第17話 文化祭
海乃の前の席に座った紡はうきうきした様子でスマホの画面に指を滑らせていた。
「海乃ちゃん、スタンド・バイ・ミーって知ってる?」
「スタンド・バイ・ミー……あ、もしかして恐怖の四季の秋の話?スティーヴン・キングだったよね?」
「そう、それそれ!」
海乃は配られていた文化祭の資料から目を上げて紡のスマホを覗き込んだ。
画面には4人の少年とタイトルが大きく映し出されている。
「今度リバイバル上映するらしいんだけど、海乃ちゃん映画は見たことある?」
「ないけど、素敵な話だよね。クリスがゴーディに『離れずに、いてくれよ』って言ったところ本当に感動した」
「やっぱりそうだよね!?」
ガタリと音を立てながら、紡は椅子から身を乗り出して勢いよく海乃に詰め寄る。
「私もそこが一番いいと思ったの!誰にも頼れなくて、強くなるしかなかったクリスが、最後の最後でゴーディにここにいてって伝えるのがすっっっごく素敵で!!」
鼻息荒く語っていた紡だが、急にすんと表情をなくして口に手を当てぶつぶつと言い始める。
「だから、別に映画は映画でいいんだけど、私的にはちょっとあの改変はいただけないというか……いや、脚本的にはゴーディの成長に焦点を置きたかったんだろうけど……」
困惑する海乃が紡の肩に手を置こうとした瞬間、かばりと紡がこちらに向き直った。
「海乃ちゃん!映画一緒に見に行かない?私、海乃ちゃんの感想が聞きたい……!」
目を輝かせていた紡は、あっと小さく声を上げると急にもじもじと顔をうつむかせた。
「もちろん、海乃ちゃんが良ければだけど……」
「い、行きたい!!」
食い気味で答えた海乃に紡の表情がパッと明るくなる。
「な、なら予定を合わせて……!」
あわあわと画面にカレンダーを映し出した紡と一緒に、海乃も手帳を取り出し、桜の花びらの栞が差し込まれたページを開く。初めての友達との約束を海乃は丁寧に書き込んだ。
「なになに、ONE PEACEの話?ウォーターセブン?」
「なんて?」
いつの間にか隣に立っていた春樹に、海乃と紡はすっとんきょんな声を出す。
あれ、なんか間違えた?と春樹が笑顔を固まらせると同時に、教室のドアが開いた。
「戻りました~、その場でいいんで席座ってください」
文化祭実行委員長の女子生徒が教壇に紙の束を置き、がやがやとしていた教室が静かになったのを見計って気だるそうに前を向く。
「厳正なるくじ引きの結果、我がクラスの出し物が決定しました」
海乃の通う高校では6月の下旬に文化祭が開催されていた。出し物は被りや比率を考えて抽選で決める仕組みになっていたが、具体的に何をするかはクラスの自由だ。
模擬店、展示、ステージ発表。今年はいったい何をすることになるのかと、教室全体の期待が高まっていく。
委員長と男子生徒の副委員長が目を合わせてうなづき合う。委員長が軽く息を吸った。
「我がクラスの今年の出し物は……」
「演劇でーす」
委員長の発表に、歓声とも悲鳴とも取れない叫びが教室全体に響き渡る。
見守りに徹していた早川は、興奮冷めやらないクラス全体を見回して手を叩いた。
「はいはい、皆さん。話は最後まで聞きましょうね」
再度、教室が落ち着きを取り戻すと、委員長が軽く咳払いをする。
「えー、とりあえず決まっちゃったもんはしょうがないので、ちゃっちゃと決めてきましょうや」
副委員長が黒板に必要事項を書き込むのを背後に、委員長は資料に目を落とした。
「とりあえず、次の実行委員会までに企画書提出しなきゃいけないんで、色々決めていきたいんっすけど……」
がりがりと頭をかきながら委員長は顔をしかめる。
「演目決まんないとぶっちゃけ何もできねぇんだよな~、かといって既存の台本探してきても人数やら上演時間やら色々面倒だし……」
腕を組んで視線をななめ上へと泳がせていた委員長の視線が、ゆったりと紡を捉える。
目が合った紡はぱちりと瞬きを一つした。
「椋木って文芸部だったよな?」
「へぇあ!?」
いきなり矢面に立たされた紡は体全体をびくりと震わせる。
クラス全員の視線が一気に紡にそそがれ、かわいそうなくらいに身を縮こまらせた。
「いやっ、でもほとんど幽霊部員で、最近全然行ってないし……」
「でも、書けんでしょ?」
「そ、それはその……」
紡が海乃を振り返った。海乃はじっとその瞳を見つめる。
確かに紡は困っている。でも、その戸惑いはやりたくない気持ちからきているというより、自信がないからのように思えた。
不安げに眉を下げる紡に海乃はしっかりと頷く。
「私も……紡なら、書けると思うよ」
決して大きくはないが、強く響いた言葉に紡は目を見開いた。
海乃たちの様子を見守っていた委員長に向き直ると、おずおずと手を上げる。
「あの……それなら、私でよければ書きます……じゃなくて、書きたいです」
紡の立候補にクラス全体から、お~!という歓声が沸き起こる。
どこからともなく飛んでくる応援の声に紡は顔をまっ赤にさせて、こくこくと頷いた。
「あざっす、それじゃ頼みますわ。んで、うちのクラスの持ち時間なんだけど……」
委員長から伝えられた詳細を、紡は見覚えのあるノートに必死に書きとっていく。
さらさらと読み上げていた委員長だったが、ふと気づいたように資料から目を上げた。
「配役とかその他諸々も決めたいからさ、なるべく早めに書いてくれたら助かるわ」
「できたら3日後とか」
相槌を打ちながらメモを取っていた紡が、弾かれたように顔を上げる。
「3日!?」
「そう、3日」
こともなげに言った委員長は、資料で肩をトントンと叩いた。
「委員会、1週間後だからさ。企画書を書くのにも時間いるし」
「んじゃ、今日はこれで。おつかれっした~」
その言葉を合図に一斉に生徒たちが自由に動き出す。
騒がしさを取り戻した教室の中で完全に取り残された紡は、ぎこちない動作で海乃を振り返った。
「う、海乃ちゃん……」
引きつった笑顔を浮かべる紡の手を海乃はぎゅっと握る。
「だ、大丈夫。私も手伝うから……手伝える……のかな」
うーん、うーんと唸りながら、海乃と紡はカレンダーを前に頭を突き合せる。
真っ白だった予定帳は、いつの間にか色とりどりのペンで書かれた文字で埋まっていった。




