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滑稽すぎる童話のように  作者: 林檎屋
第一章  傲慢の大魔術師と金色の姫君
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第五話   鉄壁のウィレム



 この場合、ウィレムの不幸体質が厄介ごとを引き寄せるのか、それともお人好しな性格が災いするのか、長年一緒に過ごしてきたエレアノーラですら明確な答えを出すことは出来なかった。

 しかし厄介ごとを持ち込んできた当の本人は、一向に懲りた様子も見せず、手のひらに乗せている小さな人間を気遣いながら、こちらの様子を窺っていた。

 普段よりも表情は硬いが、それでも反省はしていないのだろう。そんなノアディアを寛容な態度で許してきたこと自体が問題であることをいい加減認めるしかなかった。

 ノアディアが他者にほどこす善意のせいで、どれほどエレアノーラ自身が甚大な被害を被ってきたことか。一度たりとて忘れたことはなかった。

 しかも元凶であるノアディアが反省の色一つ見せないのだから、エレアノーラが怒ったとしてもしかたがないだろう。

 気を失っているのか、ぴくりとも動かない人間を庇うように再び隠すノアディアを尻目に、エレアノーラは鈍い頭痛を堪えるように瞼を閉じた。

 額に手をあてがい、唸り声を漏らす。

 


「……前々から救いようのない莫迦だとは思っていたが、ここまで破滅的に救いようがない莫迦だと、怒ることすら時間の無駄に思えてしかたがないのは私だけか?」

「だからゴメンって、ネリー」

「愛称で呼ぶな莫迦者」

「ごめんレギナ! ええっと……じ、じゃあ、お咎めなしでいいの?」

「……」


 

 黙するエレアノーラの姿に許しを得たと勘違いしたのか、緊張のあまり引きつらせていた頬を弛め、笑みを零す気配が分かる。

 瞼を閉じたままであったが、その光景を容易に想い描くことが出来た。

 それだけでエレアノーラに許されたと、本気でそう思っているのだろう。これ以上の会話すら無駄だといわんばかりにエレアノーラは握っていた箒の先をノアディアに向けた。

 使い古された箒の先から微かに火花が飛び散る。金色の眼差しが開かれ、標的を見定めた。

 凍てついた視線にようやく魔女が何をしようとしているのかようやく察したノアディアの叫び声とエレアノーラの低い声が重なり合った。



「アイギスの盾」「深淵ノ炎アップグルント



 次の瞬間、至近距離で小爆発が発生し、エレアノーラの華奢な体は自らが起こした爆風によって後方に吹き飛ばされる。

 くるりと、宙で体勢を整えると、何事もなかったかのように着地した。顔を伏せることもなく、揺らぐことのない眼差しが、爆発の中心部を見据えていた。

 魔力を込める威力を間違えたのか、毛先の焦げた、何とも言えぬ悪臭が周囲に漂う。

 箒の柄を持ち直すと、舞い上がった砂埃を振り払うように振るった。晴れた視界の先には眩いばかりの光を放つ魔法障壁が出現していた。

 金色の光を放つ円型の盾がノアディアの体を覆い隠すように立ち塞がっていた。

 魔法障壁の一つ、『アイギスの盾』だ。

 防御魔法の中では比較的簡単に発動出来る方とはいえ、エレアノーラが発動した魔法を難なく防いでみせた力量は賞賛に値するだろう。

 そもそも、魔法は万能の能力ではない。呪文の詠唱をすることで初めて魔法を発動出来る条件が満たされるのだ。

 仮に詠唱破棄し、呪文だけで発動した魔法は普段の倍威力が落ちる。

 当然のことだが、長ったらしく呪文を詠唱していればその隙に敵には狙われるし、何の呪文を唱えようとしているのかばれてしまうため、奇襲をする場合は呪文だけで発動することが多い。

