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滑稽すぎる童話のように  作者: 林檎屋
第一章  傲慢の大魔術師と金色の姫君
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第二三話  永遠の楽園にて



「また死んだの? レギナ」



 混沌とした意識の中、どこからともなく声が聞こえた。呆れたような口調なのに、声音はどこか楽しげでもある。

 涼やかな声音は心地よく鼓膜を揺らし、頭に響く。甲高いわけでもなく、頭が痛くなるようなうるささでもない。

 だが、意識が朦朧としているエレアノーラにとって、この声は麻薬のように甘く、神経を柔らかく蝕んでいくのが分かった。

 要するに早く起きろと、そういっているのだ。この声の主は。銀色の睫毛を震わせながら、エレアノーラはゆっくりと瞳を開く。眩いばかりに光が差し込む世界はとても美しかった。

 エレアノーラが目を覚ましたことに気がついていないのか、声の主は一人喋り続けている。



「貴女も随分と物好きよねぇ。他人のために自分を犠牲にするなんて。私には到底理解出来ないわ」



 あからさまに莫迦にされた口調で言われれば、さすがにエレアノーラも頭にくる。差し込む光に目を慣らすように、瞳を細めながら言い返した。



「……あなたの場合は理解出来ないのではなく、元から理解する気もないのだろうが」

「あら。目が覚めたのね、レギナ」

「誰かさんがやかましく騒ぎ立てるから起きたんだ」



 ゆっくり上半身を起こすと、身体を確認する。外傷は特になく、利き手も問題なく動く。くるりと回してみるが、どこにも戦闘の痕跡は残っていなかった。

 それこそ一度死んだとは思えないほど綺麗に治った身体。魔術師となってから死とは程遠い存在となっていた。

 昔はあれほど死が身近に感じていたというのに随分と皮肉な話だ。

 横たわっていた柔らかい草原から立ち上がると、温かい春風が頬を撫でる。それと同時に金色の粒子が粉雪のように舞い散った。


 ――全てが幻想的で、美しい世界。


 そこは神々に祝福された永遠の楽園アヴァロンだった。過去、現在、未来において、けして干渉されることのない名高き楽園。

 いくら時空間を操ることの出来る不変の魔女でもこの楽園には侵入することは出来ない。

 ここは庭園の主が認めた者しか踏み込むことの出来ない場所であった。ここにいるということは一応、招かれたということなのだろう。



「今日は一体何の戯れだ?」

「もう、随分と無粋な挨拶ねぇ! せっかく招待したのだから少しは楽しそうにしなさいよ」



 不機嫌そうにそう呟いたのは永遠の楽園アヴァロンの主だった。円卓の上に佇む小さなそれを凝視し、口元を歪める。

 相変わらず悪趣味なのは変わっていないようだ。己が姿を晒さず、常に偽りの姿を見せ続ける楽園の主だが、今日は人間ですらなかった。



「いやはや、なんと言うべきか……それはグラトニーの真似か?」

「それはこの私に対して失礼なんじゃないの? あの莫迦な悪魔と一緒にしないでくれるかしら。この姿は気分転換よ。さっきまでは貴女の姿をして遊んでいたのよ?」

「それだけは止めろ」

「ふふふ、じゃあレギナ以外の前ですることにするわ」

「そういう意味で言ったのではないのだが……」


 可愛らしく小首を傾げながら呟くそれにエレアノーラは心底嫌そうに顔をしかめた。

 とはいっても、これ以上言い聞かせても彼女は聞く耳を持ちはしないだろう。しかたがないのでエレアノーラは用意された椅子に座ると、目の前に座っているうさぎの縫い包みを見下ろした。

 手触りの良さそうな黒うさぎはことりと首を傾げながらこちらを見上げている。円らな黒曜石の瞳きらりと光った。



「ここに貴女を招いたのはね、忠告するために呼んだの」

「忠告?」

「そう。このままだと貴女、フェイタルみたいに感情がなくなってしまうわよ? 願いを叶える代価はそんな安い物じゃない。特に未来を左右するような願望は特にね。現に貴女、感情だけじゃなくて、記憶にも綻びが出始めているでしょ?」

「……何のことだ?」

「忘れている記憶があるということよ。貴女××××××のこと覚えている?」

「? 今、何と言った?」

「だから××××××よ。ほら、覚えてないでしょ?」



 どうだ、と言わんばかりに胸を反らすうさぎを見つめながらエレアノーラは呆然とする。

 目の前の黒うさぎが名を口にする度にまるで砂嵐が巻き起きたかのように聞こえない。他の言葉ははっきりと聞こえているにも関わらず、その名前だけがわからないのだ。



「つまりそういうことよ。既に記憶の欠落が始まりつつあるわ。あなたの艶やかだった黒髪は銀色に変わり、綺麗な金緑の瞳は冷え切った金色へと変貌した。あなたが他人の願いを叶えるたびに代価と引き換えに色々なものを失っていくのよ?」



 甘く蕩けるような声音が酷く残酷に囁く。



「そのうち感情が揺れ動くこともなくなり、いつかその高貴な魂すら凍りついてしまうわね。そうしたら大切に扱ってあげるわ。ずっと欲しかったの。等身大の壊れにくい人形が」

「……私は人形じゃない」

「ええ、分かっているわ。もちろん今すぐってわけじゃない。そのうちって話よ。あと数十年、いいえ……数百年くらいかしら? そのくらいなら幾らでも待てるわ。だって時間だけは退屈になるくらいたっぷりあるもの」



