第34話 プレゼント
初めての誕生日パーティーは海乃にとって夢みたいな時間だった。
ケーキのろうそくを消して、豪華な料理を食べて、みんなでわいわいおしゃべりして。
これが、誰かに自分の生まれた日を祝ってもらうということ。
気恥ずかしいけどそれ以上に嬉しくて、海乃はくすぐったい気持ちになる。
特にドキドキしたのが、プレゼントをもらった時だ。
席についた海乃は、テーブルの上に並んだみんなからの贈り物を見て頰を緩めた。
_____乙女の嗜みよ♡
ナイチンゲールが茶化しながらもくれた、上品なレースのハンカチ。
シンプルながらも繊細なデザインのレースが施されており、端にそっと刺繍された蝶は、触れれば今にも羽ばたいてしまいそうなくらいだ。
芸術品のような美しさに、海乃は思わずため息が出てしまった。
_____……おめでとう
控えめなお祝いの言葉と一緒に、セルジュから差し出されたのは小さなブーケだった。
青と白の小ぶりな花は、ブルースターとかすみ草というらしい。
鮮やかな優しい色合いのそれらは、セルジュ自らが選んでくれたそうで、海乃は思わず笑ってしまった。
花屋さんで必死にセルジュが注文してくれたのかと思うと、余計に嬉しかった。
_____僕からもどーぞ!
まさか颯汰からも、もらえると思っていなかった。
学校でも使えるというそれは、ほんのりと色づくローズピンクのクリームチーク。
海乃が遠慮しようとしたら、颯汰につけてみてよと言われ、あれよあれよという間に受け取ってしまったのだ。
促されるままにつけてみれば、颯汰は似合うと褒めてくれて、海乃は感謝してそのプレゼントを受け取った。
大切な人たちからの贈り物、ましてやそれが海乃のことを考えて選んでくれた物なのだから嬉しくないわけがない。
海乃は自分の胸にそっと手を当てる。
正直、一気に大切なものが増えてしまって、ほんの少し不安もある。
いつか失ってしまうんじゃないかと。
でも、海乃はそれでも残るものがあることを知った。
だったら、来るかもしれない未来より、今の気持ちを大事にしたいと、海乃はそう思えるようになったのだ。
「お待たせ」
座ったまま振り返れば、アンが盆の上にグラスを乗せて歩いてくる。
静かに横に立つと、恭しくそれを海乃の目の前に置いた。
「わぁ……!」
夜空と深い海を混ぜ込んだような群青色のノンアルコールカクテル。
ドリンクの中に浮かぶ気泡は、星にも、波間で弾けるあぶくにも見える。
グラスの縁についている塩が照明に反射してキラキラと瞬いていた。
感嘆の声をもらす海乃に、アンは少し照れたように笑って告げる。
「僕からのプレゼント……あらためて、おめでとう海乃」
飲んでみてと促されるままに、グラスを手に取る。
口につけてみれば、最初に舌に感じたのはしょっぱさだった。
それが、一気に流れ込んできたカクテルの爽やかな甘みと混ざって絶妙な味わいになる。
波が打ち寄せる砂浜が模様を変えていくように、一口飲むごとに変化する味に海乃は夢中になった。
「ちょっとストップ」
三分の一ほど飲んだ海乃を制したアンは、小さな銀色のカップから何かを垂らす。
_____ぽちゃん
瞬間、その一滴が淡い紫やピンクの線を残して沈んでいく。
じわじわと広がる色彩が、群青色を朝焼けの空へと変えていった。
驚きで声も出ない海乃の周りで歓声が上がる。
みんなの反応に頰を染めたアンは、片手をもう片方の肘に添えた。
「すっごーい、バズりそう!参考にさせてもらおっと!」
颯汰は熱心にパシャパシャとシャッターを切りながら、じっとカクテルを観察する。
ナイチンゲールは鼻息荒く、アンの背中を叩いていた。
「やるじゃないの、惚れ直したわ!」
「直さなくて結構だわ!」
