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滑稽すぎる童話のように  作者: 林檎屋
第一章  傲慢の大魔術師と金色の姫君
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第七話   嫉妬と傲慢



 エレアノーラの言葉を皮切りとして、放たれた複数の光の槍が許可証を貫き、塵と化す。そのまま光の槍は許可証を投げた魔術師へと狙いを定めた。

 軌道を変え、そのまま薄っぺらな笑みを広げている男を串刺しにしようとした時だった。

 塵と化した許可証から漆黒の炎が突然上がったのだ。漆黒の炎から幾多にも伸びた手は、どれも意思を持ち合わせているかのように揺れ動き、貫通していった槍を掴むと粉砕した。

 砕けた光の粒子すら吸収するように、炎は膨張していく。意思を宿した黒い炎は草原に火種を落とすと、更に勢いを増していく。

 大気すら焦がすそれは、ただの炎でないのは明確だった。

 微かに鼻を突く、甘ったるい香りにエレアノーラの顔が歪む。

 魔術師や魔道士とは違い、呪術士と呼ばれる者たちが使う、呪術と呼ばれる他者を呪い殺す力だった。

 魔法とは異なる根源により発生する香りは、甘ったるい香りが特徴で、長時間この香りを嗅いでいると身体が麻痺するという厄介な匂いだ。

 きっと、投げ渡そうとした許可証にあらかじめ何か細工が施していたのだろう。

 まったく、油断も隙もない相手だと、エレアノーラは毒づきながら背後に庇っていたノアディアを抱きかかえると後方に飛翔。

 次の瞬間、黒い炎が意思を宿したかのように二人が居た場所を舐めるように焼き払っていた。

 草原は灰へと代わり、焦げた大地に降り積もる。まるで地獄の底に燻る炎のように揺れ動く黒い炎が不吉な色に見えた。

 そのまま後方に着地すると、脇に抱えていたノアディアを後方へ投げ飛ばし、箒を構えた。


 現状を見れば二対一で、こちらの方が色々と有利に思えるが、ノアディアは防御系の魔法しか得意でないため役に立たないのは分かりきっているし、エレアノーラはといえば短杖と指輪を持っていない。

 この二つのうちどちらか持っていれば戦況はかなり大きく変化したことだろう。だが、そのどちらも持っていないエレアノーラなどエルリクにとって敵ではないと思われているようであった。

 油断しきった、余裕綽々な態度が尚のこと腹立たしい。苛立たしそうに歯を噛みしめるエレアノーラの背後でその様子を眺めていたノアディアが動揺した声を発した。

 はじめて目視した呪術に驚いているのだろう。



「レ、レギナ……あ、あれ、なに?」

「呪術の一種だ。正確にいえば呪術と魔法の混合魔術といったところか。並の呪術士でも扱うことは難しいだろうな」

「じゃあ、あの炎……生きているの? 炎なのに!?」

「だろうな。でなければ勝手に動くわけがない」



 魔法よりも呪術の配合率が多いのか、風によって運ばれてくる香りは吐き気のする甘ったるい匂いばかりだった。

 柄を握る手に力を込める。大丈夫、まだ手の痺れはきていない。しかし、いつまでもこの有害な香りを嗅いでいるわけにもいかず、天に助けをこうように伸びる無数の炎を睨みつけた。

 まるで阿鼻地獄から這いずりながら逃げ出そうと、もがき苦しむ人間の姿を再現しているような光景に「悪趣味にもほどがある」と吐き捨てた。 

 

