ひとりごと
「海乃、起きろ。風邪引くぞ」
ソファーですやすやと寝息を立てる海乃の肩を青司は優しく叩く。
よほどはしゃいだのだろう。店から帰ってきた海乃は、ソファーに座るとあっという間に眠ってしまった。
いくら揺すっても起きない海乃に、青司は小さくため息をつくと、海乃の肩と膝裏に腕を差し入れる。
「……大きくなったな」
横抱きにした海乃を抱え直した青司は、なおも眠り続ける海乃を優しく見つめた。
リビングを出て、暗い廊下を進む。
海乃を部屋まで運んでベッドへと降ろせば、窓から差し込む月明かりが、海乃の寝顔を優しく照らしだした。
幸せな夢を見ているのか、柔らかい表情で眠り続ける海乃に、青司はあの日のことを思い出す。
海乃を置いて店に行ってしまった夜。
腕の中で泣きじゃくる海乃に、青司はそれまでの孤独を知った。
___今日は一緒にいてほしい、私が、眠るまででいいから
遠慮がちに青司を見上げる少女の面影は、今はすっかり薄くなっている。
知らず知らずのうちに握りしめた拳に爪が食い込んだ。
よく笑うようになった。
自分の気持ちを伝えることを恐れなくなった。
誰かと繋がるための一歩を踏み出せるようになった。
でも、それは___
きっと、俺が海乃のお母さんになったからだ。
その事実に胸が苦しめられる。
そして、母親になれたことに喜べていない現実も自覚して、青司は余計に自分に嫌気がさした。
本当は分からなかったのだ。
娘にあげるべき贈り物が、母親として選ぶべきプレゼントが。
顔を上げれば、嫌味なくらい明るい満月が空にぽっかりと浮かんでいる。
青司は、海乃の寝顔を見つめた。
「海乃、起きているか?」
その問いかけに、返事はない。
ぎしりと、ベッドの軋む音が響く。
青司の伸ばした手が海乃に触れる直前、ためらうように止まり、今度こそ海乃の頬を優しく撫でていった。
「……海ちゃん」
おでこにかかる前髪を丁寧によけて、青司は小さく呟く。
「君は、どんな大人になるんだろうな」
青司の手に擦り寄るように海乃が頬を寄せた。
手のひらに当たる、長いまつ毛の感触。
嬉しそうに笑みを浮かべる海乃に、青司はグッと唇を噛み締める。
月は、ただただ2人の姿を照らしているだけだった。




