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リヴァ・アルカ ―最強特殊部隊は、たった一人のアンカーを失えない―  作者: Ilir Noct
第六章「浮遊する標的 ― Drifting Target」

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与那国



 午前だった。


 ホテルの応接室に全員が集まった。


 海で遊んで、飯を食って、爆睡した顔だった。リヴァの肩が、昨日より下がっていた。


 ヴィクトルが入ってきた。全員を一度見た。


「俺は野暮用を済ませてくる」


 全員がヴィクトルを見た。


「一昨日から別件が動いてる」ヴィクトルは言った。「今日から少し外す」


「わかりました」アルノは言った。


 ヴィクトルはリヴァを見た。一秒だった。


「また船出して欲しかったら言え」


「うん」


 ヴィクトルがドアに向かった。


「あ、ヴィクトル」


 リヴァが思い出したように声をかけた。足元に置いていたホテルの紙袋を持ち上げる。


「これ、ありがと」


 カイが眉を上げた。


 紙袋には、シャツが入っていた。


 受け取ったヴィクトルが、わずかに眉を動かした。


 シトラスの香りがした。


「……綺麗になったな」


 ドアを開けた。


 閉まる直前、少しだけ動きが遅かった。


 閉まった。


「……ねえ、リヴァ」


 フィンが、ヴィクトルの消えたドアを見つめたまま、声を潜めた。


「なに?」


「ヴィクトルのシャツ、洗っちゃったの?」


 部屋が静かになった。ユキナガが、両手で顔を覆っていた。





「…本題に入ります。ユキナガ、共有してください」アルノが言った。


「与那国島に、VRGの施設がある」ユキナガは続けた。「座標が出てきた。登録名は資材倉庫。資金の流れと出入りの記録が、倉庫にしては多すぎる」


 地図が出た。日本最西端の島だった。台湾が、すぐ西にあった。


「与那国」


 カイがつぶやいた。故郷だった。


「今回の任務は、コア直轄案件として処理されます」


 部屋が少し静かになった。


「直轄」フィンは言った。


「はい」


 アルノは端末を切り替えた。


「与那国は日本の最西端。台湾までの距離は百十キロ。中国の関心領域でもあります。この海域でVRGが何をしているか、複数国が把握したがっている。表に出せない形で」


「複数国の代理で動いてるパターンのやつね」ユキナガは言った。


「そう取ってください」


 フィンが少し間を置いた。


「裏には何が乗ってる」


「コアからは詳細が下りていません」


「そう」


 誰も追わなかった。


 追わないのが、この組織での正しい振る舞いだった。


「リヴァの件は」カイが言った。


「副次的に確認します」アルノは言った。「VRGはレオンハルトの会社です。施設で何が出るかわからない。リヴァを現場に入れた方が早い」


「コアにそれは通してあるのか」


「通してあります」


 カイはそれ以上聞かなかった。



「役割を説明します」アルノは端末を操作した。図が出た。


「カイが海側からダイビングで施設裏手に侵入。内部の処理を担当します」


「施設内の人数は」カイは言った。


「現時点で三名から五名。増える可能性があります」


 フィンが、少し間を置いた。


「直轄案件のVRG施設で、三人から五人」


「監視ログが欠損しています」アルノは言った。「実数は見えていません」


「薄い、って意味じゃなくて?」


 アルノは答えなかった。


「警備が軽い」カイは言った。


 すぐには、誰も返さなかった。


「リヴァは施設から400から500メートルの狙撃ポジションに配置。フィンが横に待機。カイが施設内に入ったタイミングで、フィンが回収担当に移動します」


「リヴァが一人になる時間が出る」


「その間の全体支援が必要です」アルノは少し間を置いた。「1500メートル圏内、高台からの狙撃支援。手が足りません」


 全員が、自然にカラムを見た。


 カラムは流れに身を任せて、この会議室に入ってきていた。


 その意味を、全員が理解し始めていた。


 カラムは煙草を指に挟んでいた。火はついていなかった。


 アルノはカラムを見た。


 判断を、一秒した。


 五日前、ユキナガに銃を突きつけていた男だった。今、その男に任務上の重要な位置を任せようとしていた。


「カラム」アルノは言った。「やれますか」


 カラムはリヴァを見た。


「本来なら任せません」アルノは言った。「ですが現状、あなた以上の適任がいない」


 一拍置いて、カラムが言った。


「……リヴァは撃つの」


「撃ちます」アルノが即答した。


 少し間があった。


「……やる」


「ありがとうございます。事務処理は追って」


 アルノは眼鏡を押し上げた。


 カイは腕を組んで、カラムを見ていた。


 脚が僅かに揺れていた。珍しかった。




「ユキナガは電子制御」アルノは続けた。「事前に調べられる範囲で、施設の電力供給経路、外周センサーの型番、通信の暗号化方式を確認してください。現地でアクセスできる距離まで近づければ、そこから先は任せます」


