第19話 配役
紡は上目遣いに委員長を見つめていた。
「とりあえず完成じだので……一度、確認じでもらおうと……」
やる気のなさそうに委員長はノートをぱらぱらとめくっていたが、その目は素早く文字を追っている。
紡は落ち着きなく爪先を弾き、海乃は固唾を飲んで委員長を見守った。
やがて、パタンとノートを閉じて顔を上げる。
委員長が、海乃たちの後ろにいた副委員長に目線を配ると、副委員長は黙ってノートを受け取りどこかに去っていった。
「よし、行くか」
一連の様子を見守っていた紡は顔を真っ青にして、教室へ向かおうと背を向けた委員長に声をかけた。
「あの!お気にめさながったでしょうか……?」
はぁ?っとポケットに手を入れながら振り返った委員長が紡を見る。
紡の両手は強く握られすぎて、ぷるぷると震えていた。
「何言ってんの?一冊のノートを回し見るつもり?」
ぽかんと口を開ける紡に委員長は片眉を上げて笑って見せる。
「みんなの分も印刷しなきゃ。話、進めらんないだろ?」
海乃と紡の顔がみるみる明るくなっていく、2人はやった!と声を上げてハイタッチをした。
盛り上がる2人をよそに、委員長はぽりぽりと腰をかく。
「どうでもいいけどさ、なんでそんな声枯れてるわけ?」
「そこは、気にじないで……」
両手を握り合ったまま、海乃と紡は気まずそうに視線をそらした。
配役、演出、照明、音響、大道具、小道具、衣装係……舞台に必要な役職が、どんどん黒板に書かれていく。
副委員長が全て書き終えたのを横目で確認して、委員長は台本を掲げた。
「そんじゃ、配っておいた台本には目を通してくれたと信じて……こっから色々決めてきま~す」
みんなが紡の書いた物語を読んで、あれやこれやと話している。海乃もそわそわと足をすり合わせた。
「まずは、脚本家である椋木から説明よろしく」
「きゃっ!?脚本家……」
委員長の隣に立っていた紡は、その紹介に身体をはねさせた。
クラスメイトの視線が紡へと注がれる。
紡はぐっと顔に力を入れ息を吐くと、小さいけれどもしっかりとした声で話し始めた。
「えっと、舞台のタイトルは『男女逆転 人魚姫』です」
「クラスの男女比を考えて、男女を入れ替えてみました」
窓際の女子生徒から手が上がる。
委員長はその生徒をあごで指した。
「この人魚姫、しゃべってるけど……?」
「はい、人魚姫はしゃべれる設定にしてあります」
ちらりと海乃を見つめてから、紡はもう枯れていない声で女子生徒の質問に応えた。
「人魚姫がしゃべらないと、舞台が埋まらないと感じたからです。黙っているだけだと、より役者に負担がかかると思って変更しました」
「その代わり、登場人物を増やして役割を分担させたので、セリフの負担は少なくなってると思います」
今度は廊下側の男子生徒から手が上がる。
「始まり方、結構急じゃね?」
「上映時間とテンポの良さを意識した結果です。人魚姫なら話自体を知っている人も多いし、最初のセリフを導入代わりにしたので、そこまで違和感はないと思います」
台本に目を通しながら、すらすらと紡が答えていく。クラスメイトは呆然と紡を見つめていた。
「それから、場面転換も少なくしたので背景美術なども必要最低限で済むと思います。その代わり、大きいセットが一つ象徴的にあるといいかもしれません」
「町の住民たちが話すシーンとダンスパーティーは、当日、役割がない大道具や衣装係の人にも手伝ってもらいたいです。とりあえず人数がいれば視覚的に華やかになるので、それだけで場が持つと……」
静まり返っている教室に気付いて、紡が恐る恐る台本から顔を出す。
じっと紡を見るクラスメイトの視線に、紡は顔を引きつらせた。
「あの……もしかして、私、何かまずいこと……」
「プロじゃん」
誰かがぽつりと言葉を漏らす。それを皮切りに生徒たちは一斉にしゃべりだした。
「いや、すごすぎ!!どんだけ考えてあんの!?」
