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滑稽すぎる童話のように  作者: 林檎屋
第一章  傲慢の大魔術師と金色の姫君
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第三話   凡庸な男



 過去に思考をとらわれると、つい時間を忘れがちになってしまうものだ。深い思考の檻から我に返ったエレアノーラは飴色の執務机に置かれた本に手を置きながら溜息を零した。

 本の角は叩きつけられた時に出来たのか、へこんだ痕が生々しく残っている。

 それすら愛しく、同時に憎らしくもあるへこみ傷を指先でなぞりながら、エレアノーラは瞳を閉じた。

 思い出と共によみがえるのは、彼の弾く優しいハープの音色と、彼女を呼ぶ声音。忘れてなどいない。いや、むしろ忘れるなど無理な話なのだ。


 エレアノーラに癒えぬ傷を心に残したのは、彼。

 彼女を一人残し、この世を去っていった憎い男……。


 大魔術師と呼ばれる彼女に唯一、ただの人間でありながら傷を与えることが出来たのは彼だけだ。

 どんなに足掻いた所で忘れられるはずがなかった。

 だからなのか、ふと広い屋敷で一人きりになると、いつの間にかこの本を持ち出して過去を振り返っている自分がいた。

 過ぎた時は戻らない。指先から零れ落ちる砂のように、無常に流れ落ちていくものだ。

 そしていつか――エレアノーラもこの思いを忘れられる時が来るのだろうか? 考えても詮無いことだとエレアノーラは思考を断ち切ると、本棚に童話を戻した。





 エレアノーラが拠点としている屋敷はバルドシュア王国の領地に辛うじて分類されるかどうかというきわどい場所に建っていた。

 地図を見ても、端のほう過ぎて注意して見なければ気づかないほど奥まった場所。

 山の麓に建てられた屋敷の前方には侵入者を拒む森が広がり、背面側には険峻な山容が連なっている。幾ら国境付近とはいえ、他国の兵がそう易々と侵入するのは不可能な立地だ。

 また夏季も短いため、一年の四分の三は雪に覆われている寒冷地帯だった。

 現に暦は夏だというのに、山頂付近にはまだ雪が残っているのか、白く染まっている。そのため山から流れ込んでくる風はとても冷たかった。

 それでも王都まで行けばまだ気温は上がるが、寒さに厳しい地域故、穀物は乾燥物が主流で野菜などはほとんど貿易に頼っている状態だ。

 自給自足するには厳しすぎる環境下。特に王都から離れたこの地は絶望的だろう。

 何故そのような地に屋敷を構え隠居しているのかといえば、偶々訪れていたバルトシュア王国で相方の魔術師がとんでもない拾い物をしたのが原因だった。

 

 元々魔術師は悪人、と決め付けられる世界の理の中でノアディアの存在はかなり特殊だった。

 信じられないほどのお人よしの性格と、稀に見る不幸体質でありえないレベルの不幸をどんどん引き寄せるのだ。

 それこそ生まれ持ったステータスの幸運値がゼロを通り越してマイナス値なのでないかと疑いたくなるほどに酷い。

 不幸なんてレベルではいい表せぬほどの悪運ぶりに何度エレアノーラに被害が及んだことか。

 その当時、ノアディアの不幸体質が信じられないほどの威力を発揮したのだ。



 その年は例年に比べ、記録的積雪がバルドシュア王国を襲っていた。前に進むことはおろか、歩くのも困難になるほどの積雪だ。

 仮に誰か倒れていても雪に埋もれて気づかないのが当たり前である。しかし、ノアディアは持ち前の不幸体質を発揮し、見事行き倒れていた人間を見つけた。

 言うまでもなく人間が大嫌いなエレアノーラにとって、ノアディアの行動は常軌を逸している異常な行動でしかない。

 そもそも、人間は魔術師の敵であるのにも関わらず、あの莫迦はあろう事か倒れている人間を掘り起こしながら「助けてあげて、ネリー!」と叫んだのである。

 

 その瞬間、沸点が最高潮にまで達したのは言うまでもなかった。

 さすがに死に掛けの人間を殴るほど非道ではないエレアノーラは、代わりに人間を拾ってきた魔術師自身を雪の中に埋没してやることで怒りを何とか静めた。

 使えない魔術師と、見知らぬ人間を担ぎながら近場の村まで連れて行くと、宿屋で一泊し、男の回復を待った。

 結局容体が悪化したため、医者に見てもらう始末。本当に何故魔術師である自分が人間を助けているのか心底不思議でならなかった。

 怒りを通り越して呆れてしまうほどだ。

 そもそも、魔術師は回復に関する魔法の類が一切扱えない。操る魔法の全てが攻撃魔法に特化しているのもあるが、普通の人間に比べ、身体が頑丈になるため傷を負うことがあまりなくなるのだ。

 元々悪魔と契約することにより、魔法の才能がない人間でも多種多様な魔法を使える『魔術師』となることができる。もちろん代価は発生するし、最悪一生悪魔の奴隷になることになるなどざらだ。

