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第23話 ドレス


 文化祭当日の最終確認。


 着替えた春樹が、カーテンの中から出てくる。

 その姿に、クラスメイトから驚きと感動の声が上がった。


 「春樹、めっちゃいいじゃん!!」

 

 「……私、あんたの顔の良さを初めて実感したわ」


 「いいよなぁ!タッパあるやつは何でも似合って!」


 春樹を囲んだ生徒たちは、口々に賞賛の言葉を投げかける。


 その中心にいた春樹は恥ずかしそうに頭をかいていたが、ぎこちない微笑みからは素直な喜びを感じた。


 教室の端からことの成り行きを見守っていた海乃も、安心して息をつく。



 海乃が作ったのは、Aラインのクラシックドレスだった。

 

 首や肩の部分は大胆に露出していたが、下品な印象は与えない。

 むしろ、上から下へと柔らかに広がるシルエットが、シンプルながらも気品を感じさせる。

 

 腕から流れる長いヴェールが動くたびに風にたなびき、まるで人魚の尾ひれのようだった。


 「喜んでもらえてよかったね」


 海乃の隣に立って様子を見ていた王子の衣装係の女子生徒が笑いかける。

 海乃もその言葉に笑顔でうなづき返した。


 「ありがとう、助けてくれて」


 「ぜーんぜん!生地探し手伝っただけだし……」


 2人は春樹のドレスに再度目をやる。


 白を基調とした布地は裾に向かって青いグラデーションが淡く入っており、春樹の肌によく馴染んでいた。


 青空や波そのものを連想させる美しい色合い。

 

 白はいやだと言った青司の声は、今も海乃の耳に焼きついている。

 でも、海乃は自分の選択に後悔はしてなかった。

 

 事実、春樹にはこの色が一番似合う。

 青と白の調和の取れた色彩は、純粋さと快活さを併せ持つ春樹自身を表現しているようで、本人もとても気に入ってくれた。

 

 海乃はちらりと黒板の上にかけられた時計を見上げる。

 時刻は午前9時半前。青司はアンたちと合流してから学校に向かうと言っていたから、まだ来ていないだろう。


 ショーを生業とするconte de féesのみんなに、素敵な舞台を届けたい。

 なにより、この衣装を着た春樹を、人魚姫の姿を青司にみてもらいたかった。


 青司が何を恐れているのか、海乃には想像もつかない。

 

 だからこそ、海乃はこのドレスを作ったのだ。

 己を誇る勇気をくれるドレスを。

 今度は自分が、着る人の、見ている人の背中を押せますようにと。


 


「よし、あとは一条だけか……まだ着かないって?」


 実行委員の腕章をつけた委員長が、バインダーを確認して顔を上げる。

 海乃と話していた女子生徒は、携帯を確認した。


 「今、着いたって連絡きたから私迎えに行ってくる!」


 目を輝かせて王子の衣装が入った袋を肩にかけると、女子生徒はドアへと向かっていった。


 しかし、出ていく直前でその足が止まる。

 女子生徒は袋に手を入れ、中身を確認していた。


 「あれ?……うそ、ない!どこにやったんだろう!?」


 「どうしたの?」


 駆け寄る海乃を女子生徒は不安に揺れる瞳で見上げる。


 「ベルトがないの!どうしよう、昨日まではあったのに……」


 「昨日……そういえば、被服室で最後の調整するみたいなこと言ってなかったっけ?」


 海乃の一言に女子生徒が大きな声をあげる。

 そのまま海乃の両手を掴み、ぶんぶんと上下に振った。


 「そうだ!あのとき、私ベルト出したんだ!ありがとう、海乃ちゃん!!」

 

 今にも涙が溢れそうな女子生徒の背中を、海乃は優しく叩いた。


 「私が迎えにいってくるから、今のうちに取りに行って大丈夫だよ」


 「うん、すぐ取ってくるよ!本当にありがとう!!」


 いつかのように走り出した背中を見送り、海乃もぱたぱたと教室の外へと出ていく。


 廊下は、いよいよ始まる文化祭に沸き立つ生徒たちで溢れかえっていた。

 









 



 校庭へ出ると、すでに準備が完了しつつある出店がずらりと立ち並んでいた。


 焼きそばにたこ焼き、ポテトにチュロスなどさまざまな出店を横目に、海乃は校門へと急ぐ。


 到着した海乃は肩で息をしながら辺りを見回したが、日鞠の姿はどこにも見当たらなかった。


 行き違いになってしまったのだろうか。


 海乃は体を起こし、大きく息を吸い込む。

 ふと、校舎裏の影、そこに向かって誰かがふらりと入っていくのが見えた。


 どこから飛んできたのか、風船がぽよんぽよんと跳ねて海乃の足元を転がっていく。

 次の瞬間、大きく吹いた風が風船を高く舞い上がらせた。


 あの日、曇り空の下、ぐったりと座り込んでいた日鞠の姿が脳裏をよぎる。


 海乃は賑やかな校庭に背を向け、校舎裏へと歩いていく。

 先ほどまでの楽しい気分は細波のように引き、ぼんやりとした不安がじわじわと広がっていった。




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