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滑稽すぎる童話のように  作者: 林檎屋
第一章  傲慢の大魔術師と金色の姫君
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第四話   薄幸な人生

 屋敷の主が亡くなってからすでに百五十年――結局譲り受けた無駄に広いこの屋敷は使用することのない部屋が数多く存在する。

 この書斎のような内装をした一室もその一つであった。

 自室からそれほど離れていないこの部屋は、開放的なアーチ型の窓が連なっていて、他の部屋とは異なる造りが特徴的な部屋だった。

 昼間は屋敷の周囲を覆う木々の隙間から木漏れ日が差し込んでくるので、とても気持ちがいいし、解放的な窓を開ければ冷気を孕んだ風が部屋の空気を一掃してくれる。

 適度に書物も置いてあるため、調べ物をするには最適な部屋だ。そのためか、態々この部屋に足を運ぶこともあるほどだった。


 象牙色の壁に設置された振り子時計が軽快な音を立てながら時を刻んでいるのが聞こえた。

 真鍮製の文字盤の内側に刻み込まれているのは二十四の数字。打ち抜き加工された長針は真横を向いていた。

 夕飯の準備を始めるにはちょうど良い頃合であったが、エレアノーラは整った眉をつり上げながら考え込むように金色の瞳を細めた。

 ノアディアが城下街まで買い物に行ってからちょうど半刻ほど経っていた。朝から出かけていったというのに、今日は中々帰ってこない。

 普段だったらもうこの時間には帰ってきても可笑しくはなかった。ちょうど長針が三時を過ぎたところだが、この辺りは日が傾くのがとても早い。

 少なくとも、四時までに帰らなければ茜色の空が一気に暗くなり、闇が辺り一面に広がり出す。周辺に街はなく、小さな村がぽつぽつ点在する程度だ。

 夜は色々と面倒ごとがそこかしこに転がっているから早く帰れと言っているのに、持ち前の不幸体質でまた何か引き寄せてしまったのだろうか。

 莫迦を探しに行こうか、それとも帰ってくるまで待つべきなのか、少し悩む。街に出かけるのはひどく憂鬱だし、何より人間がいる。

 人間嫌いのエレアノーラの足を鈍らせるには十分過ぎる理由に、凛々しい顔立ちが更に険しさを増す。

 これで自分が迎えに行ったりしたら、それこそ何のために奴を買出しに行かせたのか分からなくなってしまう。それでも迷ったのは一瞬だった。

 頭の天秤は、人間に会うことよりも奴が引き寄せる厄災の方が面倒だと判断したのだ。

 エレアノーラは部屋の隅に置かれていた箒を手に取ると、踏み心地のよい絨毯を踏みつけながら、大窓を開け放った。

 広いバルコニーを滑走場のように駆け抜ける。勢いよく柵へ足をかけると箒に跨り、一気に宙へと飛び出した。

 一瞬、重力に従い落下するような浮遊感の後、箒は重力に逆らい一気に空へと舞い上がった。

 羽根のような軽さでうっそうと覆い茂る森をつき抜ければ、眩いばかりの美しい大空がそこには広がっていた。

 木々に日差しを遮られた薄暗い屋敷とは違い、直接浴びる眩い日差しに一瞬エレアノーラは瞼を閉じた。

 慣らすように瞳を瞬かせる。日差しを避けるように片手で影を作りながら、神経を研ぎ澄ませ、ノアディアの魔力を探った。

 相手の居場所が分からない今、魔法陣で移動することは出来ない。かといって、箒で移動するなど、自ら魔術師と名乗っているようなものだ。

 見つかった場合まずいのは確かだが、難点だけではないのは事実で、箒だったら俊敏だし、使用する魔力も少なくてすむため移動するには一番手っ取り早く楽な手段であった。

 エレアノーラは柄を握りしめながら身を低め、高度を落とす。人間に見つからぬよう森の上を走るように低空飛行する。

 しばらくして広い森を抜ければ開けた平地が見えてきた。そのまま草原を越えれば、小さな村が点々と続いている。動いている黒い粒のようなものはきっと、農作業を終えた村人たちだろう。

