第12話 いってきます
朝食を食べ終え、身支度を終えた海乃はカバンを片手に玄関へと向かう。ローファーを履き、姿見で自分の格好を確認した。
セーラー服の肩についていた糸屑を払い、スカートのしわを伸ばす。
鏡の中の自分と目が合った。よく何を考えているか分からないといわれたが、目の前の少女は確かに海乃自身も何を考えているか分からない。
最近は、明るく振る舞えるようになってきたと思う。でも、変われたと感じていたのは自分だけで周りから見たらあの頃のままなのではないか。
嫌な考えが膨らむにつれ、どんどん下がっていく目線に海乃は、ハッと我に返り顔を上げた。
両手で頬を叩き、自分の目をまっすぐ見つめ返す。
今日だけは、たとえ何が合っても前を向いていようと決めたのだ。
ふぅ、と息を吐き小さく頷くと、海乃の視界の端で洗面所のドアが開いた。
「もう出るのか?」
顔を洗ったのか、前髪を若干濡らしたまま青司が歩み寄る。
「忘れものは?」と尋ねてきた青司に海乃は首を振った。
青司はじっと海乃を見る。片手に持っていたタオルを肩にかけた。
「後ろ向け」
海乃が言われたとおりにすると、髪の間にするりと何が差し込まれる感触がした。
青司の指だ。頭のてっぺんから毛先に向けて海乃の髪を撫でるように青司の指が梳いていく。
首筋に当たる指先がくすぐったくて、海乃は小さく首をすくめた。
「よし、もういいぞ」
お礼を言いながら、海乃は整えてもらったばかりの髪に手を添えた。青司の指先が通ったあとを意味もなく往復してしまう。
そんな海乃をじっと見ていた青司は何か言いたそうに口を開いたが、結局何も言わないままに唇を結んだ。
海乃も青司の様子に気付き言葉を待っていたが、さすがにこれ以上は学校に遅れてしまうと、諦めてカバンを持ち直しドアの取っ手に手をかける。
「海乃」
ようやっと口を開いた青司に呼びかけられ、海乃はちらりと青司を振り返った。
「今日、昼前に終わるんだろう?だったら昼は外で食べようか」
「海乃の好きなものを食べに行こう」
ふわりと微笑んだ青司が右手を挙げて、軽く振る。海乃にはそれが応援の旗がなびいてるように見えた。
「いってらっしゃい、海乃」
初めてもらった送り出しの言葉。海乃は、緊張で強張っていた体がほぐれていくのを感じた。自然と上がる口角をそのままに、しっかりとした声で応える。
「いってきます、お母さん」
ガチャリとドアを閉めて、海乃もう一度だけ髪を撫でた。
廊下から空を見上げれば、薄雲にところどころを彩られた青空が見える。
静かな朝の始まりに靴音を響かせ、海乃はエレベーターへと向かっていった。




