第1話 コボルトクリエイトマイスターの日常
ダンジョンが出現するようになって四十年。
発生当初の年には、世界人口の一割近くが死んだ。
それくらい悲惨だったらしい。
それでも人類はダンジョンと戦い、敗れ、また立ち上がっては打ちのめされ、そのたびに生息地を少しずつ削られながらも、真正面から脅威に抗い続けた。
そして時代が流れ、気が付くといつの間にか、人類はダンジョンに依存するようになっていた。
冗談じゃなく、本当に皮肉が効いている。
ダンジョンの魔物討伐で必ず手に入る魔石。その加工品である魔導石や魔石油。レアアースより桁違いに純度が高く、放射能も出さないマナアース。こうした資源が、今の社会を支えている。
そんな時代に生まれた俺は、高校一年生の冬の今日――探索者になった。
本当はなるつもりなんてなかった。
けれど、高校在学中に探索者として活動して、規定数を超えるダンジョン魔物の間引き実績を残せないと、高校卒業後は自衛軍に入って二年間の兵役に就かなきゃいけない。
こんな法律が平然と通る――西暦二〇四〇年、迷宮時代の今じゃ、一個人の力なんてたかが知れている。
ただ、人類が迷宮にここまで依存するには、いろいろと訳がある。
理由は単純で、ダンジョンの『飴と鞭』の使い分けが、めちゃくちゃスゲーからだ。
どういうことかというと、ダンジョンに初めて入る新人は、初回入場特典という飴が与えられる。
その特典は、まさに名前どおりの代物だ。
ジョブ、スキル、魔法、アーツ、眷属、神の加護や祝福。
そんなゲームみたいな能力が、どれか一つ以上は付与される。
もう一方の鞭のほうは、ダンジョンに入るのに慣れはじめて、油断した頃にパクッと魔物に喰われて、そのままあっさり死んじゃうこと。
実際、高校でもそういうヤツをよく目にした。
昨日まで元気にしゃべっていた、隣の席の幼馴染。
翌日には、その机の上に花瓶が置かれていて、白い花が静かに揺れていた。
そして、どこかの危ない地域から逃げてきた転校生が、その席に座る。
もう会えない幼馴染――瀬川 大地のことを、悲しみ、嘆き、泣き続けていられたら、どんなに楽なことか。
でも、それじゃあ、明日は我が身ということが現実に起こりうる。
死ぬのは怖い。
死にたくない。
だから、誰かを犠牲にしてでも、俺は生き残る。
俺は生きるために最後まで足掻くことを辞めやしない。
そう、絶対にだ。
そんなわけで、大地。本当に悪いけど、俺はまだ、そっちに行く気はない。
だからどうか、そっちの世界から、俺のことを見守っていてくれ。
そんな俺の信念や願望に、ダンジョンの荒ぶる大気に満ちた地上の十倍濃度の魔素が入り込み、俺自身を汚染していった。
その結果は――失敗だった。
新人研修の初回入場特典で、俺が手に入れたのは――
ジョブ:『コボルトクリエイトマイスター Lv.1』
基本解説:コボルトを創造することができる。
くそっ、大地め……! やりやがったな、この野郎。
自分がコボルトにボコられて死んだからって、なんで俺を巻き込むんだよ。
俺、関係ないだろ。
貧乏神みたいに憑りついてくるの、本当に勘弁してほしい。
そうやって心の中で愚痴りたくなる俺の気持ちも、分かってくれると助かる。
◆◇◆◇◆◇
現在、大勢の笑い声で反響している初級ダンジョン洞窟内。
午前中の講義を終えて、今は午後からの実習のまっただ中なんだけど、どこにも緊張感の欠片もない実地研修が繰り広げられていた。
こうなるのは、恥ずかしながら、俺の置かれた環境に原因がある。
「よし、コボア、攻撃だ」
戦う相手は、ダンジョン一階層の中でも最弱の魔物、スライム。
ポヨポヨしてるだけだから、核さえ潰せばあっさり崩れ落ちる。
そんな相手に対しても、俺が創造したコボルトは戦う気がゼロだ。
創造主としての責任を果たせそうにないから、今すぐにでも頭を抱え込みたい。
こいつ、本当にコボルトでいいんだよな?
見た目はトイプードルをそのまま二本足で立たせた感じで、しかも生まれたばかりの子犬みたいに、よちよち歩きがおぼつかない。
「キャンキャン、クウーン」
しかも、とっても甘えん坊。
「大野君、その子犬、撫でてもいーい?」
一緒に新人研修を受けてる女の子が、目をキラキラさせて俺を見る。
「いいけど、これ、子犬じゃなくて、コボルトだから」
確かに可愛くて、よしよしと撫でてるだけで癒されるんだけども、ここ、ダンジョンだよ。癒しよりも、まずは強さだろ。
俺のジョブは、今のところ、心の隙間を埋めるペット枠でしかない。
「よかったじゃねえか、正則。兵役を終えたら、ペットショップに就職の宛ができてよ。ま、頑張れや」
あざけるような一言一言が、俺の胸に突き刺さる。
「いやいや、芸を仕込めば、大道芸人も夢じゃないかもよ」
新人研修で、たまたま一緒に居合わせた学校の同級生からの冷ややかな発言に、返す言葉も出てこない。
正直、悔しい。絶対に見返してやりたい。
そうだ。もしかしたら、最初のこいつだけ、こんな外見ということはないか?
かすかな希望にすがりついて、もう一匹、生成してみる。
よし、次のコボルトに全てを注ぎ込んでやる。
だからお願いだ。頼む。せめて、ギャグ枠から脱してくれ。
そう願掛けをしたあとに、スキル名を唱える。
「【コボルト生成】」
俺の体の中から、一気に魔力が抜けていく。溢れ出した魔力の粒子が、周囲に満ちた魔素の粒子と結びつき、みるみるうちに魔物の身体を形作っていく。
そして、二匹目として生まれたコボルトは――
丸まったままで、どう見ても一ミリもやる気が感じられない。
それもそのはず。
「おいおい、やめてくれって。なんで、寝てんの」
見た目は一匹目と同じトイプードル。しかもふがふが寝言を言ってる。
「わははははは」
「面白過ぎる、お前、最高じゃん」
こうして休み明けの学校で、俺は悪い意味で一躍有名人になった。
ついたあだ名は、「コボルト芸人」
高校一年三学期の冬の寒さは、この件もあって、とても身に染みるものだった。




