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第22話 青と白


 「ドレスを着て見せてほしい?」


 洗い物をしながら振り返った青司に、海乃は申し訳なさそうにうなづく。


 春樹のための衣装を作ろうと決意を新たにした海乃だったが、そのせいか余計深みにはまってしまっていた。


 それなのにマリーのドレスを参考にしても大丈夫なのかと思いつつも、最早手段は選んでいられない。


 にっちもさっちもいかない状況に、海乃は青司に助けを求めたのだった。


 「もうどうしたらいいか……わからなくなっちゃって……」

 

 今にも消えそうな海乃の声に、青司は皿を洗う手を止める。

 何かを思案するようにじっと一点を見つめた後、蛇口に手を伸ばした。


 きゅっという蛇口の閉まる音に、海乃が顔を上げる。

 青司はタオルで手を拭いてから、海乃の方へと向き直った。


 「少し待ってろ……でも、あまり期待しないでくれよ?」


 「……っうん!ありがとう、お母さん」


 若干明るくなった海乃の様子を見て、青司は眉を下げる。


 青司がリビングから出ていくのを見届けた海乃は、いそいそとノートとペンを取り出した。

 




 戻ってきた青司の姿に、海乃は思わず感嘆の息を漏らす。


 店でのマリーの姿とは違い、青司はメイクも髪のセットもしていない。

 見慣れないその佇まいが、逆に普段は隠れている青司自身を強調していて、海乃の目には美しく映っていた。


 「……そんなに見られると、恥ずかしいんだが」


 「へっ!?あ、ごめんなさい」


 顔を背け横目で海乃をたしなめる青司の頬は、珍しくほんのりと赤く染まっている。

 いけないものを見てしまったような気がして、海乃は慌ててノートで顔を隠した。


 熱くなった頬を冷ましつつ、海乃はそろっとノートから顔を出す。

 青司の視線は下に向けられていたが、もう恥ずかしがってはいないようだ。


 海乃も切り替えなければと、小さく息を吐いてペンを構える。

 カチカチと秒針を刻む時計の針の音が、海乃の気持ちを少しずつ落ち着かせてくれた。



 海乃は、改めて青司のドレスをじっと観察していた。


 大胆に肩を出したハイネックのデザイン。

 ゆったりと覆われた上半身とは対照的に、絞られた腰部分のシルエットは細い。

 そこから切り替えしになったドレスが、足に向かって段差に長く垂れていた。


 大きく入ったスリットからは、青司の長い足が覗いている。

 前から思っていたが店のみんなも含めて、青司たちが身に着けている衣装は、身体を隠すよりも生かすデザインのものが多いように感じる。


 ありのままをさらけ出す潔さが、強さや輝きを感じさせる秘密なのかもしれない。


 海乃は自分が思ったことを、さらさらとメモしていった。

 

 ペンを走らせながらも、ちらりと青司を覗き見る。

 居心地悪そうに、自分の腕をもう片方の腕でつかんでいる青司を見て、海乃はペンを止めた。


 何故だろう、ドレスはマリーが着ているものと同じはずなのに何か___


 「……どうした?」


 青司の問いかけに、びくりと肩を揺らし海乃は思考を停止させる。

 えっと、と誤魔化すように視線を彷徨わせるとドレスの生地を指さした。


 「すてきだね、濃いグリーンなのにきらきらしてて、ステージでも映えそう」


 海乃の指摘に、青司はドレスの裾を持ち上げる。

 リビングの光に品よく反射するドレスは、深い森の中の木立のように静かだが存在感があった。


 ソファーの横に置いてある大きめのバックからのぞく2つの布地、海乃はそれを見つめてため息をつく。


 「人魚姫のドレス、青か白で迷ってて……両方ともいいとは思うんだけど、ピンとこないというか……」


 海乃は採寸したときのことを思い出す。

 健康的だが他の男子より比較的白い春樹の肌は、どちらの色もよく似合っていた。

 