 ぞっとする言葉だが、実に彼女らしい言葉だと思う。人の意思は尊重してくれるからエレアノーラがまだ人で居続けることが出来るうちは手を出さないだろう。

 だが、そのうち感情すら失い、本当の意味で人形へと化してしまったその時は――確実に彼女の楽しい遊び相手の人形へとなってしまうことは間違いなかった。

 想像するだけで恐ろしい言葉に思わず二の腕を擦る。



「それにしても、最近のエルリクはちょっと暴走し気味よねぇ。さすがに見逃せないレベルになってきているというか……レギナはどうしたい?」

「どうしたい、とは?」

「今回の裏切りの件よ。この私が直々に処罰しても構わないわ。態々シンに仲裁役を任せたのに、全然懲りていないんだもの。状況判断出来ないほどフェイタルに執着しているみたいだし。別に私が直接手を下しても良いんだけど……それは二人から直々に止められているしぃ」



 不満そうに呟きながら、どこからともなく出した焼たてアップルパイをさくさく音を立てながら切り分ける黒うさぎ。縫い包みの姿でも器用にナイフを操っている姿に感心しつつも、エレアノーラは気になることを聞いた。



「それよりも、フェイタルは生きているのか?」

「生きているわよ」



 きょとんとした様子で黒うさぎは迷うことなく即答した。むしろ何故死んだことになっているのか不思議そうにすら見える。

 だが、黒うさぎは更に驚きの言葉を口にした。



「フェイタルは勿論だけど、クシュリナだって生きているじゃない」

「は……? だが、クシュリナはフェイタルが殺したと、そのように聞いているぞ」

「随分と話が湾曲されているみたいだけど、二人ともちゃんと生きているわよ。ただ、二人からエルリクは自分の手で復讐したいから手を出すなっていわれているものだから、私は傍観者に徹しているだけの話。だって、首突っ込んだら間違いなく色々やらかしちゃいそうだもの」

「確かにあなたに介入されたら復讐どころの話じゃなくなりそうだ」

「そうなの! 二人して同じようなことを口にするんだもの。酷いと思わない?」



 感嘆と溜息を零す黒うさぎだが、どう考えても二人の判断の方が正しい。彼女は理解していないのだ。自分の立場というものを。



「私の方はヴァルプルギスの夜宴で全てを明らかにし、処罰を下すから問題ない」

「あら。そう? 遠慮することないわよ?」

「私をだしにしてエルリクに手を下そうとするな。そんなことをした日には私が何回フェイタルに殺されるか分かったものではない」

「それもそうね。それはさすがにレギナが可哀相だし……私は再び傍観者へと戻ろうかしら」



 つまらなそうに呟きながら黒うさぎはアップルパイをぺろりと平らげた。二枚目を手にしながら彼女は呟く。



「フェイタルが復讐を果たすまで私の出番はなし。忠告がてらいえることがあれば、ヴァールに注意した方がいいってことだけかしら?」



 意外な名前が出てきたことに驚きつつ、聞き返す。

 もしかしたらこの人なら何か知っているのかも知れない。



「ヴァールがどうかしたのか?」

「昔の……それこそ料理を作ることだけしか取り柄がない、最弱のヴァールとは違って、今のヴァールは強力な力を持っているわ。それこそ千年先を見通すことの出来るシンの未来すら覆すほど強力な力を、ね。そもそも、今回貴女は死ぬ予定じゃなかったのよ? それがどういうわけか、エルリクが魔道士に加担し貴女は致命傷を負った。これがどういう意味か分かるでしょ? レギナなら」

「――歴史の、改竄……か?」

「そう。時は常に移ろうものよ。現在が未来に進んで行くために過去が生まれるように、過去を顧みることによって未来が生まれることもある。その理すら打ち砕き、歴史を上乗せしてしまう強力な力を持っているのが今のヴァール」



 さくさくとアップルパイを細かく切り刻む黒うさぎを眺めながらエレアノーラは眉をひそめた。

 確かに今のヴァールならば歴史の改竄などたやすいことだろう。



「だが何のために歴史を改竄する必要がある? そんなことをしても利益など何一つないだろうに……」

「あら。利益ならあるわよ。歴史を改竄することによってより面白い悲劇が見られるもの。退屈しのぎにはちょうどいいって所かしら?」



 信じられない推測にエレアノーラは言葉を失う。まさか、そんな莫迦げた理由のために歴史を改竄という大惨事を起こしたというのか。

 だとしたらヴァールは既に狂っているとしかいいようがなかった。どんなにこの世界が理不尽で、救いようのないものでもそんなことをしていいはずがないのだ。

 それだというのに、それすら楽しそうに微笑みながら黒うさぎは不気味な笑い声を漏らした。



「彼女は私に似ているわ。逆に思考が似すぎていて同類嫌悪しちゃうくらい。他人なんて全て自分の退屈しのぎの駒と思っているところなんてそっくりすぎて笑っちゃうわ」

「笑えないだろ……それは」

「しょうがないわ。人の本質は変えようがないもの。貴女が繰り広げる悲劇を楽しみにしているわ。最後はどんな風に泣き叫ぶのかしら?」

「相変わらず悪趣味だな」

「私がそういう奴だって知っているくせに」



 それこそ今更だといわんばかりの声音にエレアノーラは溜息を零した。元々魔術師という輩は自己中な奴が多いが、ここまでだとさすがにどうかと思う。

 その中に自分も含まれているのだから何だかやるせない気持ちにもなった。

 うんざりした様子で黒うさぎを見やる。



「それではしばらくの間は貴女の望む道化となるとしよう」

「貴女のおかげでしばらくは退屈せずにすみそうだわ。じゃあ、またねレギナ」

「ああ、またな」



 別れの言葉を最後にエレアノーラの視界は闇に覆い潰される。誰にも知られることなく、小さな茶会は終了したのであった。


  

 


 


これで第一章終了です。第二章は後日、連載開始したいと思います。

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