 しかし、そのリスクさえ背負うことができればどんな者でも魔術師になることができるのは確かだった。

 

 一方普通の人間でも、魔法の才能に恵まれていれば『魔道士』になることができた。

 ただし、その道はけして楽なものではなくかなり険しいと聞くが、実際体験したことがないのでエレアノーラはどのように厳しいのかよく知らない。

 もちろん『悪魔』と『魔術師』を絶対悪とする魔道士は、悪魔と契約することなどないので、白魔法と呼ばれる回復魔法も普通に使える。

 それに加え魔道士の師匠と呼ばれる『魔導師』と呼ばれる称号持ちになると、黒魔法も普通に操れるようになるのだから厄介なことこの上ない。

 まあ人間は弱いからすぐ怪我をするし、病気にも罹りやすい。回復魔法が使えないと色々と不便なのだろう。


 ――何より、簡単に死ぬ。

 


「この人、助かればいいね」



 まるでエレアノーラの心の声を見透かしたかのように、呟くノアディアの言葉を無視する。

 何が助かればいいだ。実に都合のいい言葉にしか聞こえず、眉間に深い皺が数本刻まれた。

 それでも助けもせず、目の前で野垂れ死んだりしたら……たぶん、目覚めが悪いから。だから、助けるのだと。

 未だに納得できていない自身にそう言い聞かせたのであった。




 それから数日後、男は驚くほどの回復を見せた。凍死寸前だったとは思えないほどの元気さで、狭い部屋の中を動き回っている。

 それよりも、何よりも男の正体を知った時、エレアノーラの頬が引きつった。

 何と驚きなことに、この男……バルトシュア王国の王族の一員だったのだ。継承権は七位と低いながらにも、先日流行った病ゆえに一位から三位までが死んでしまったそうだ。

 その結果、序列が上がったことにより必然的に命を狙われるようになった男は継承権争いから逃れるようにこの辺境の地に一人やってきたらしい。

 王族の癖に、何故か家来を一人も連れてこなかったようで、無精ひげを生やした男は頭を掻きながら「こんな貧相な地に従者など連れて来たらそれこそ可哀想だ」とありえない言葉を口にする始末。

 色々とぶっ飛んだ科白にエレアノーラはその場に倒れそうになった。

 誰にでも傅かれる立場にいながら、ノアディアの拾ってきた男はどこまでも凡庸な人間だったのだ。



 屋敷は既に用意してあるらしく、助けた礼にもてなしたいと男はいった。当然ならが全力で拒否するエレアノーラの言葉など聞かず「いいですねぇ」とのんきに答えるノアディア。

 ……本当に頭の螺子が弛みすぎているのではないだろうか、この莫迦は。

 結局、なし崩しのような形でそのまま屋敷に居候することになったエレアノーラたちはその屋敷を拠点にし、ゆったりとした隠居生活を始めた。

 エレアノーラは断固して拒否したかったのだが、ノアディアが気に入ってしまったため仕方がなしに居座ることになったのだ。

 いっそのこと、こんな莫迦とは縁を切った方がいいのではないかと何度思ったことか。

 実際は考えるだけで、行動に踏み切れずにいた。理由は色々ある。ただの人間だったノアディアを魔術師にしたのはエレアノーラだからというのも理由の一つだ。

 別にそれをノアディア自身も望んでいたのなら全く構わなかった。だが、実際はそうではない。ノアディアは魔術師になることを望んだわけではなく、エレアノーラが勝手にやってしまったのだ。

 償いは贖うべきだと思う。それは当然だし、あの時はそれしか選択肢がなかったとはいえ、全てが過ちではなかったと信じたい。

 だから、ノアディアが自分自身からエレアノーラから離れていく時を待っているのだ。許しの時を。


 そんな奇妙な関係を持つ二人をどう思っているのかは知らないが、男は常に一歩引いたところからそれを見ていた。

 何があったのか聞くわけでもないが、何となく何かあるのを察していたのだろう。

 それにしても、王族の人間にしては凡人という言葉がよく似合う男だった。

 王族なのだから凡人という言葉は似合わないのかもしれないが、身に纏う雰囲気があまりにも凡庸すぎたため、それしか思い浮かばなかったのだ。

 まともに名前も聞いたこともなく、いつも「おい」だの「お前」と呼んでいた。

 エレアノーラの傲慢な態度にも目くじらを立てることなく、いつも緩やかな笑みを浮かべながら穏やかに過ごすような人間。

 特に拾ったノアディアとは気が合うようで、男同士仲良く過ごしている姿をよく見かけたものだ。


 結局寿命で死んだのだが、何故かこの屋敷をエレアノーラたちが貰うこととなった。

 命の恩人でありながら、生涯の共に過ごした魔術師である自分たちに何とかしてお礼をしたいと考えた結果、そのくだらない考えが出たらしい。

 一蹴するのは簡単だが、ノアディアはこの屋敷を気に入っているし、屋敷の庭には男の墓もある。

 他人に譲るわけにもいかず、男が亡くなってから結局男の遺言通り無駄に広い屋敷を貰い受けることとなったのだ。






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