 「でも、春樹君に合わせるならやっぱり白かな?そっちの方が人魚姫っぽいし……」


 少しずつ、想像の中で形になってきたドレスに海乃は小さく微笑む。

 そんな海乃の耳に突然、震えた声が届いた。


 「白は、いやだ」


 海乃の身体がぴたりと固まる。一瞬、何を言われたのかよくわからなかった。


 声がした方へ、海乃がゆっくりと顔を上げる。

 目の前にいる青司の瞳は、海乃を映していない。


 ここではない、どこか遠くを映した瞳は虚ろにかすんでいる。


 海乃は、だんだんと大きくなっていく心臓の音を抑えながら、おそるおそるに青司の手に触れた。


 「……お母さん?」


 ばっと弾かれたように青司が海乃の顔を見る。その額には冷や汗が伝っていた。


 青司は海乃の手を優しく払って額を抑えると、己を落ち着かせるように荒くなった息を吐く。


 「……すまない、気にしないでくれ」


 「少し、疲れただけだから」


 そこには、いつものマリーの面影はなかった。

 苦しげに歪む青司の顔に、海乃はひどく狼狽える。


 だから思い出してほしかった。conte de féesでのマリーの笑顔を。

 自信にあふれ、魅力的で、誰よりも強く輝いていたあの姿を。


 「お母さん!お母さんは大丈夫だよ、だって……」


 「マリーは人魚姫のマリーなんでしょ?」


 海乃の言葉に青司は大きく目を見開く。半分開いた唇から、細い息が漏れた。


  ___マリー……人魚姫に出てくるの?


 そうだ、あの日、紡に言われた通りだ。

 海乃だってそもそもマリーが人魚姫にいたかなんて確証は持ってない。


 でも_______


 海乃は掴んだ青司の両手をぎゅっと握りしめる。

 今はそんなこと、どうでもよかった。


 青司に笑ってほしくて、そんな顔してほしくなくて、とにかく何かをしてあげたかった。


 それに、人魚姫と青司はどこか似ている。

 儚さや報われなさなんかじゃない、きっとその芯に宿る強い何か。


 重なるものがあるからこそ、海乃は人魚姫を見るとマリーを思い出していた。


 だってマリーも、たくさんの人に愛されているんだから。


 海乃は口内に絡みつく空気を飲み込み、また声を張り上げる。


 「だから、お母さんもきっと……」


 「違うんだ」


 強くはない、でも確かな断定の言葉に海乃は黙る。


 するりと、海乃の手の中から青司の手が抜けていく。 

 

 長い睫毛が細かく揺れて、俯いた顔に濃い影を落としていた。

 目を瞑り、大きく息を吐きだす。

 やがてゆっくりと海乃に向き直って、青司は笑って見せた。

 

 笑っているのに笑っていない。寂しそうで痛そうなその笑顔は海乃の心を締め付けた。


 「いいんだ、海乃は……知らなくていいんだ」


 青司の大きな手のひらが、海乃の頭をそっとなでる。


 時計の針の音はいつの間にか遠くになっていた。

 


















 海乃はベッドに入ってもなかなか寝付けないでいた。

 先ほどの青司とのやり取りが脳裏にこびりついて離れてくれない。


 白が嫌だといった、マリーは人魚姫じゃないと言っていた。だけど_______

 


 _______違うんだ



 その言葉は、そのまま受け入れてはいけない、納得してはいけないもののような気がして。

 胸がざわざわと騒いで落ち着かない。


 海乃は何度めかもわからない寝返りを打った。


 机の上に置かれたランプが優しく灯り、部屋をぼんやりと照らしている。

 揺らぐ光に合わせて、壁に張られた文化祭のポスターの影がゆらゆらと波打った。


 青司もみんなも来てくれる舞台。

 

 その舞台で、私は一体何を伝えることができるのだろう。


 がんばろうと拳を握った春樹の眩しい笑顔を思い返す。

 海乃はむくりと起き上がって、机の上に広げられた生地を見やった。


 青と白の鮮やかな布地。


 「……よし」


 1人呟いた海乃はベットから出て、携帯を手に取る。


 画面を操作しメッセージアプリを開くと、そこにはクラスメイトのアカウントがずらりと並んでいた。


 すいすいと指先を滑らせていけば、お目当ての生徒の名前が見つかる。

 

 緊張で怖気づく指が、なかなか画面に近づいてくれない。

 海乃は深呼吸して自分に言い聞かせた。


 大丈夫、相談乗るからねと言ってくれてたじゃないか。


 もう一度、ふーっと息を吐いた海乃の指は今度こそ画面へと伸びていく。

 勢いよくタップされたそこは、堅い音を鳴らした。

 


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