 ……見つかる前に一度下りた方がいい。着地してからもう一度慎重に魔力を探れば、見つかるに違いない。そんなことを考えながら更に高度を落とした時だった。


 ふと、森の手前で一人の男が立っているのが見えた。

 全身を覆い隠すほど長いフード付き外套が風に揺られ、はためく。金と銀が混じったような、白金の糸のような髪が日の光を浴びて、きらきらと輝いていた。

 線の細いその立ち姿は女々しいという言葉がぴったりと当てはまる。間違いなかった。あれはエレアノーラが探していた魔術師だ。

 しかし、なぜ森の手前で立ち止まっているのだろうか? 怪訝に思いながらもエレアノーラはノアディアの前に降り立った。

 勢いを殺しながら地面に足を着けるが、勢いが止まらず、いくらか魔術師の前を通り過ぎてから立ち止まった。

 箒を片手にエレアノーラが振り返ると、心底驚いたような間抜け面と遭遇した。まるでこの場にエレアノーラが現れたことが信じられないと言わんばかりの表情。

 態々帰りが遅いから迎えに来たというのに、それすら迷惑だといわんばかりの態度にエレアノーラの眼差しに永久凍土のような冷たさが帯びる。

 まるで蛇に睨まれた蛙のように、ぴくりとも動くことも出来ずに突っ立っていた男は、一拍遅れたように驚いた表情を浮かべた。

 熊とらしく瞳を見開くと、無表情のまま睨みつけるエレアノーラを相手に強張ったような、何ともいえぬ笑みを浮かべた。

 うわずったような、情けない声がエレアノーラの鼓膜を揺らした。



「ネネネ、ネリー、どうしたのさ? こんな所まで出歩くなんて珍しいじゃないか!」



 第一声は帰ってくるのが遅れてくることに対する謝罪でなければ、それに対する弁解でもなかった。

 純粋に外まで探しに来たエレアノーラを珍しがっている反面、可笑しすぎるほど動揺していた。

 本当に嘘がつくのが極端に下手な男だ。と思いながらエレアノーラは律儀に、つまらぬ男の演技に少しだけ付き合ってやることにした。



「それはこっちの科白だ。こんな所で何をしている? ……いや、それよりも外で私の愛称を口にするなと何度いえば分かるんだお前は。魔術名で呼べと何度もいっているだろう?」

「いや、愛称よりよっぽど魔術名の方が目立つと思うんだけど」



 今時、人間の子どもでも知っている名前だよ。とぼやくノアディアの苦言をエレアノーラは綺麗に無視した。

 確かに大魔術師と呼ばれるエレアノーラの魔術名は有名だ。それこそ、ヘスペリデスにおいて知らぬ者などいないだろう。

 大体魔術師相手に話をする場合、真名を名乗ることはせず、魔術名を名乗るのが一般的だ。名は相手を呪う材料となるし、最悪命を落とすことにもなりかねない。

 だが魔術名の場合、相手に呪いを掛けることは出来ないし、何より自身の強さを名だけで体現することが出来る。

 エレアノーラの魔術名を知って、尚襲いかかって来る者など限られているし、それでも襲い掛かってくるのであればよほど自分の実力に自信があるものか、あるいは彼女に止めを刺されたい自殺願望者しかいないだろう。

 どちらにせよ、そんなことは些細なことである。

 今はそれよりももっと大きな問題があると言わんばかりにエレアノーラは瞳を細めると、鋭い視線を相方の魔術師に向けた。



「まあ、私は寛大にして偉大な大魔術師の一人だ。買い物を頼んだだけだというのにお前の帰りが異様に遅かったことも、森の入り口で怪しすぎる不審な行動をしていたのも見逃してやろう」

「ええっと、今の科白、突っ込み所満載なんだけど……」

「だがな、ウィレム……これだけは聞かないといけないようだ。お前、さっき何を隠した?」

「な、何も隠してないよ!」



 魔術名を呼ばれたノアディアは、サッと青褪めながら顔を背けた。何でもない風をつくろっているが、その姿があまりにもちぐはぐで、本当に隠す気があるのかと疑問に思うほどだ。

 庇うように後ろに回された両腕を眺める金色の瞳が鋭さを増す。それだけで周囲の空気が数度下がった。

 怒気を孕んだ視線に、気の弱いノアディアは悲鳴めいた、くぐもった声を漏らした。


 町に出かける時によく着る、ご愛用の外套の下は普段と何ら変わらないようすだった。きっと、帰宅する途中に何かを拾ったのだろう。 

 頭一つ分、魔女より背が高いとはいえ、目の前にいるノアディアは痩躯な身体つきをしている。

 後ろに隠すにしても限度があるし、両手で抱えるほどの大きさといったら小動物くらいだろう。

 拾っていたのがケロベロスの子どもだったら高値で売れるな。と頭の中で算盤を弾きながら、それでもなお何かを隠そうとするノアディアに痺れを切らしたように腕を引っ張った時だった。

 視界に映ったそれにエレアノーラは柄にもなく、我を忘れたように叫んだ。

 

 

「はあ? なんだそれは!」



 予想以上に口から低い声が零れ落ちた。その声の低さに怒りの度合いを察知したノアディアが、数歩後退る。

 ガタガタ震える情けない姿を睨みつけながら、エレアノーラは怒りに眉をつり上がらせた。

 どおりでノアディアが必死で隠そうとしているのか、よく分かった。

 まさに彼にとってこの問題は、エレアノーラに見つかる前にどうにかしなければならないものだったのだろう。

 しかし、解決する前にエレアノーラに見つかってしまった。今更お咎めなしには出来ないだろう。そうするだけの問題をノアディアは持ち込んでしまったのだ。

 この、疫病神が! そう内心悪態づきながらエレアノーラは怒りの色を滲ませた金色の眼差しでノアディアを貫いた。



「私に何かいうことはないのか!」

「はい! ごめんなさい! すみません! 許して下さい!」

「謝罪はいいから、誠意を見せろこの莫迦っ!」



 エレアノーラの怒号に観念したようにうなだれた魔術師は、後ろに隠していた両手をそっと前に差し出した。

 その手には十センチにも満たない小柄な妖精のようなものが乗っていた。

 妖精と違うのはその小さな背に透明な羽根が付いていないことだろう。

 そう、それこそ数年に一度は目の前の魔術師が持ち込んでくる厄介ごとの一つだった。




 


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