第43話 秘密の中庭
夜、海乃は浮かない表情でボストンバッグに荷物を詰めていた。
明日で、この部屋ともお別れだ。
長かったようであっという間だった3泊4日の修学旅行。
それがこんな終わり方で幕を閉じてしまうとは。
海乃はバッグのチャックを閉めた後も、ぼーっと畳の一点を見つめていた。
「海乃ちゃん」
肩をちょんちょんとつつかれる感触に後ろを振り返ると、まだ荷物を広げたままの紡と日鞠がそわそわと海乃を見つめている。
「あの、これから中庭に行ってみない?」
「中庭?」
繰り返す海乃に紡はこくりとうなづいてみせた。
和風な作りのこの旅館は、廊下に面するように並ぶ客室に、宴会場や大浴場と大人数でも受け入れできる広い施設だ。
だが、事前に確認した地図にはどこにも中庭なんて載ってなかった気がする。
なおも首を傾げ続ける海乃に、紡は一生懸命説明し出した。
「宴会場の近くに格子のガラス戸があったの覚えてる?あそこが中庭へ向かうための扉になってて……」
海乃は宙を見つめて思い返す。
確かに、朝食や夕飯を食べに向かう道すがらひっそりとそんなような扉が佇んでいた。
ちらちらと海乃の表情を伺いつつ、紡は続ける。
「文芸部のOGがこの旅館の女将さんと親交があってね、毎年修学旅行の最終日の夜に鍵をこっそり開けといてくれるの」
「だから、文芸部の部員はそこに行くのが伝統になってて……2年生部員は私だけだし、せっかくならみんなで行きたいなって……どうかな?」
前もって日鞠には確認をとっておいたのだろうか。
紡が隣であぐらをかく日鞠に視線を送ると、日鞠はにやりと笑って見せた。
「帰宅部の私らにとっては、こんなチャンス滅多にないでしょ?せっかくだから行ってみよ」
期待の眼差しを向けてくる2人に、海乃はようやっと笑うことができた。
気遣わせることは申し訳ないことだと思っていたが、それで暗い顔をしている方がよっぽど駄目だろう。
何より、海乃のためを思っての提案は純粋に嬉しい。
「うん、行ってみたい……ありがとう」
少し元気になった海乃の様子に、紡も日鞠も安心したように笑い返した。
外はまだ冷えるからと、海乃はパジャマ用のスウェットにカーディガンを羽織って立ち上がる。
3人で部屋を出ようと襖に手をかけたそのとき、紡がすっとんきょんな声を上げた。
「あ、あれれぇ!?スマっ、スマホがないな〜?」
ポケットをわさわさと探る紡に大丈夫かと近づこうとすると、それを阻むように日鞠が間に入る。
「私、紡と部屋で探してみるよ。海乃は先に行ってて」
「えっ、でも……」
うろたえる海乃に紡も何度も首を縦に振った。
「誰も来てないって思われたら鍵閉められちゃうかもしれないから!私からもお願い……」
大きな瞳を潤ませて上目遣いでこちらを見上げる紡に、海乃はぐっと言葉を詰まらせる。
やがて海乃は、ゆっくりとうなづき返した。
「わかった、先に行って待ってるね」
「ほんと!?ありがとう、海乃ちゃん!」
「私たちもすぐ向かうから」
2人に見送られながら、海乃は部屋を出て薄暗い廊下を進んでいった。
階段をおり、宴会場の方へ向かう。
少し奥まった暗い場所、影に隠れるようにその扉はあった。
そっと、引き戸に手をかければ何の反発もなく戸が横に移動する。
海乃は意を決して戸を引いた。
_____カラカラカラカラ……
軽い音とともに開かれていくガラス戸。
その向こうに広がる景色に海乃は息を呑む。
縁側が四方を囲む真ん中に、悠然と佇む美しい庭園。
小さな池にちょろちょろと水が流れる音が心地よく響き、松の葉を上から降り注ぐ月明かりが優しく照らしている。
戸を閉めながら縁側へと足を踏み入れた海乃は、思わぬ人影に驚いて息を呑んだ。
海乃の気配に気づいたのか、すでにいた先客がゆっくりとこちらを振り返る。
「……よう、海乃」
「は、春樹くん……?」
海乃と春樹は見つめあったまま動かない。
ふわりと吹いてきた夜風が、池に小さな波を立てる。
広がる波紋が、水面に映る2人の姿を変えていった。




