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滑稽すぎる童話のように  作者: 林檎屋
第一章  傲慢の大魔術師と金色の姫君
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第二二話  裏切り者



「貴様が傲慢のレギナか」



 確認するように告げられた言葉にエレアノーラは口元を歪めた。いかにもと答えるべきなのか。この場にいる、それだけでその証明にはならないのだろうか?

 無言で笑っているエレアノーラに険しい表情を浮かべながら更に問いかけてきた。



「魔術師風情が王女を連れ去って、何を考えている?」

「それはこちらの科白だ、ザカリアスの魔術師殺し。悪魔と取引をしてでも、姫君を連れ戻したいのか?」

「答えるまでもない。あれは私のものだ。誰にも渡しはしない」



 氷のように凍てついた眼差しに一瞬浮かんだ狂気。愛などという言葉とは無縁の感情を宿した双眸に思わず溜息を零した。

 これではエティエンヌが結婚を嫌がるわけだ。政略結婚に愛など望めはしないが、コイツはエティエンヌを人間とすら思っていない。

 何がこの男をそこまで狂気に追いやっているのか分からないが、姫君と何らかの関係があるのだろう。

 そして、姫君の〝願い〟もそれに関係しているに違いない。

 二人の確執を見届けたエレアノーラは口を閉ざした。もう語ることもあるまい。すでにこの男は人間の領域を遺脱した異常者だ。

 そう判断したエレアノーラは言葉ではなく、明確な殺気で相手を見据えた。

 仮にも魔術師殺しの異名を持つ魔道士だ。魔術師が相手なら手段など一切選ばない冷徹な男として知られるロレンツォを目の前にして平然としていられるわけがない。

 数え切れないほどの同胞が目の前で佇んでいる男の手によって殺されている。その事実を再認識したエレアノーラは短杖を握る指先に力を込めた。

 それだけで魔力の流れ、気配、動きが分かる。焦らすようにゆっくり時が流れるのを感じながらエレアノーラは呪文を唱えた。



光ノ神槍ラディウス



 光の槍がロレンツォに向けて放たれる。障害物を避けるように追跡する攻撃を避ける姿は捉えきれぬほどだ。

 槍の軌道を読んでいるような避け方にエレアノーラは確信した。この男、噂以上に出来ると。

 だからエレアノーラは最初から全力で叩き潰すことにした。



深淵ノ炎アップグルント



 無尽蔵に溢れだす魔力を抑えることなく魔法を発動すれば、短杖の先端から巨大な火球が放たれた。先日ノアディアにぶつけたものと同じ魔法とは思えないほどの威力に、避けられないと判断したロレンツォは防御魔法を展開する。