乱暴にナイチンゲールの手を振り払うアンを物ともせず、ナイチンゲールはアンの首に手を回して引き寄せる。
青司もセルジュも感心したように、グラスの中身を眺めていた。
海乃は、パッと顔を上げるとまだナイチンゲールと戯れあっているアンに問いかける。
「……すごい、どうしたらこんなのが作れるの?」
瞳を輝かせる海乃に、アンは一瞬目を見開いた。
ナイチンゲールを押し返そうとしていた腕が徐々に下がっていき、視線をそらす。
何かまずいことを聞いたのだろうか。
海乃は純粋に質問したつもりだったが、アンにとっては不愉快なことだったのかもしれない。
しかし、不安に襲われた海乃が顔を青くする前にアンが海乃へと向き直った。
その顔は予想に反して優しく、それでいて何か吹っ切れたような清々しさを馴染ませている。
アンは海乃の隣にちょこんとしゃがみ込み、テーブルの上に乗せた両腕に顎を乗せた。
「そうだね……お酒の勉強を本格的に始めたのは、店に来たころだから2、3年前……かな?」
懐かしいものを探すように、カクテルを見つめるアンの瞳の中に反射した氷が漂っている。
海乃には、カクテルの向こうにアンと同じ景色を見つけることはできない。
それでも同じものを見ていたくて、海乃もまたその中身に視線を移した。
「その前のことは……あんまり思い出したくないんだ」
「……全部、無駄だったような気がして」
明るくて、優しくて、怒ると時々怖くて。
そんなアンの聞いたことのない静かで落ち着いた声に、海乃はじっと耳を傾けた。
「でもさ、違ったのかも」
「もちろん、嫌なことには変わりないんだけど……」
アンは顔を傾け、海乃を上目で見る。
海乃と目があったアンは眉を下げ、くしゃりと笑ってみせた。
「あの日の積み重ねが今に繋がってるなら、たまには思い返してもいいのかもって」
「ほんの少し、思ってるんだ」
「だから……」
溶けた氷がカランと高い音を鳴らす。
アンの髪に、カクテルの薄紫色の光が映った。
「ありがとうね、海乃」
昔のアンのこと、アンがかつてなんて名前で呼ばれていたのか、海乃は知らない。
それでも今、アンからもらったものの重さ、大切さは十分に理解できた。
海乃はアンの言葉をゆっくりと飲み込み、体ごとアンの方へと向き直る。
髪を耳にかけると、チークで血色のよくなった海乃の頰があらわになった。
だが、いつもより明るく見えるのはチークのせいだけではないのだろう。
海乃は薄ピンクに染めた頰を緩め、ふわりと微笑んだ。
「私も……素敵なプレゼントをありがとう、アン」
笑い返したアンは、唇を引き結び顔を俯かせる。
ナイチンゲールが優しくアンの頭に手を添えると、それに従うように腕で顔を隠した。
「さぁさぁ、お待ちかね!次はいよいよぉ〜」
勿体ぶるように語尾を伸ばしたナイチンゲールが振り返る。
その先にいた颯汰は、青司の横で手をヒラヒラさせつつ声を張り上げた。
「青司さんのプレゼントでぇーす!」
パチパチと拍手するアンとセルジュのそばで、表情には出さないものの、海乃は心臓をドキドキと鳴らして青司を見つめた。
「海乃、ほら!」
アンに背中を押され、セルジュがそっと道を開ける。
青司の前に立った海乃は、胸の前で手を握りしめて青司を見上げた。
海乃と目があった瞬間、青司は焦ったように顔を歪める。
「マリー、ラストを飾らせてあげるんだからバッチリ決めなさいよぉ!」
「そうそう!いいところ見せてあげなきゃ、青司お母さん?」
「海乃だって、楽しみだよね?」
「……」
海乃だけではない。
ナイチンゲール、颯汰、アン、セルジュ。
全員から向けられる期待の視線に、青司の頰に汗が伝う。
戸惑うように震える息が青司から吐き出された後、ぎこちなく口が開いていった。