「了解」


「私は外周の確認と指揮を取ります」アルノは言った。


 カイが顔を上げた。


「外周を、一人で」


「全員に配置があります。手は割けません」アルノは言った。「外周に残る痕跡は、夜明け前に消される。ヘリポートの使用履歴、搬入路の跡。コアへの一次報告には、現地で押さえた一次資料が要る。座標と写真がなければ、証拠になりません」


「今夜しか取れない、と」フィンは言った。


「今夜しか取れない」


 カイは、それ以上言わなかった。



「カイ」ユキナガは言った。「地元だし、何か知っといた方がいいことある?」


 カイは少し間を置いた。


 脚の動きが止まった。


「西崎の断崖は風が強い」カイは言った。「特に夕方以降」


 カラムは図を一度見た。


「高台から取れるのは、施設の正面と海側」カラムは言った。「北の斜面は茂みで射線が切れる。あそこは、見えない」


 アルノが、外周の北側に指を置いた。自分が回る側だった。


「把握しています」アルノは言った。


 少し間があって、アルノが続けた。


「海流は」


「西側は速い」カイは言った。「ダイビングのルートは俺が決める。この辺の海は全部頭に入っている」


 少し間があった。


「実家まだあるの?」フィンは言った。


「母方の祖父母の家だ」カイは言った。「もうない。ずっと前に潰れた」


 フィンは何も言わなかった。


 アルノが端末を閉じた。


「明日の朝、フェリーで与那国に入ります。約四時間。外洋なので揺れます」


「酔うやついる?」フィンは言った。


 間があった。


「……無理」カラムは言った。いつもの小声だった。


「想像つくな」


「黙って」


「多分、リヴァも酔う」カイが言った。


「酔わないよ」


「与那国は酔う」


 リヴァは地図を見ていた。与那国島。日本の最西端。台湾の近く。カイの母親の故郷。


 そこに、レオンハルトの影がある。


 カイが隣に来た。


「リヴァ」


「うん」


「与那国の海は、石垣より透明度が高い」


「言ってたね」


「ああ」カイは地図を見たまま言った。「終わったら、見せてやる」


 リヴァは少し笑った。


「うん」



 与那国島に着いたのは昼過ぎだった。


 フェリーは予想通り揺れた。リヴァは到着の一時間前から黙っていた。


 カラムは乗船から二十分で諦めて、デッキの端で目を閉じていた。


「二人ともだいぶ食らってる」フィンは笑っていた。


「スナイパーは感覚が鋭い」カイは言った。


 アルノとユキナガも、着くころには黙っていた。


 港に着いた。


 リヴァが空気を吸った。地面の揺れない感覚が、ありがたかった。



 アルノが手配した一軒家は、島の南側にあった。


 集落から少し離れた場所だった。海が見える。誰の視線にも入らない。古い平屋だった。屋根が低かった。


 全員が中に入った。


 ユキナガが機材を広げ始めた。アルノが地図を壁に貼った。フィンが装備を確認していた。カラムは煙草を吸いに外に出た。



 カイは縁側に座っていた。


 海を見ていた。


 動かなかった。


 リヴァが横に座った。


「カイ」


「うん」


「ここ、近いの」


「歩いて二十分だ」


 少し間があった。


「行ってみる?」


 カイは首を振った。


「なにもない、行ってもしょうがない」


 でも、目は海を見ていた。海を見ながら、別のものを見ていた。


「カイって兄弟とか、いるの」


 カイは少し止まった。息を吸った。


「腹違いがいる」カイは言った。「下に四人」


「…みんな与那国?」


「いや」


 リヴァはそれ以上聞かなかった。


 与那国の海は、本当に石垣より透明度が高かった。





 夕方になった。


 全員が居間に集まった。装備の最終確認だった。


 カイがダイビング装備を点検していた。動きが慣れていた。リヴァがAXMCを組み立てていた。フィンがMP5SDの弾倉を確認していた。


 カラムはL115A3を分解して油を入れていた。手つきが丁寧だった。普段の動きと違った。武器に対してだけは、神経質だった。


 ユキナガが端末を二台同時に動かしていた。


「施設のセキュリティ、思ったよりちゃんとしてる」ユキナガは言った。「外周センサー、ドイツ製。型番出た。本気の作りしてる」


「破れますか」アルノは言った。


「現地で電波が届く距離まで近づければ、二分で抜ける」


「十分です」


 フィンが、弾倉を込める手を止めた。


「電子は本気で、人は三人から五人か」


 誰も答えなかった。


 アルノが地図に印をつけていた。


「作戦開始は明日。…失敗は許されません」


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