 半円型の防御魔法は勢い良く燃え上がる炎を防いでいるようだが、この程度ならば魔術師なら誰でも防げる威力だ。

 だからエレアノーラは更に詠唱を足した。



「アグニの咆哮 天を裂き 嘆きの地に業火が迸る 灰と化せ」

「っく!」



 本来詠唱を破棄し、発動された魔法は本来の半分以下の威力しか発揮されない。だったら、発動している最中の魔法に更に魔力を上乗せし、詠唱を足してやればいいだけの話だ。

 深淵ノ炎アップグルントの本当の威力を目の当たりにしたロレンツォは唸り声を漏らしながら更に障壁を発動させながら後方に回避する。

 勢いを増した炎は防御魔法をたやすく破り、大地を荒ぶる怒りのままに焦がしていく。その光景を眺めながらエレアノーラは楽しそうに口元を綻ばせた。



「そんなもので本当に逃れられるとでも思っているのか? 愚図が」



 まるでエレアノーラの言葉に答えるように大地を焼き焦がしていた炎が意思を持ったように動き出す。周囲に広がっていた炎が形を成し、ロレンツォを襲う。

 模られたのは炎の竜だった。



『ウルカヌス、行ケ』



 古代魔術語で呟くエレアノーラの命令に応じるように炎の竜は呑み込むように歪な口を開きながらロレンツォへと突っ込んで行く。

 木々を根絶やし、全てを灰へと変えて行く地獄の炎。圧巻なその巨体を物ともせず、ロレンツォは水の魔法を発動するのが分かった。

 しかし、その発動した水すら一瞬の内に蒸発するほどの威力が込められた攻撃に、さすがの魔術師殺しも怯んだようだ。

 そもそも深淵ノ炎アップグルントは火炎系の魔法であって、生物を模ったりすることはもちろんだが、意思を持ったように動くなどありえないことなのだ。

 これは魔法の領域を越えた融合魔法に他ならない。

 地を這う大蛇のようにうねり狂う炎がロレンツォを飲み込もうとしたときだった。

 危機的状況にも関わらず、口元がつりあがったのだ。それが意味するもの、それは――余裕。


 圧倒しているのはエレアノーラの方なのにも関わらず、ぞくりとするような殺気を背後から感じた。 

 次の瞬間、エレアノーラの背後で凄まじい爆発が巻き起こった。華奢な身体は盛大に吹き飛ばされ、身を守っていた外套は焼け爛れる。

 地面に思い切り叩きつけられた身体が悲鳴を上げているのがわかるが、それよりも問題なのは何故、ロレンツォとあの莫迦が手を組んでいるのかということだった。

 鼻孔をくすぐる甘い香りが周囲に漂う。頭に血が昇りすぎてどうにかなってしまいそうだった。



「てめぇ……性懲りもなくまた私を殺しに来たのか」



 低い唸り声が口から零れ落ちる。外套としての役目を果たさなくなった布切れを脱ぎ捨てれば、外套を被った呪術士が立っていた。

 目元を隠しているため、ほっそりとした輪郭と緩く弧を描いた口元しか見えないが、奴はエルリクに間違いない。

 何せ耳障りなこの声は間違えようもなく、相変わらずエレアノーラの神経を逆撫でしていた。



「もちろんだよ。正面からぶつかっても倒せないのなら、背後から撃てばいい。常識だろ?」



 そう呟くと、エルリクは勢いよく炎を放つ。脳髄すら麻痺させてしまうような甘い香りと共に迫ってくる炎は避けようもなく、エレアノーラは笑みを零した。

 大魔術師としてのプライドもなく、目的のためならば、忌むべき魔道士と手を組むこと厭わないとは。

 本当につくづく、この男はエレアノーラの神経を逆撫でするのが得意のようだ。



『ペルトゥンダの投槍』



 短杖を握る手とは別の手から光の槍が出現した。目の前にまで迫った炎に向け、放つ。

 白銀の槍は周囲を覆いつくさんと広がる炎を貫き、一瞬にして消し去った。呪術士とはいえ、大魔術師の一人。放つ魔法の威力が桁違いだ。

 普段使いもしない古代魔法を連発したせいか、既にこちらは息切れを起こしている。乱れた息を整えるように何度か呼吸をするが、酸素が足りないのか、乱れた呼吸は中々整わなかった。

 額に滲んだ脂汗を拭っていると、驚いたようにエルリクの声が辺りに響いた。



「うわ……今の不意打ちも跳ね除けるとか……さすがレギナ。化け物じみた強さだねぇ。まさかあそこで古代魔法の一つ、ペルトゥンダの投槍を使うなんて僕には真似出来ないよ」

「何が、真似出来ないだ。お前に負けることだけは、私のプライドが絶対許さないからな」

「さすがレギナ。プライドの高さだけは魔術師一じゃないかなぁ?」



 憎悪に彩られた金色の瞳を楽しそうに眺めながら楽しそうに笑みを零すエルリク。余裕なのも自分に勝てる自信があるからだろう。

 折角発動したウルカヌスは、集中力が途切れたせいで消滅してしまったし、先ほど食らった爆発が予想以上に不味かった。

 利き腕の感覚が完全に麻痺しているし、痛覚すら感じていないのが一番不味いといえるだろう。

 回復魔法など使えないため、治すことも出来ない。普段だったら背後から魔法を食らうこともないため、これは予想以上に緊急事態だった。

 万事休す、と情けない言葉が頭を過ぎるが、そんな情けない言葉だけは口にしたくはなかった。

 誇り高き大魔術師である自分が背を向けて逃げるなどあってはならないことだし、この莫迦だけは何が何でも一発魔法を浴びせる覚悟は出来た。

 短杖を左手に持ち直し、構える。集中力が欠けている今、どこまで通用するかはわからない。

 だが、やるしかなかった。



「ディスコルディアの闘争 不和を招き 衝突は繰り返される 欲求が満たされるまで」

 


 額から汗が零れ落ちる。こんな状態で準高位魔法を扱ったりしたらどうなるか分かったものではない。

 だが、そんなことすらどうでもいい。目の前の莫迦を痛めつけることが出来れば十分だ。



破壊ノ波カタストロフ



 魔力の暴走に耐え切れないのか、短杖に罅が入るのがわかった。巻き起こる魔力の風圧。暴走しているのは一目見て分かる。

 結界内で使う魔法ではないことは百も承知だ。さすがのエルリクからも余裕の表情が消えた。自滅する気なのが伝わったのだろう。

 勿論移動魔法陣で逃げようとしても逃げられはしない。そういう結界を張ったのだから当然だ。



「レギナ!」



 初めて怒りの篭った声で名前を呼ばれ、エレアノーラは微笑んだ。自滅なんて自分の柄ではないが、今回は仕方がない。



「死ね、エルリク」



 視界が真っ白に染まり、全てが光に包まれた。そして大爆発と共にエレアノーラの意識は途切れたのであった。






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