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リヴァ・アルカ ―最強特殊部隊は、たった一人のアンカーを失えない―  作者: Ilir Noct
第六章「浮遊する標的 ― Drifting Target」

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五分で戻ります



 日が落ち始めた。


 西の海が、赤く染まっていた。


 全員が外に出た。装備を着込んでいた。タクティカルパンツ、プレートキャリア。リヴァは黒のスナイパースーツに着替えていた。髪を後ろで結んでいた。


 カイがダイビング装備を肩にかけていた。


「カイ」リヴァは言った。


「うん」


「海、気をつけて」


「ああ」


 短かった。




 車に乗り込んだ。レンタカーが二台。アルノが一台、ユキナガが一台、運転していた。


 道が暗くなっていた。


 西崎に向かった。


 断崖の上に、施設があった。遠くから、薄く明かりが見えた。


 車が止まった。


 全員が降りた。


 風が強かった。海の音が下から聞こえた。


「位置についてください」アルノは言った。


「了解」


 全員が動き始めた。




 二十一時三十分。


 西崎の断崖は風が強かった。


 リヴァは岩陰に膝をついた。AXMCを岩の縁に据えた。バイポッドを開いた。岩盤が冷たかった。昼間の熱を持たない島だった。


 スコープを覗いた。施設が見えた。距離450メートル。明かりが二箇所。窓ではなかった。建物の外周にある誘導灯だった。


 フィンが横で片膝をついた。MP5SDを胸の前に下ろしていた。


「視界どう」


「いい」


「風、すごいね」


「大丈夫」


 無線でユキナガの声が来た。


『リヴァ、フィン、衛星から見えてる』


「了解」




 カイは港の北側の砂浜にいた。


 黒いウェットスーツを着ていた。ベルベットウェイトを腰に巻いていた。


 左手首にいつものダイブコンピュータがあった。バックライトが青く光った。深度0、水温24度、潜水時間00:00。


 タンクを背負った。HK416の代わりに、防水ケースに入れたコンバットナイフと、サブのP320。それだけだった。


 マスクを下ろした。


 砂を踏んだ。水が足首に来た。


「海に入る」


『了解』アルノの声。


 胸まで入った。


 マスクの下で息を吸った。レギュレーターの音が、自分の呼吸と一致した。


 潜った。




 カラムは断崖の南西側、施設から1500メートルの高台にいた。


 L115A3を岩に据えていた。SVDではなかった。今夜は距離が長い方を選んだ。


 風速計を取り出した。秒速2.8。南から。


 スコープを覗いた。施設の屋根が見えた。月明かりだけで判別できる距離だった。


 スコープの横に固定したサーマル単眼鏡を一度だけ確認した。


『カラム、準備は』


「できてる」


 ジャケットの内ポケットからRothmansを出した。火をつけなかった。指に挟んだだけだった。


 風が頬を撫でた。


 頭の中で計算した。距離1500、風2.8、弾道降下11.4ミル、横流れ補正3.2ミル、地球の自転による偏差0.3ミル。


 全部、覚えていた。




 アルノは施設の東側、二百メートル離れた茂みにいた。


 黒のタクティカルスーツ。靴は柔らかいゴム底だった。音を立てない設計だった。


 WaltherPPKがホルスターにあった。


 発砲戦より、見つからないことを優先していた。


 夜の暗さに目が慣れた。施設の外周が見えた。建物は平屋。屋根が低い。窓が三箇所、すべてカーテンが閉まっていた。中の明かりは漏れていなかった。


 眼鏡が月明かりを反射しないように、角度を調整した。


 手元の端末を確認した。ユキナガが共有した施設の見取り図。覚えていた。確認は念のためだった。


「位置に着きました」


『了解』ユキナガの声。




 耳のイヤピースにアルノの声が来た。


『全員、接続確認。Sniper』


「完了」リヴァは言った。


