第2話 日常ダンジョン探索
新人研修を終えてから、五日が経った。
あれから毎日、学校からの帰り道に初心者ダンジョンへ寄り道して、一階層でコツコツとレベル上げをしている。
周囲には岩壁に生えるヒカリゴケが淡い照明の役割を果たし、視界もそれなりに確保されている。
一応照明器具は持ち歩いているが、よっぽど暗い場所じゃないと使わないようにしている。
そう、今は鞄に入っているあの照明器具だ。
初心者あるあるで、振り返ってみればお馬鹿丸出しだったなと、今なら分かることがある。
俺の使う照明ランプはかなり眩しいタイプで、要するに魔物からも丸見えだった、ただそれだけの話だ。
最初からソロで始めたせいで、どこから魔物が襲ってくるかばかり気にしていて、そこまで頭が回っていなかった。
妙に魔物に遭遇しやすいなと思っていたところを、近くを通りかかったソロの女性探索者に、すれ違いざま、こう忠告された。
『あなた、新人よね。まだ探索経験浅そうだから一つアドバイス。
その照明ランプね、魔物に“ここにいます”って叫んでるようなものよ。
へっぴり腰のうちは、使わない方がいいわ。
はい、余計なお世話でした。じゃあね!』
言われてみれば、もっともなことだった。
仲間が四人とか五人いるならともかく、新人一人で目立ってどうする。
一回一回の戦闘に集中しすぎて、そんな単純なことすら気づく余裕がなくなっていたのだ。
あの忠告をきっかけに、俺はひたすら魔物に見つからないように近づき、先制攻撃の一撃で倒す訓練を始めた。
新人の俺にも優しく声をかけてくれたのは、二十歳くらいの綺麗なお姉さんだった。
また会えたらお礼を言いたかったのに、あれ以降ぱったりだ。
受付のお姉さんに特徴を伝えて名前を尋ねてみたけど、プライバシーとか何とか理由をつけられて教えてもらえなかった。
それどころか『それより、わたしを口説く方が先でしょ』なんて言ってくる始末だ。
そういうあなたはギルド受付嬢でしょ、しっかり真面目に仕事して。
っていうか、そんなに俺が怪しく見えるかな? こんなに好青年なのに。
……まあ、いいや。
ちなみに、鞄に入っている照明ランプも含めて、今俺が身につけている装備は、全部兄のお下がりだ。
正確には“形見の品”として家族で話し合った結果、弟の俺に回ってきた遺品と言った方が正しい。
俺の手に馴染み始めたショートソード。
左右のベルトに収まった投げナイフ。
腰にはポーションポーチ。
その中には、細長いガラス容器に入った中級ポーションが五本。
甲羅皮でできた軽装鎧は、まだ少し重く感じる。
照明器具まで含めて、そのすべてが兄のお下がりである。
この中で特に思い入れがあるのが投げナイフだ。
投げナイフの構え方や持ち方、投げるときの腕の振りまで。
家の庭の木に標的をぶら下げて、兄に教わったことを、今でもよく覚えている。
そうだな。色々あったな。楽しかったな、あの頃は。
兄が叶えられなかった夢を引き継ぐと思えば、ダンジョン探索もそれほど苦じゃない。むしろ兄が通った軌跡を追いかけている気分になれて、様々な思い出がよみがえり、そのたびに懐かしさにほっこりと笑みがこぼれる。
さて、感傷に浸るのはこれくらいにしておこう。
今日も一日、怪我ナシ、トラブルナシ、死亡フラグナシで頑張るとしますか。
お、ダンジョンに潜って早々に、魔物発見。
相手はまだこっちに気付いていない。
ここ数日の自己流トライ&エラーで覚えた、足音を立てない忍び足で大ガエルの背後に回り込む。
ベルトから投げナイフを抜き、一直線に狙いを定めて素早く放つ。
ナイフは風を切り裂き、大ガエルの頭に突き刺さった。
よし、やった。一発命中。
大ガエルは、泣き叫ぶ暇もなく魂が抜け、黒い砂塵となって崩れ落ちた。
残された砂塵の山から、小さな魔石の一部が顔をのぞかせている。
今日の収穫一匹目だ。
よしよし、ダンジョンに入って五分も経たずに一匹討伐。
今日は幸先がいいぞ。
そう思った次の瞬間、俺の左右に黒い渦の穴がぐるぐると湧いた。
そこから、どう見てもトイプードルとしか思えないコボルトが二匹、勢いよく飛び出してくる。
「うわ、またかよ」
「わん、わん、わん」
「うわん、うわん」
二匹のコボルトは四つ足で俺の横を駆け抜けた。
こいつらが何をしているかと言えば、どちらが先に魔石を独り占めするかを競争しているわけだ。
結果は、コボアが一位優勝。二位はコボイ。
優勝者のコボアは、その場で優勝賞品の魔石をごっくんと飲み干した。
「がぶ、がぶ、わおーん」
「くーん、くーん」
ここに来て、泣き方で勝ち負けが聞き分けられるようになったが、それはどうでもいい。
問題はここ数日、これが常態化し始めていることだ。
つまり何が言いたいかと言えば、魔石を探索者ギルドにほとんど納められていない。
まさか、こいつら、最弱のスライムすら倒せないビビりのお荷物かと思いきや、実態はそれ以下。
こっちの魔石まで横からかっさらっていく、強盗テイム眷属だった。
「こらー、コボア、コボイ。勝手に魔石を食べたら駄目だって言っただろ」
俺に怒られたのがよっぽど怖かったのだろうか。
恥ずかしがり屋のコボイは黒い渦を出現させると、その中に頭から突っ込んだ。
お尻でつかえて体の半分だけ残したまま、足を宙でバタバタさせている。