 悪趣味な術を扱う呪術士と戦う場合、けして接近戦はしてはならないことが条件として含まれる。

 魔術師は魔法を操ることに長けているが、呪術士はその逆で呪詛をかけることに関しては圧倒的に優れていた。

 そして呪詛をかける方法の一つに、相手の身体に触れることが含まれるのだ。

 普通の呪術士だったら、身体に触れるだけで呪詛など発動出来はしないが、何せ目の前に立ち塞がる男は規格外の敵だ。

 呪術士の癖に、大魔術師の称号を持っているだけのことはあり、呪術士としては最高峰の技量を取得している。

 出来れば相手にしたくない奴に目をつけられた不運を呪いたくなるほどだった。

 これもノアディアの不幸体質が引き寄せたのだとしたら、歴代でも最高記録だろう。人間を拾ってきただけでは飽きたらず、大魔術師まで引き寄せたのだから尚のこと凄い。

 それだけに憎悪も増すというもので、ノアディアに対する怒りの矛先を全てエルリクに向ける。

 そうしなければこのやり場のない怒りが爆発してしまいそうだった。痛いほど殺気の含まれた視線にも気にすることなくエルリクは小首を傾いだ。 



「可笑しいなぁ。どうして許可証が偽物だって思ったんだ? その許可証は確かにスペルビアから直接貰ったものだし、細工してばれるような仕掛けなんてなかったはずだ」

「なるほど。貰い受けた許可証に呪術を掛け、小細工をしたということか。確かに許可証を確認するには封を解いて見なければならないからな」

「まさか封を解いたら駄目だったの?」

「さてな。敵にぺらぺら教えるほど私も莫迦ではないから、本当のことを聞きたいのであればスペルビアから直接聞けば良い。奴のことだ、快く教えてくれるだろう」



 もっとも、もう一度スペルビアに面会する機会があればこその話しだ。気難しい気性をした悪魔がいかにも胡散臭いエルリクに二度会うとは思えなかった。

 それはエルリクも思うところがあったのだろう。ここに来て初めて彼の口元が苦々しく歪んだ。

 奴の口元を歪ませたのがスペルビアというのが、非常に気に食わないがこの際しかたがない。

 幾分か怒りが和らいだお陰か、霧が晴れたかのように頭がすっきりした。冷静に物事を判断できるようになったエレアノーラは内心ほくそえんだ。


 確かに彼のいうことは一理ある。だが、エルリクは根本的な所で間違えているのだ。エレアノーラが許可証を受け取るまでもなく、疑う理由となった原因を彼は知らない。 

 まさか、スペルビアが渡した許可証自体が偽物だということに、彼は気づいていなかったのだ。

 傲慢を司る大悪魔であるスペルビアは、その慢心した特性ゆえか、他者に侮られがちだが、実際は用心深い性格の持ち主であった。

 それ故に彼は自分以外の者を根本的に信用しない。それは契約を交わしたエレアノーラに対してもそうだ。

 血と血の契約を交わしてもなお、信じない疑り深さはある意味その者の孤高の高さを表す。そして、この許可証もその一種だった。

 一体何の用事で傲慢大陸プライドに足を踏み入れようとしたのかは知らないが、少なくともスペルビアはエルリクの主張に納得しなかったのだろう。

 だから偽の許可証を渡したのだ。そして許可証を持たぬ魔術師が他の大陸に入ることは条約により禁止されている。

 何より目の前の男はエレアノーラに害をなそうとする敵だ。敵はどんな相手でも排除する。それが同じ大魔術師であっても、例外はない。

 少なくとも、スペルビアは異論がないようだ。むしろ日頃の恨みを込めてエレアノーラにエルリクの駆除を押しつけたのだろう。

 そう考えればエルリクが容易くエレアノーラの居場所を発見できたのも納得できる。

 エルリクを敵と判断したエレアノーラに迷いはなく、構えた箒の先から粒子が舞い散る。殺気を孕んだ視線を受けながらも、エルリクは余裕そうな笑みを浮かべていた。

 


「まさか用件も聞かずに僕を殺す気かい?」

「当たり前だ。不法侵入者は例外なく排除する決まりだろ? 少なくとも、スペルビアはお前を殺すことに異論はないようだ。ならば何の問題もあるまい」

「排除、ねぇ……。もしかして、短杖や指輪なしで僕に勝つ気なのかい? だとしたら傲慢にもほどがあるよ」



 彼が指摘した通り、彼女の手元には短杖も、指輪もない。正確に魔力を操ることは困難だし、上級魔法に至っては詠唱破棄など以ての外だ。

 魔力が暴走する危険があるし、いくら大魔術師といえどもよほど魔力のコントロールに自信がなければやりはしないだろう。

 それでも、勝算がないわけではなかった。

 


光ノ神槍ラディウス



 エルリクの嘲りを無視し、再び放たれた無数の槍が蠢く漆黒の炎を貫く。まるで光の雨のように、先ほどとは比べ物にならない量の槍が降り注ぐが、足止めていどにしかなっていなかった。

 襲いかかろうとする炎を食い止めることで精一杯な光景を嘲笑うかのようにエルリクの口元が歪む。

 だが、それだけで光ノ神槍ラディウス の役目は十分に果たされていた。

 エレアノーラは乱れた呼吸を整えると、神経を研ぎ澄まし魔力を調節する。短杖や指輪がない今、上級魔法を扱えば魔力が暴走する危険がかなり高い。

 それでも目の前の脅威を打ち払うため、エレアノーラは集中すると、詠唱を始めた。



「シエナの薔薇 茨の冠を抱き 人々は希う 奇跡の再現を」



 詠唱に反応するように、足元には緻密な線で描かれた魔法陣が出現し、眩いばかりに白い光を放つ。魔法の中でも、難しいといわれる消滅系の詠唱にエルリクの表情が微かに強張る。

