第47話 爆発
「驚きました……同世代だったんですね」
「私もびっくりしました!社会に出ると歳の近い方に会う機会もなくなりますから……」
談笑する青司と早川を交互に見つめ、海乃はなるべく合わせるように作り笑いを浮かべていた。
思いのほか穏やかに始まった三者面談。
それでも海乃の緊張は収まるどころか高まるばかりだ。
何気なく目線を逸らして時計を見上げれば、まだ5分しか経っていない。
海乃はもじもじと膝を擦り合わせて、ただただ時間が過ぎてくれるのを祈った。
「それでは本題に入りますが小舟さんの期末テストの成績がこちらです」
青司が身を乗り出して、すっと机の上に出された成績表を見る。
「こちらが文系科目ですね」
「おぉ!すごいじゃないか、海乃!」
輝かしい成績に瞳を輝かせる青司。
「そして、こちらが理系科目です」
「おぉ……すごいじゃないか、海乃」
打って変わって並ぶ点数の低さに引く青司に、海乃はうめいた。
これでも、頑張った。本当に頑張ったのだ。
日鞠に叱られながらも紡と励まし合い、教科書と向き合い続けたテスト期間。
せめて赤点は取らなかったのだから大目に見てほしいと海乃は下を向いた。
2人の様子に苦笑して、早川は落ち着いて話を進める。
「小舟さん、理系はちょっと苦手だからね。でも、文系の成績がとてもいいので学部さえ絞れば良い大学も狙えると思いますよ」
「本当ですか?やっぱりすごいじゃないか、海乃!」
にこにこと笑いかけてくる青司に、海乃はぴくりと肩を揺らす。
_____何でそんなふうに言うの?
海乃の過去の成績表も取り出した早川は、青司の方にそれを渡した。
「一応、こちらも参考にできればと思って持ってきたのですが、もし興味があるなら大学の……」
「行きません」
海乃の鋭い声が早川の声を遮る。
下を向いたままの海乃は、ぎゅっと膝の上で拳を握りしめていた。
「海乃?行かないってどういう……」
「大学は行かない」
心配そうに海乃を覗き見る青司から目を逸らして海乃は押し黙る。
青司だけではなく、早川からの視線も感じたが海乃は折れなかった。
「……もしかして、お金を気にしてるのか?おまえはそんなこと心配しなくてもいいんだ」
優しく言い聞かせる青司に、助け舟を出すように早川も頷く。
「もしご希望でしたら、奨学金という手もあります。小舟さんの成績なら無利子のものも借りられると思いますので……」
「ほら、先生だってこう言ってくれてるんだぞ?」
海乃は黙って首を横に振る。
確かに色々な不安もある。
金銭面だってそうだし、これ以上負担をかけたくない。
でも、それ以上に_____
修学旅行から帰ってきて、何も教えてくれない青司に、何でもないように振る舞い続ける青司に。
海乃は反発したかった。
秒針を刻む時計の音が海乃の心に火をつける。
頑なな態度に、青司の語気もだんだんと強くなっていった。
「……どうしたんだ、何を考えてるんだ?」
しんと静まりかえる教室。
緊迫した空気が辺りを包み込み、呼吸をするのも躊躇われる。
それでも、海乃は動かない。
青司は眉を寄せ厳しい視線を海乃に向けたが、やがて背もたれに体を預けた。
不安定に軋む青司には小さな椅子。
海乃から目線を外して遠くを見つめた青司はぽつりと呟く。
「……海乃、おまえ最近おかしいぞ」
途方に暮れた、それでいて冷たい声。
かちりと、時計の秒針が頂点を指した瞬間、海乃の中の何かがぷつりと切れた。
「……ないよ」
「……は?」
「……お母さんには、わかんないよ!!!」
海乃の大きな怒鳴り声が教室全体を震わせる。
勢いよく立ち上がったせいで、椅子が倒れて床の上を滑っていった。
顔を真っ赤にして肩で息をしていた海乃は、きっと青司を睨みつける。
しかし、上がっていく息に反して徐々に海乃の頭は冷静さを取り戻していった。
「あっ……」
我に返って最初に襲ってきたのは、青司に怒鳴ってしまったという後悔。
そして_____
恐怖に顔を引き攣らせ、海乃は早川を横目で見た。
言ってしまった。
先生の前で、青司のことを_____
お母さんと呼んでしまった。
何て思われた?どう受け取られた?
ぐるぐると頭の中を駆け巡る不安と恐怖に、海乃の足がガクガクと震え始める。
海乃は目の前が真っ暗になっていく感覚に支配され、自分がどこに立っているのかもわからなくなっていた。
「小舟さん」
早川が海乃を呼ぶ。
自分の息の音がうるさくて、早川の声が聞こえづらい。
どきどきと脈打つ心臓を抑えて、海乃は真顔でこちらを見つめている早川を見返した。
じっと海乃を見つめていた早川は、困ったように眉を下げて微笑む。
早川の次の行動が予想できなくて、海乃は無意識に身構えた。
「私、渡そうと思ってた大学のパンフレットを職員室の机に置いてきちゃったの、取りに行ってきてくれないかしら?」
「えっ?あっ……」
思いがけぬお願いに海乃の言葉が詰まる。
早川はにっこりと笑って両手を合わせた。
「行けばすぐわかると思うから、悪いけどお願い」
ね?と、優しく促す早川に海乃はおずおずと頷き返す。
隣にいる青司の様子は、確認できない。
海乃は逃げるように小走りで教室の外へと飛び出していった。
_____パタパタパタパタッ
遠のいていく軽い足音。
海乃が職員室に向かったのを確認して、早川は小さく息を吐く。
「さて……」
呆気に取られて呆然としている青司に微笑みかけ、早川は背筋を正した。
「少し、私たちもお話をしませんか?」
「寺山さん」
硬く強い雰囲気を纏った早川の声は、間違いなく子どもへ向けたものではない。
同世代の者に向けて、自分の生徒の保護者に向けて発せられる言葉に青司は体をこわばらせる。
大人だけになった教室には、昼間の子どもたちの気配は一切残っていなかった。




