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第24話 王子様


 「一条さん!」


 目の前をふらふらと歩く背中に声をかける。

 日鞠はぴくりと肩を動かしたが、少し立ち止まっただけでそのまま行ってしまう。


 海乃は慌てて追いつくと日鞠の肩に触れた。


 息も荒く、ひどい汗だ。

 日鞠は熱で真っ赤になった顔で、海乃を睨んだ。


 「触んないでっ!」


 叩き落とされた海乃の手が宙を舞う。

 振り返った衝撃で日鞠は、体をガラリと傾かせた。


 海乃は唾を飲み、落ち着いて声をかける。


 「……その熱じゃ、舞台は無理だよ。保健室に行こう」


 「無理じゃない、勝手に決めないでもらえる?」


 なおも言い返す日鞠の瞳は焦点が定まってない。

 刺激しないように、海乃も言葉を選んで言い返した。


 「でも、そのままだと倒れちゃうよ。今はとにかく……」


 「うるさいっ!」


 日鞠の怒鳴り声に海乃は体を震わせた。

 立っているだけでも限界なのか、その足は今にも崩れ落ちそうだ。


 「私が、やるしかないの」


 「独りでも頑張らなきゃ、駄目なの」


 吐き出された孤独な胸の内に海乃は目を見張る。

 日鞠の顔がゆっくりと上がり、冷たい視線が海乃を捉えた。

 

 「だから……」


 「あんたには関係ない」


 はっきりとした拒絶。

 おまえはくるなと一線をひかれた感覚に、あの夜の青司が重なった。



 _____いいんだ、海乃は……知らなくていいんだ 



 こちらに背を向ける日鞠の後ろ姿、その背中が青司のマリーの背中と重なる。


 海乃は思わず手を伸ばした。でも、足は地面に縫い付けられたようにその場から動かない。

 口を開いても言葉は声になってくれなかった。


 その背中はどんどん遠く離れて行ってしまう。

 海乃の手の届かない、ずっとずっと遠くまで____


 待って、いかないで、話を聞いて。

 私のことをちゃんと見てよ。


 

 _____おかあさん


 

 海乃の足が強く強く、地面をける。

 伸ばした手が日鞠の背中に届き、海乃は腹の底から声を出した。

 


 「日鞠さん!!!」



 抱き着いてきた海乃を、驚いた日鞠が目を瞠って見つめる。


 海乃は上がりかけた息を落ち着け、日鞠の身体を支えなおす。

 まっすぐに日鞠を見つめ、力強く言葉を発した。


 「大丈夫、私が……ううん、みんなで何とかするから」


 日鞠の瞳が大きく見開かれ、揺れる。


 「だから、ゆっくり休んで……ね?」


 言い聞かせるような、でも優しい海乃の声につられるように日鞠の顔が下がっていく。

 こくりと日鞠がうなづいたのを確認して、海乃は日鞠を保健室に連れて行った。














 海乃から説明を受けたクラスメイトたちは騒然とした。

 紡は口元を軽く押さえており、女子生徒は王子の衣装を手に持ったまま呆然としている。


 委員長は顔をあおいでいたバインダーを机の上に置き、腕を組んだ。


 「そんで、一条は大丈夫そう?」


 「うん、保健室に行ったらすぐ寝ちゃって……」


 なら、いいけど、と委員長はうなづき指を顎に当てる。

 少しの間考えこんでいた様子だったが、あちゃ~と頭をかいた。


 「まいったねぇ、控え選手までは頭回んなかったわ。次への反省だなぁ、こりゃ」


 「いや、そんなこと言ってる場合!?」


 生徒の一人からツッコミが飛ぶ、それをきっかけに教室全体に焦燥感が伝播していく。


 「どうすんだこれ、中止か?」


 「今更無理でしょ!せっかくここまで準備したのに……」


 「誰か代わりにやればいいんじゃね?」


 「適当なこと言わないでよ!そんなこと言ったって、いったい誰が……」


 飛び交う不安の声に、クラスの間に暗雲が立ち込めるような嫌な空気が漂う。

 混乱に陥る一歩手前の状況を、海乃は立ち尽くして眺めているしかできなかった。



 「海乃は?」



 その一言に、しんと教室が静まり返る。

 発言したのは、それまで沈黙を守っていた春樹だ。


 突然の推薦に理解が追い付かず、口を開けたまま固まっている海乃をよそに春樹は言葉を続ける。


 「一条の次に背が高いの海乃だし、衣装着れるのそもそも海乃しかいなくね?」


 女子生徒は、はっとして海乃を振り返る。自分の手に持っている衣装と海乃を交互に見比べた。


 「確かに、海乃ちゃんなら少しの手直しで済むかも……!」


 ちょっと待って、と手を掲げた海乃が抗議するより早く、クラスメイトからも次々と声が上がった。


 「それいいかも、小舟さん、立ち姿奇麗だし!」


 「何だかんだで、人前でも堂々としてるよね」


 「声も通るし、舞台もいけんじゃね?」


 さっきまで静まり返っていたクラスが徐々に活気を取り戻していく。

 だけど、矢面に立たされた海乃はたまったものじゃない。


 海乃は助けを求めるように、すがるような目で紡を見る。

 紡はその視線を受けて下を向いた後、覚悟を決めたように海乃に向き直った。


 「……海乃ちゃん、台本全部覚えてたよね?」


 海乃の頭に紡と台本を考えた日々が、ナイチンゲールに大爆笑された瞬間がよぎった。

 何度も何度も、声に出しては書くを繰り返した試行錯誤の日々。


 そのセリフは、大変だったけどそれ以上に楽しかった思い出と同様に今も深く刻まれている。


 「お、覚えているけど……でも……」


 クラス中から期待の視線が海乃に集まる。

 なお言いよどむ海乃の肩に委員長が腕を回した。


 「まぁまぁ、知ってるか?世の中には言い出しっぺの法則というものがあるんだよ……」


 海乃を下から覗き込んだ委員長はにやりと笑い、海乃の鼻先をつんとつついた。


 「それじゃ、頑張ってくれたまえよ……生贄君」





 


 









 

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