 しかしいくらエレアノーラが手加減をしたとはいえ、発動した魔法は中級魔法であり、けして弱くはない。

 例え魔道具である短杖や指輪を装備していなかった事実を差し引いても、下級魔法で防げる威力のものではなかった。

 魔術師としての才能は十分に開花しているというのに、それを生かしきれていないノアディアの甘さにエレアノーラの凛々しい表情に険しさを増す。

 厳しく接してこなかったのが不味かったのだろうか、と割と本気で反省するほどだ。



 一方、反射的に発動した魔法障壁のお陰で無傷だったノアディアは心底驚いたようにエレアノーラ見つめていた。

 それこそ信じられない光景を目の当たりにしてしまったかのような、何とも間抜けな面だ。

 もちろん険しい表情をしたままの彼女が、次の魔法を発動するとも限らないため、警戒した状態を保っている。

 それでもノアディアの苦悩が手にとるように分かったエレアノーラはそれでいいと言わんばかりに、ここに来てはじめて口元に笑みを広げた。

 ただエレアノーラが微笑んでいるだけだというのに、完全に気圧されたようにノアディアの表情が強張ったのが分かった。

 ぐらつく体を必死に踏ん張りながら耐えているのが見える。じわり、と広がりつつある恐怖に戦慄したようだ。

 顔面蒼白のままノアディアは薄く唇を開くものの、声にならないのか、掠れた呼吸音が静かに響く。

 あまりにも情けなさ過ぎる姿にエレアノーラは呆れた表情を浮かべた。そんな調子だから、同胞から「お人好しのウィレム」と嘲笑われ、都合よく他人に利用されてしまうのだ。

 そしてその事実に本人が気づいていないこと事態が重症に思えてしかたがなかった。

 そういう厄介な奴らに絡まれる度に、いち早く気づいたエレアノーラが体罰という名のお灸を莫迦共に据えてやってきたが、今回ばかりはさすがにエレアノーラも怒りを沈めることが出来なかった。

 内心荒れ狂うような怒りがちらちらと心を焼き尽くす。表情一つ変えることなく、未だに覚悟一つ決まらない情けない相方に呟いた。

 感情を削げ落とした声が草原に響いた。



「どうしたウィレム。襲いかかって来ないのか?」



 雑草を踏みつけながら進めば、その動きに合わせるように進んだ歩幅だけ引き下がる。

 どうやらエレアノーラが漏らす、意地の悪い問いかけにも答える余裕すらないようだった。

 それだけエレアノーラの怒りを肌で感じとっているのだろう。額から冷や汗が零れ落ちるのが見えた。

 自業自得、というのは実に簡単だ。それに学習能力の低い莫迦には、それなりに反省してもらわなければならなかった。

 熊とノアディアの怒りを買うように、失笑を漏らす。氷のような冷ややかな声音にノアディアの表情が強張った。

 


「まさか『鉄壁のウィレム』と呼ばれるお前が、魔道具一つ持たぬ、隠居した普通の魔術師相手に怯えているのか?」

「どこが隠居した〝普通〟の魔術師だよ!? 大魔術師の称号の一つ『傲慢』を持っている時点で普通じゃないから! お願いだから無表情のまま怒りながら、さらりと可笑しなこと言わないでよ!」

「可笑しなこととは失敬な。これでも私は本気だぞ? お前の手の中にいる人間ごと灰にするくらいには」

「だから、その考え方が怖いんだってっ! た、確かに今回は僕が悪かった! でも、事情を聞いてから対処する方向でも遅くないじゃないか!」



 虚勢を張るような、でもこれだけはどうしても譲れないというノアディアの主張にエレアノーラは完全に言葉を失った。

 ――これ以上、一体何を話し合えばいいというのだ? この莫迦は。

 目の前の魔術師は何も分かっていない。彼女が何に対し、怒り狂っているのか。その根源を全く理解しようとしていないのだ。

 だから、平然とそんな科白を口にすることが出来るのだろう。

 魔術師が人間を庇っている時点で、エレアノーラの敵だということに未だ気づいていない愚かしさに思わず額に手を当てた。

 気がつくと、くぐもった笑い声が漏れていた。自分でも吃驚するほど不気味な笑い声を響かせながら、エレアノーラは思う。

 確かにノアディアは出会った頃から何一つ変わらない。お人好しのところも、無駄に優しいところも、まったくそのままだ。

 だからこそエレアノーラは、笑みを零したまま、その瞳に怒りの炎を宿したままその問に答えを返した。



「平行線だな。お前はどこまでも、人間に戻りたい魔術師であり――私はどこまでも、人間に戻りたくない魔術師だ。だからこそお前は、平気でそんな残酷なことを口に出来る。人の心を抉るような言葉を平気でいえる!」

「ネリー!」

「くどい! お前は人間を連れて帰ってきた時点でこうなることは分かっていたことのはずだ。私が、どれだけ人間が嫌いか知っているくせにここまで連れて来たのはお前自身だ!」

「違うっ! そうじゃなくて――」

「何が違うんだ!? 幾らお前といえども『あの女』に瓜二つの人間を連れて来た時点で、お前も敵であることに変わりない!」



 ノアディアの弁解すら遮り、エレアノーラは怒り以外の感情を混じらせた叫び声を張り上げた。

 金色の鋭い眼差しをノアディアに向けたまま、柄を握る手に力を込める。力を入れすぎた箒は標準が定まらないのか、軸がぶれたようにガタガタと震えていた。

 今にも泣き出しそうなほど顔を歪めたエレアノーラは、まるで泣くことを知らぬ子供のようにも見えた。

 実際はそう見えるだけでエレアノーラは泣いてもいないし、子供でもない。ただ、不用意に発せられたノアディアの言葉がエレアノーラの地雷を踏んだのは事実だった。

 だから、エレアノーラは己すら保てないほど動揺したように、感情を露わにしたのだ。普段はほとんど表情を変えることがないエレアノーラが、怒り以外の負の感情を表に出すのは久しい。

 それこそ、かつて大切な者を救えなかった絶望に打ちひしがれ、慟哭した日以来ともいえた。







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