第46話 三者面談
話してみよう、お母さんと。
春樹くんともうまくいったんだから、きっと何とかなるはず。
そんなふうに思っていた時期もそういえばあった気がすると、海乃は上履きを廊下にこするように爪先を立てる。
放課後の学校。
暗くなってきた昇降口の向こうを眺めながら、海乃は靴箱に寄りかかっていた。
修学旅行から帰って来て、はじめは海乃も頑張りはしたのだ。
澪や青司の実家である宮杜の家のこと、祖父の葬式のこと、青司自身のこと。
本題にまでは切り込めなくても、せめて小さな話題からと海乃はそれとなく青司との会話に過去の話題を織り交ぜた。
でも、返ってくるのはあいまいな答えばかり。
_____さぁ……どうだったか。
_____覚えてないな。
_____はは、忘れたよ。
のらりくらりとかわされた日々を思い出して、海乃はまた落ち込んでしまう。
それもそのはずだ。
ただでさえ青司は、普段から昔のことを話したがらないし聞かれるのも嫌そうだった。
自分から知りたいと言ってくれた春樹のときとはわけが違う。
覚悟していたはずなのに、いざこういう状況に直面すると最初の勢いはどこにいったのか。
だんだんと、海乃は青司とうまく話すことができなくなっていた。
だが、それは海乃だけではない。
青司からもまた、海乃に対してどこか接し方を考えあぐねているようなぎこちなさを感じるのだ。
表面上は何事もないように装って繰り返される毎日。
それでも確かに、何気ない日常の中に、交わす言葉の節々にどこかずれがあるような気がして海乃は落ち着かない。
どうしようもできないまま月日は流れ、気がつけば今年ももうすぐ終わろうとしていた。
「はぁ……」
視線を落とした先にあるのは、三者面談のスケジュール表。
最終日の最後の時間。
海乃にこの日が割り当てられた理由は、何となく察している。
_____遅い時間になってごめんなさいね。
申し訳なさそうにほほ笑んだ担任教師の早川の顔を思い出して、海乃はスケジュール表をたたむとポケットにしまった。
人気もなくなってきた校舎に冷たい風が吹き抜ける音だけが響く。
意味もなく足先をいじいじと動かしていること十数分。
昇降口の向こうから背の高い人影が近づいてくるのが見えた。
海乃は、靴箱から背を離すとその人物を出迎える。
「悪い、遅くなったか?」
革靴を鳴らして、少し息を切らす青司に海乃は首を振った。
青司は、ほっと息をついてスリッパを出すとそれに履き替える。
革靴はどこに置いたらいいのかわからなかったので、海乃は自分の靴箱に青司の革靴を突っ込んだ。
ぎゅうぎゅうにひしめき合う海乃のローファーと革靴。
思うところはあったが、一瞥して海乃は青司と共に教室へと向かっていった。
「こっち、教室上だから」
「わかった」
短く答えた青司はニットに手をやって首元を緩める。
いつもに増して、険しい顔つきをしている青司を海乃はこっそり盗み見た。
お互いに黙って階段を上がっていく。
沈黙の中、遠くの方から徐々に近づいてくる声。
「……でもさぁ、あっすみません」
踊り場に足をついた瞬間、曲がり角からひょっこりと姿を現した生徒に海乃はぶつかりそうになった。
おそらく下級生だろう。
一学年下を示す上靴の色を確認して、海乃は大丈夫ですとだけ返す。
「ちょっと気をつけなさいよ!」
母親らしき人に叱られたその子は、てへっと舌を出しながら海乃たちとすれ違う形で階段を下っていった。
「ごめんなさぁ〜い……てかさ、お母さん!さっきの人見た!?めっちゃかっこいいし、若くない?いいなぁ、うちのお父さんと大違い」
「贅沢言わない!理想と現実は違うのよ!」
静かな空間は小さな話し声もしっかり拾って反響してしまう。
そのせいで、親子の会話は海乃たちの耳に筒抜けだった。
_____あれが、はたから見た私たちの評価。
間違ったことは言われてないはずなのに胸が疼く。
隣を歩く青司は、ただ前を向いて歩いてるだけ。
海乃は、むっと顔を顰めて階段を登り切った。
_____大丈夫、三者面談が始まるまでには落ち着けるはず。
気持ちを落ち着けようと目を少し閉じて、廊下を曲がれば教室の前にはすでに早川の姿が見えた。
まだ、海乃たちの番まで時間があるはずだ。
驚いて立ち止まる海乃に気づいて、早川が片手を上げる。
「こんばんは、小舟さん。前の子が体調不良で帰っちゃったの」
早川は海乃と並び立つ青司を確認して、深々と頭を下げた。
「初めまして、小舟さんの担任の早川です。本日はよろしくお願いいたします」
「いえ、こちらこそよろしくお願いします」
同じように会釈する青司の指先。
そこがほんの少しだけ震えたのを海乃は見逃さなかった。
_____多分、緊張しているお母さんも私と同じように。
そんな2人の心の内を知ってかしらずか、早川は微笑むと教室の扉を開ける。
「それでは、少し早いですが始めましょうか」
早川が道を開けるその先にある、向かい合わせに並べられた机。
どう足掻いても逃げられない、そんな圧を感じて海乃はゴクリと唾を飲み込んだ。




