは、俺のお姫様のお陰だって思う。


 ――冬君は私の奇跡だから。だから、納得です!


 にっこり、そう笑うの狡くないかな?


 ――私ね、冬君がいるから呼吸ができるんだよ。


 ズルい。本当にズルい。俺が「好き」を伝えるよりも。さらにたくさんの感情を君は、俺に囁く。全然、伝えきれない。ちゃんと、伝えられていない気がする。

 だから、今ぐらいは俺から言わせて。


「雪姫――」


 思うよりも、言葉が教室内に反響した。


「好きだよ」


 体を重ねても。キスをしても。君の髪を撫でても。まだまだ、足りない。どうやったら、この感情が雪姫に伝わるんだろうって思ってしまう。雪姫に、上川冬希としてこんなにも全肯定してもらって。これ以上の好きをどう、雪姫に伝えたらって思うのに――。


「……ゆ、き?」


 不安そうに瞳が揺れて。

 息を呑む。


 一瞬、雪姫の呼吸が乱れて――。


 それから、風が舞い上がった。

 ふわり、包みこまれたかと思えば――雪姫に抱きしめられる。


「ゆき?」

「バカバカバカバカ。冬君が私を嫌いになったかと思った!」

「へ?」


 目をパチクリさせる。

 ほんの少しだけ、距離を空けたから?


「離れないって言ったもん。冬君が離れたいと思っても、絶対に離れてあげない、って」

「う、うん――」 


 唇を塞がれる。唇で、唇を。言葉で言い訳しようとする前に。求めるように触れて。


 血が巡る。

 息継ぎできないくらい、求められて。


 息してる。


 大好き。

 愛してる。


 そんな雪姫の声が響く。


 冬君じゃなきゃイヤだ。

 誰にも渡さない。


 私だけの冬君だもん。

 勝手に離れないで。

 私、冬君がいないと息できない。


 それは俺だって――。


 中途半端な言葉じゃイヤ。

 ちゃんと、私だけを見て。


 余所見しないで。

 私、わがままだから。


 もう、良い子なんかでいないから。


 冬君の前じゃ、とことん子供(クソガキ)だから。

 全力で、甘えるから。


 だから、冬君も遠慮しないで。

 たくさん、たくさん。

 私は、冬君からもらっているから。


 ――でも、俺は雪姫にまだ、ちゃんと返しきれて……。


 そんなことを言う冬君は、お仕置きです。

 そう雪姫が囁いたかと思えば。


 深く、深く。

 口付けを交わす。


 不安なら、たくさん言葉にして。

 息苦しかったら、甘えて?


 たくさん、私が証明するから。

 私だって、そうだよ?


 好きや、愛してるじゃ足りないもん。

 我慢なんか、できないもん。


 それは、そう。

 脳が痺れるような感覚で。


 誰もいない教室で、口付けを交わしながら。

 やっと、納得できた。


 雪姫に対しての気持ちは、好きや愛しているなんて言葉じゃ、とても足りないと気付く。






■■■


 




「上にゃん達、もう帰ったんじゃない?」

「どうかな? 二人のことだから、リハビリって言って校内を回ってそう」


「イチャついてたら、その仲を引き裂いてやる」

「Kゴリ……ゆっきに、瞬殺される未来しか見えないけど?」

「私は、その現場をおさえたい!」

「弥生先生……それこそ、下河の逆鱗に触れると思うよ?」


「ふふふ。でも、人手は多いほど良いですから。むしろ、現場でお話したいですね」

「音無ちゃん、生徒会執行部壊滅状態だからって、雪姫と上川君まで巻き込むのどうかと思うよ?」


「あら? むしろ、下河さんには積極的にご協力いただきたいって思っていますよ。今、この学校を建て直すには、下河さんが、()()()()に立候補した方が良いって確信してますから」


「……それは、雪姫の気持ち次第だと思うよ。無理強いできないと思うし」


「もちろんです。ちゃんとONEGAI(お願い)しますから。また日を改めて、ね」






■■■






 あぁ、ダメだな。

 やっぱり、雪姫を前にすると、他のことが考えられなくなる。

 廊下から、遠く聞こえる話し声も。


 歩く音も。

 静かに、剥がれ落ちて。


 雪姫の息遣い――。

 正確には、口付けを交わす音。


 そればかり、耳について。

 COLORSの真冬じゃなくて。


 雪姫の隣を一緒に歩く、上川冬希として。

 この子に、言葉を捧げるとしたら。



 好きって、言葉じゃ足りない。

 愛してるって、言葉じゃ軽すぎる。


 廊下から聞こえてくる足音――。

 そんなの、どうでも良いと思うくらい、雪姫のことしか見られない。



 少しだけ、息継ぎ。

 キスし過ぎて、息が乱れているけれど。雪姫は、本当に嬉しそうに、唇の端を綻ばせるから。



 だから――。


 何回か、紡がれた言葉。

 俺からも、伝えた言葉。

 これが、今の俺達にはぴったりな気がする。










「「君がいるから、呼吸ができる――」」











 教室に、そんな言霊が――まるで教会で永遠の愛を誓うように、響きわたったんだ。











――第1章 上川君と下河さん 了――






 


第1章、これにて完結です。

遅筆なのに……それでなろう様への転載も怠っていた尾岡。それでも読んでくださった方がいる。そこに喜びを感じています。


改めて、多くの方にお読みいただき、本当に感謝を申し上げます。

第2章「下河君と天音さん」は空君と翼ちゃんに焦点をおきつつ、雪姫の生徒会長選挙戦をお送りしたいと思っています。


もし、よろしければ!

引き続きよろしくお願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