もう一方の甘えん坊のコボアは、デコボコした地面に落ちた投げナイフを口にくわえると、そのまま俺のもとへ駆け寄ってきた。
「わん、わん、わん」
「はいはい、ナイフ持ってきてくれたから褒めろってことね。
どこに褒める要素があるのかは疑問だけど。
……はいはい、いい子いい子、頑張ったな~。次も頼むよ~。
って、俺、大道芸人を目指してるわけじゃないんだけどな。おかしいな」
俺はコボアのあごと頭を、これでもかというくらい撫でながら、心の中では別のことを考えていた。
なぜ、俺のスキルをこいつらが勝手に使えるのか。
その理由を、誰かに教えてもらいたい気分でいっぱいだ。
今日時点での『コボルトクリエイトマイスター』のスキルは、『コボルト生成 Lv.2』『コボルト召喚 Lv.2』『コボルト送還 Lv.2』の三つだけ。
本来なら、俺が発動して初めて働くはずのスキルを、こいつらは勝手に使って、好き放題に神出鬼没で現れるようになってしまった。
んん……神出鬼没。
あっ、閃いた。
思い立ったが吉日ってやつだ。
忘れないうちに、とっとと実験してみよう。
「なあ、コボア。この投げナイフ咥えたまま、そこに立っててくれ。
そのままだからな。いくぞ――『コボルト送還』」
次の瞬間、コボアを飲み込むように黒い渦が出現し、コボアは瞬く間にこの場から消え失せた。
そしてナイフも消えていた。
続けざまに、もう一回。
「『コボルト召喚』」
映画の巻き戻しのように、同じ場所に黒い渦が出現し、中からコボアはナイフを口に咥えたまま現れた。
「よし、よーし……! この実験が成功したってことは、つまり、敵の視界外からコボアにナイフ攻撃をさせられるってことじゃないか」
しかし俺は、舌を出して「はっ、はっ、はっ」と媚びるように息をしながら、尻尾を振り振りしつつ二本足で立ってちんちんしているコボアを見て、ふと首をかしげた。
本当に、こいつにその大役が務まるのか。
考えれば考えるほど、重たい不安が頭にのしかかってくる。
だから、こう言わざるを得なかった。
「……うん、考えを改めた。そうなったらいいな、くらいの夢が広がっただけだな」
試しに、コボアに投げナイフを投げさせてみたら、てんで違う方向にナイフが飛んでいった。
夢は、三秒で粉々に砕け散った。
あ、無理だ。
そう悟った俺は、すぐに軌道修正を図ることにした。
まずは、その辺に転がっている小石を二匹と一緒に集めた。
ある程度集まったら、目標物の岩を決めて、試しに投げてやり方を教える。
やり始めは全然なっていなかったけど、少しずつ改善されていく。
それを根気よく見続けて、うまく当たったら褒めてやると、二匹も俄然やる気を出し始める。
そこからは、ただひたすら目標の岩めがけて投げさせた。
音を頼りに、この階層に生息するスライムやホーンラビットが近づいてきたら、隠れている俺が岩の影から襲いかかる。
ホーンラビットなら投げナイフで仕留める。
スライムだったら、その辺の石を投げて、討伐数を増やしていく。
この二匹も、案外やり始めたら面白いみたいだ。
魔石に目も向けなくなったのは、こっちとしては嬉しい誤算だった。
魔物討伐数が二十を超えたくらいで頭の中にアナウンスが鳴った。
『ジョブ:コボルトクリエイトマイスターのレベルが上がりました』
『スキル:コボルト呪術を習得しました』
『スキル:投射を習得しました』
おっ、新しいスキルを覚えた。
どうせだし、ステータスを確認してみよう。
俺は念じた。
――ステータスオープン。
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■ステータス
名前:大野 正則(16)
種族:人間
属性:【家】【鉱山】【森林】
ジョブ①:コボルトクリエイトマイスター Lv.3(+1UP)
生命力:80 (+25UP)
魔力総量:350 (+110UP)
基礎体力:55 (+15UP)
基礎魔力:150 (+55UP)
筋力:32 (+11UP)
器用:40 (+13UP)
敏捷:55 (+12UP)
運:55 (+1UP)
SP(parameter):50 SP(job):5 SP(skill):5
スキル:コボルト生成 Lv.2/コボルト召喚 Lv.2/コボルト送還 Lv.2/〈NEW〉コボルト呪術 Lv.1/〈NEW〉投射 Lv.1/
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コボルト生成:コボルトを生成する。
コボルト召喚:生成したコボルトを召喚する。
コボルト送還:生成したコボルトを送還する。
コボルト呪術:元は家精霊由来の日常生活呪術。気配をぼかし、音や物を操り、相手に小さな不運と混乱をもたらす。
投射:投擲武器や投げた物体の命中精度と威力をレベルに応じて底上げする。
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今日はこれまでで一番の収穫日かもしれない。
これからは、ナイフ投げで補正が掛かるようになるだろうし、『コボルト呪術』というのが、俺の琴線に触れた。
よし、これから、ちょっくら実験タイムと洒落こみますか。
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