「普通に面白いわ」
「私、ちょっと気乗りしてなかったけど、わくわくしてきた!」
沸き起こる賞賛の嵐に紡は呆気に取られてたが、じわじわと瞳を潤ませて海乃を見た。
海乃も微笑んで頷き返す。うれしそうな紡の様子に海乃まで誇らしい気持ちになった。
委員長はある程度教室が落ち着いたのを確認して、手をたたいた。
「んじゃ、役職決めてくよ。まずは、配役からしてくか……誰かやりたいやつ……」
「はい!!!」
高々と手を上げた女子生徒が立ち上がると、勢いよく振り返って後方を指した。
「王子様役は、一条さんがいいと思います!!」
指名された一条日鞠は伏せていた眼をゆっくりと上げる。それだけで、女子から黄色い声援が飛んだ。
整った堀の深い顔立ちに、長い手足、短く整えられた奇麗な髪。
確かに王子様にぴったりだと、海乃も日鞠の方に顔を向ける。
日鞠は足を組んだまま微動だにしない。
「だ、そうだけど大丈夫そうっすかね?」
「……別に」
その一言でまた女子たちが騒ぐ。
委員長がへーいと相槌を打つと、副委員長が王子の文字の下に一条と書いた。
「よし、次は姫だな。姫役立候補~、もしくは推薦という名の生贄~」
瞬間、今度は男子の間に緊張が走る。
目を合わせては反らし、合わせては反らしと無言の攻防が続いていく。
刹那、男子生徒全員の目がしめし合わせたかのように一点に集中した。
「……俺ぇ!?」
自分を指さしながら春樹が叫ぶ。
「がんばれよ姫ぇ!」
「気張れよ姫ぇ!」
「よっ、プリンセス佑渡!!」
「誰だ今、どさくさに紛れて佑渡っていったやつ!?」
どんちゃん騒ぎの教室で委員長がにやにやと笑う。黒板にはすでに春樹の名前が書かれていた。
「まぁ、頑張ってくれたまえ。生贄君」
「せめて、姫と呼んでくれぇ~……」
春樹の要望に無視で応えた委員長は、ぐるりとクラスメイトを見回した。
「どんどん決めてくぞ、演出は……椋木でいいだろ、もう」
へ?とすっとんきょんな声を上げる紡も無視して、黒板に名前が記される。
「そしたら次は照明~はい、やりたいやつは……」
生徒たちの楽しげな声が響き、様々な意見が飛び交っていく。
話し合いを教室の片隅で見守っていた早川の顔には、優しい笑顔が浮かんでいた。
名前で埋め尽くされた黒板に向き合っていた副委員長が黙ってうなずく。
委員長はそれを確認すると、教壇に片手をついた。
「うし、じゃあ最後の衣装係。まずは、王子の……」
委員長が言い終わる前に、それまで一度も手を挙げていなかった全員の手が挙がる。
物の見事に女子だらけであった。
「……まあ、ここは公平に。私にじゃんけんで勝ったやつがやるってことで」
「勝ち抜き戦でいきま~す。はい、じゃんけん……」
数分後、勝利を掴み取った女子生徒はガッツポーズで天を仰いでいた。
委員長は、その足元に転がる夢破れたものたちを一瞥し、やれやれとさっきまで掲げていた右手を振る。
「はい、次。姫の衣装……」
「いや、もう振りじゃん!?」
春樹が抗議の声を上げるのも無理はない。残っていた生徒全員が王子の衣装係希望だったのだ。
つまり、それは姫の衣装係を希望するものが誰もいないのと同義だ。
「ほら、生贄君。最後のときが近づいてるよぉ……」
「だから、その呼び方やめて!!」
春樹が激しく首を振って耳を塞ぐ。無慈悲にも委員長がゆっくりと口を開いた。
「それでは……姫の衣装係やりたい人~」
しんと静まり返った教室に春樹は今度こそ悲鳴を上げる。
「ほらっ!!だから嫌だって言ったのに……」
「はい」
「って、ええええええええええええええ!?!?」
悲鳴が驚きの叫びに変わり、春樹は後ろに飛びのいた。椅子が大きな音を立てて床に倒れる。
驚いたのは春樹だけではない、紡、委員長、クラスメイト。あの副委員長もチョークを持ったまま固まっている。
みんなの視線が集まる先、静かに手を上げていたのは海乃だった。




