第38話 はい、チーズ
清水寺の舞台。
京都の壮大な景色を背景に海乃たちはカメラに向かってピースをする。
「撮りますよ!はい、チーズ!」
掛け声に合わせてシャッターが押されると、紡はひょこひょこと女性の方へと駆け寄っていった。
画面を操作する紡たちの後ろでは、男性が女性の荷物を持って控えている。
2人はカップルで旅行に来たそうで、写真を撮ってもらった代わりにと海乃たちのことも撮ってくれたのだ。
これで大丈夫ですか?と尋ねる女性に、写真を確認した紡が大丈夫ですと応える。
3人揃って頭を下げるとカップルの2人は、いえいえと手を振って人混みの中に紛れて行った。
今日は待ちに待った班別行動の日。
海乃たちは高所から一望できる京都の景色を思う存分満喫していた。
生い茂る木々の色合いの違い、突き抜けるようにそびえ立つ塔。
紅葉こそまだしていないが、自然の力強い美しさが目の前に広がる光景に海乃は目を輝かせていた。
「写真、撮ってもらえてよかったね!」
「めっちゃよく写ってんじゃん」
「私も見たい、見せて」
日鞠に頰を寄せて、紡のスマートフォンの画面を覗き込む。
そこには絶景を背景に楽しそうに笑う3人が写っていた。
思えば、私服で揃っての写真は初めてかもしれない。
ボーダーのカットソーにベージュのジャンパースカートを合わせている紡は、いつもより落ち着いた印象だ。
動きやすさ重視と言ってはいたが、鏡の前で少しは大人っぽく見えるかなと、1人呟いていたのを海乃は聞いてしまっていた。
もしかしたら、幼く見えるのを気にしているのかもしれない。
海乃が雰囲気変わったねと声をかければ、紡は顔を輝かせて喜んでいた。
一方で日鞠は、黒のスキニーにくすみピンクのブルゾンといった格好だ。
本人は口にしてないが、普段は身につけないピンクを取り入れてるあたり海乃たちに気を許しているのだろう。
3人での写真が撮れたことにはもちろん満足だが、それ以上に2人とより仲良くなれた気がして海乃は嬉しかった。
「ん?」
にこにこと思いを馳せる海乃の隣で目を細めた日鞠が、写真の中の海乃の顔を指先でアップにする。
「なんか海乃、いつもより顔色いい?」
日鞠の指摘に海乃と紡も画面を凝視する。
顎に指先を当てた海乃は確かにとうなづいた。
「……そうかもしれない」
元から色白なせいもあるが、どちらかというと青白い海乃の肌は、写真だとさらに顔色が悪く見えるのが常だ。
だが、画面いっぱいに写っている海乃の肌はいつもと違って健康的で明るい。
ほんのりピンクに染まった頰を見て、海乃はもしかしてと手を叩いた。
「今日はチークつけてるからかな……?」
「本当だ!海乃ちゃんの肌に映えてるね」
スマートフォンから目を離した紡と日鞠が、改めて海乃の顔から足元へと視線を移していく。
「それに、お洋服もすごくかわいい!」
「何だかんだで、パーカーとかジーンズとかラフな格好しか見てなかったからね」
口々に褒めてくれる2人に海乃は顔を赤らめて礼を言った。
「ありがとう……これね、お母さんに選んでもらったの」
「そうなの?いいなぁ!」
品の良い白いブラウスにブラウンのワイドパンツ。
水色のカーディガンを指先で摘んで広げてみせれば、紡が小さく拍手をする。
この服は、遠慮する海乃に青司が買ってくれたものだった。
_____一生に一度の修学旅行なんだから
そう言って試着室で着替えた海乃に、似合ってるぞと笑ってくれた青司。
あの時のことを思い出すだけで胸がぎゅっと熱くなる。
嬉しさを噛み締めてる海乃に、日鞠が呆れたように笑った。
「はいはい、にやけるのはそのくらいにして私たちとの思い出もちゃんと作ってよね」
「……うん!」
横並びになった3人は顔を上げて、もう一度眼前に広がる風景を眺める。
たった1日の自由時間とはいえ、今この場にいるのは海乃たちだけだ。
先生の引率もなしに知らない土地を巡るなんて、少し背伸びした気持ちになる。
小さな冒険は始まったばかり。
吹きつける風の心地よさに海乃が思わず目を細めれば、陽光の中で木々の輪郭が淡く霞んでいった。




