第13話 始業式
がやがやと騒がしい教室の中で、海乃は1人本を開いていた。でも、目は文字の上を滑るばかりで内容が全然頭に入ってこない。
全校集会を終え、体育館から帰ってきたばかりの生徒たちは顔見知りで固まったり、席が近いもの同士で話したりと思い思いに過ごしている。
それぞれが楽しげに会話をしているはずなのに、その目線は話し相手ではなく、時折ちらちらと教室の中央に向けられていた。
登校時から感じていたことだ。流石に海乃も気のせいだからと自分を誤魔化しきれなくなってきている。
クラスメイトは少なからず、海乃の存在を意識していた。
隠しきれていない好奇の目線に晒されながら、海乃は読んでいない本のページをめくる。
体育館へ移動する前に、海乃は担任である早川美香に話しかけられた。
「引き続き担任になりました」と言う早川に海乃は内心首を傾げたが、そういえば何かと自分を気にかけてくれた先生がいたなと思い直した。
近況などを聞かれるのだろうかと身構えた海乃だったが、早川は意外にも海乃の体調について尋ねただけだった。ついでとでも言うように、海乃の休んでいた理由は伏せてあるとだけ伝えられた。
「何かあったら相談してほしい」と微笑んだ早川に海乃は頭を下げて感謝を伝えた。顔を上げたら早川は目を丸くして海乃を見つめていた。
早川は戸惑う海乃に「なんでもないのよ、小舟さん」と嬉しそうに笑ってクラスメイトを整列させにいったのだった。
そうして集会を終えていまに至るのだが、休んだ訳を伏せられたのはもしかしたら逆効果だったかもしれないと海乃は思い始めていた。
いや、かといって本当の理由を知られてもいいのかと言われたら、そちらの方が辛い。
必要以上に自身の内側に踏み込まれることを海乃は嫌っている。
現状が考え得る中で最適解だとは理解しているが、それでもこの状況は耐え難くなってきていた。
「皆さん、席についてくださいね」
教室に入ってきた早川が穏やかに声をかける。ぱらぱらと自分の席へ戻っていく生徒たちを横目に、海乃も本を机の中にしまった。
「それじゃあ、新しいクラスになったと言うことで自己紹介から始めましょうか」
「名前の順でいきましょう、相馬くん平気?」
「毎年俺からだよー」という男子生徒の嘆きの声に教室で笑いが起きる。
黒板の前に立ち、1人、また1人と順番を終えていく。
じわりじわりと近づいてくる海乃の番。みんなの意識が徐々に海乃へと集まっていく。
恥ずかしい、逃げたい、怖い。
でも____
「じゃあ、次は小舟さん。お願いします」
海乃は静かに席を立った。まっすぐ前を向いたまま、机の間をさっそうと歩いていく。
振り返るとクラスメイト全員の視線が海乃を突き刺した。向けられる大勢の他者の目に海乃は内心怯んでしまう。
静かに息を吐いて脳裏に描くのは昨夜のステージ。これよりも大人数に熱い眼差しを向けられ、それでも笑っていたマリーの姿。
声は大きすぎず、だけどみんなに届くように、顔はちゃんとあげること。
全員と目を合わせるように海乃はクラス全体をゆっくりと見回した。
「小舟海乃です」
凛としたよく通る声が教室に響く。
「……よろしくお願いします」
頭を下げて海乃は自分の席へと帰って行った。
言葉は少なかったが、それでも絶対に下だけは向かない。
マリーの拍手喝采には程遠い、返ってきたのはまだらな手を叩く音だったが、それでもやり切ったと海乃は人知れず手汗の滲んだ拳を握りしめた。
席についた海乃が椅子を引く音を最後に、しんとした空気が教室全体を包み込む。先ほどまでの明るい雰囲気はもはや完全になりを潜めていた。
沈黙の時間が長くなるほど、海乃の胸に不安が渦巻く。 やはり自分には無理だったのだろうか。私には何も変えられないのだろうか。
のしかかる圧に、重苦しい雰囲気にあれだけ必死に上げていた視線が下へ下へと向かっていく。
顔が完全に下がり切ろうとしたその瞬間、巻き起こった風が海乃の頰をなでていった。
どかどかと大きな足音と共にみんなの前に躍り出た男子生徒が勢いよくこちらを振り返る。
驚きに顔を上げた海乃が見つめる中、その生徒は大きく息を吸った。
「おはようございます!!!!!!」
誰も彼もがぽかんと口を開けている。なおも静かな空気が漂う教室にさらに大きな声が響き渡った。
「佐渡!!!春樹です!!!」