『Entry』


 完了の代わりに水音が来た。


『Recovery』


『準備できてる』フィンの声。


『Overwatch』


『…うん』カラムの声。


『Control』


『完了』ユキナガの声。


『では』アルノが言った。『二十二時、各自定刻に動いてください』




 二十二時。


 カイが深度を下げた。


 ダイブコンピュータが青く光った。深度5、水温23度、潜水時間00:02。


 西側の海流が来た。秒速1.2メートル。事前情報通りだった。流れに乗った。蹴らなかった。蹴ると気泡が増える。気泡は水面で見える。


 深度を10メートルに保った。海底の地形がわずかに見えた。月明かりがここまで届いていた。透明度が高かった。


 ダイブコンピュータを確認した。00:08。残圧180。


 施設の真下まで到達する予想時間は00:30。




 リヴァはスコープから目を離さなかった。


 外周を歩く見張りが二人いた。事前情報通りだった。ルートも同じだった。


「東側の見張り、八秒後に角を曲がる」フィンが小声で言った。


「見えてる」


 角を曲がった瞬間、東側の壁が死角になる。アルノが進める時間が生まれる。


『アルノ』フィンが無線に出した。『東角、今』


『了解』


 アルノが動いた気配があった。




 カラムはスコープを動かさなかった。


 1500メートル先で起きていることを、全部見ていた。施設の屋根、外周の見張り二人、アルノが進む茂み、リヴァとフィンの位置。


 誰かが動いた瞬間に対応できる構えだった。


 Rothmansは火をつけないまま、指に挟んだままだった。




『Sniper、Overwatch、見張りの位置を確認します』アルノの声。


「東側、外周をルート通り」リヴァが言った。


『南西から見える』カラムの声。『北側に追加一名。建物の影から出てきた』


「フィン、配置がおかしい」リヴァが言った。


「思ってた」フィンの声が低かった。「倉庫にしては、警備が軽すぎる。それで追加が湧く。数が、合ってない」


 無線が一拍静かになった。


『……増えています』アルノが言った。少し間を置いた。『リヴァ、東側二名から処理。カラム、北側の動きを継続監視。動いたら知らせてください』


「了解」


『フィン、東角でカイの上陸を待機。合図でカイの正面合流に動いてください』


『了解』フィンの声。




 リヴァはスコープを覗いていた。距離450メートル。風、南南西、秒速2.4。横流れ補正0.4ミル、弾道降下1.2ミル。AXMC、.308Win、初速820。


 見張りが角を曲がった。


 もう一人が反対側の角を曲がっていた。二人の視線が、同時に切れた。


『今です』アルノが言った。


 吸った。半分吐いた。止めた。


 引いた。


 北東の見張りが崩れた。


「ヒット」フィンが言った。


 ボルトを引いた。薬莢が落ちた。次弾を送り込んだ。


 スコープを動かした。


「南西、距離430、風変わらない」リヴァが自分で呟いた。いつもカイが言うのと同じ言い方だった。


 引いた。


 南西の見張りも崩れた。


「ヒット、いいね」


『北側、移動開始』カラムの声。『東に向かう。リヴァの射線。あと六秒』


『リヴァ、東に来ます』アルノが続けた。『先読み入れて、待ち構えてください』


「うん」


 リヴァはスコープを東に振った。


 六秒目に、見張りが視界に入った。歩き方が急いでいた。先ほどの銃声で異常を察知していた。


 引いた。


 崩れた。


「ヒット」


 三発。十二秒。


『確認。外周クリア』アルノの声。『ユキナガ、カメラ処理を』


『……カメラ処理、北側だけ動きが遅い。三十秒もらう』




 深度7メートル。


 カイが施設裏に浮上した。マスクを上げた。


 タンクとフィンを外して岩陰に隠した。コンバットナイフとP320だけを持った。


 ダイブコンピュータを見た。00:14、深度0。


 時計のモードを切り替えた。タイマーが動き始めた。


「上陸した」