 まだ空から降り注ぐ、光ノ神槍ラディウス の攻撃が止む気配はない。周囲が明るくなり、魔法陣に魔力が満たされる。金色の眼差しが揺らぐことなくエルリクを貫いた。

 構えられた箒の柄が地面を突くと同時に魔法陣から光が放たれた。



浄化ノ光プルガシオン

「えぇ!? それ、反則でしょ! 短杖なしで扱える魔法じゃないじゃん!」



 焦りを帯びた声が聞こえてくるが、それすらも円状に放たれた光の前に掻き消える。

 光ノ神槍ラディウス など、まったく歯が立たなかった黒い炎が白い光に触れ、見る見るうちに浄化されていく。

 光属性とは異なり、消滅系は全てを根絶やしにするのが目的の魔法だ。そこに魔法や呪術は関係ない。あるもの全てを消滅させる禁断ともいえる魔法。

 だが、エレアノーラの詠唱はそれだけに留まらなかった。エルリクを守護するように燃え広がっていた炎の盾が消滅したのだ。この絶好の攻撃チャンスに攻撃しないわけがない。

 間を置かず、次の詠唱を始めるエレアノーラに今度こそエルリクの表情から笑みが消えた。



「エレクトラの悲嘆 獄炎の車輪はひた走り 罪人に懺悔を求め 贖罪は永劫紡がれる」

「ゲッ……まさか、準高位魔法!?」



 先ほどまでの余裕はどこにいったのか、今更ながら短杖を握りなおし、呪文を唱える。

 エルリクの焦りは良く分かるつもりだ。何せこちらは準高位魔法をただの箒を媒体にして発動させていたからだ。

 詠唱をしているとはいえ、一歩間違えば魔力の暴走もありえるほど緻密な魔力制御が求められる呪文。

 短杖を振りかざし、呪詛が紡がれるが、何もかも遅かった。無慈悲なまでにエレアノーラは魔法を発動した。

 背後で高レベルな戦いを観戦していたノアディアも、慌てて魔法障壁を展開した。



永劫ノ罪イクシオン



 視界を焼き尽くすような激しい光が放たれ、全てが無に帰る。大気は震え、草原は灰となり、大地は大きく削られた。

 まるで大魔法を発動した後のように、エレアノーラが踏みつけている大地以外、消え去っていた。

 本来なら短杖と指輪で放出する魔力を制御するのだが、正確に発動することを条件に放ったため、広範囲に渡って被害を及ぼしてしまったようだ。

 これでは周囲の村にも影響が及んでいることだろう。だが、何よりもエレアノーラが苛立っていたのはエルリクを消滅させる前に逃げられてしまったことだった。

 敵前逃亡とは魔術師のすることとは思えない。出来ればあの生意気な若輩に力量の差を思い知らせてやりたかったのだが――非常に残念だ。

 視線を背後に向ければ、腰が抜けたのか立ち上がることが出来ずにいる魔術師がいた。

 呆れたように溜息を零しながら片手を伸ばし、起こす。未だに状況判断ができていないノアディアは呆けたように辺りを見渡していた。



「ええっと……、とりあえず……彼は、どうなったの?」

「逃げられた」

「えぇ!? あの状況から逃げられたの、彼!」

「緊急用の移動魔法陣を用意していたみたいだな。ただし、あの状況で無傷ということもなかろう。負傷はしているはずだ」

「はぁ……さすがレギナというか……。大魔術師だけのことはあるね。普段はそんな風に見えないから尚更そんなことを思うよ」

「なんだ、お前も消し炭にされたかったのか?」

「ひぃっ! すみません、嘘ですっ! 調子乗り過ぎましたっ!」



 両手を挙げながら降参するノアディアにエレアノーラは押しつけていた箒を退けた。

 若干魔力が強すぎたのか、箒の先が焦げている。不服そうに眉をつり上げたエレアノーラだったが、ふいに箒から視線を外した。

 何かを探るように視線を彷徨わせた後、眉間に皺を寄せる。その表情は酷く不機嫌そうだった。



「……どうかしました、レギナさん?」



 敬語で御伺いを立てるノアディアに視線を寄越すと、エレアノーラはむすっとした様子で告げた。



「来客だ。もっとも今度の来客はエルリクではなく、もっと面倒な奴だが」

「来客? 何でこのタイミングで来客?」

「先ほど大量に魔力を放出したから居場所がばれたのだろう。……折角、居場所がばれないように極力魔力を使わないようにしていたのに、全てあの莫迦のせいで終わりだ」



 それは魔女の数百年に及ぶ隠居生活に終わりを告げた瞬間であった。






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