『了解。フィン、東角から正面玄関に向かってください』アルノが続けた。『ユキナガがカメラ処理を完了次第、玄関を解除します』


「いってきます」フィンが笑顔でリヴァに言った。


「うん」リヴァは返した。




 カイが裏口に近づいた。ドアは閉まっていた。


『鍵、電子じゃなくて物理。ピッキング必要』


「わかった」


 カイが小さなツールを取り出した。慣れた手つきだった。三秒で開いた。


 中に入った。


 短い廊下。電気が薄く点いていた。左に部屋、右に部屋。


 カイが左の部屋に入った。


 ナイフ。右後ろから一人目の首の動脈。同時に膝が二人目の後頭部を打った。倒れる前にナイフが入っていた。


 四秒。


 二人とも音を立てなかった。


『左の部屋、クリア』


『右の部屋、三人いる』ユキナガの声。『熱源で見えてる』


『カイ、フィンが正面に到達次第、両側から挟みます』アルノの声。『ユキナガ、玄関の鍵を』


『開けた』


 フィンが正面玄関から入った。


 ロビーに二人。フィンに気づいた。動きが遅れた。


 フィンがMP5SDを構えた。


 二発。サプレッサー越しの低い音。


 二人とも崩れた。フィンは表情を変えなかった。普段の軽さが、完全に消えていた。冷たい目だった。


「カイ、奥の三人」フィンが言った。声が低かった。


「同時に行く」カイが答えた。


 二人が同時に右の部屋に入った。


 三人が動いた。一人が銃を構えた。


 フィンが先に撃った。一人目を倒した。


 カイがナイフで二人目に入った。手首を取って、首に押し当てた。倒した瞬間にナイフを抜いて、立ち上がりながら三人目に体ごとぶつかった。ナイフが三人目の脇腹に入った。


 四秒。


「制圧」カイは言った。


『確認。建物内の熱源、ゼロ。完了』ユキナガの声。


「任務開始から十八分」


『回収を始めてください。リヴァは狙撃ポジション維持、カラムは外周監視継続』


「了解」





「フィン、書類と端末の回収を」


『了解』フィンの声。


 フィンが部屋を回った。机の上、引き出し、書棚。手元が早かった。


 カイは別の部屋を確認していた。地下への入口があった。


「地下、確認する」


『お願いします』アルノの声。


 カイが階段を降りた。地下も静かだった。誰もいなかった。


 保管庫が一つあった。端末が三台。書類が棚に整理されていた。


「端末三台、書類多数。回収にはもう少しかかる」


『フィン、地下に合流してください』


『今行く』





 二人で回収を進めた。


 ユキナガが無線で言った。


『データ、リアルタイムで送ってくれれば俺がこっちで分類する』


「ケーブル繋いだ」フィンが言った。


『来た』


 数分が経った。


 ユキナガが端末の前で動きを止めた。


『……アルノ』


『何ですか』


『この記録、ヘリの離発着スケジュールっぽい。日時、回数、周期。定期的に島外から人が来てる。最後の離発着は今日の早朝』


 アルノが一秒、黙った。


『……パターンを』


『過去六ヶ月で十一回。間隔が短くなってる。最後の離発着が今日の早朝なら、次は』


『数時間以内』


『その可能性が高い』


 アルノは少し間を置いた。


『屋根を確認します。痕跡が残っているうちに記録します』


『今から?』


『はい』


『……なんか嫌な感じするな』


『今しかありません。コアへの一次報告に、現地の物理証拠が要る。カイとフィンは回収中、リヴァは狙撃ポジション、カラムは1500m先。動ける人間がいない』


『……一人でいくの』


『五分で戻ります』


 無線が、一秒だけ静かになった。


 本来なら二人で確認する場面だった。


 ただ、今は配置を崩せなかった。


『カラム、外周の最終確認を継続してください』


『…待って』カラムが言った。『北側、さっきから見えない区画がある』


 アルノは一秒考えた。


 見えない区画がある。


 それでも、今確認しなければ痕跡は消える。


『五分です』



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