神を見失った男
リヴァの部屋。
ノックがした。間隔をあけて、二回。控えめな音だった。
リヴァはドアを開けると、カラムがいた。廊下の薄い灯りの中に立っていた。
茶髪が肩から落ちていた。Rothmansを指に挟んでいた。火は付いていない。
アンバーの瞳が、リヴァを見ていた。
たれ目だった。眠そうに見えた。
「……教えて」カラムは言った。「弾道の話」
リヴァは少し間を置いた。
「…今日疲れたでしょ、寝なよ」
「寝れない」
カラムが見つめてくる。
「あんたは、寝れるの」
「私は普通に寝るよ」
言ってから、リヴァが少し左下を向いた。
「……入って」
カラムが入ってきた。
部屋を一度見てから椅子に座った。足を少し開いて、前屈みにもたれた。Rothmansを灰皿に置いた。
カラムのこめかみから血が出ていた。
「それ、どうしたの」
「……」
リヴァはベッドの端に座った。壁側だった。
部屋が静かだった。
「夜、眠れてないの?」リヴァは聞いた。
「……音楽があれば」
「なんで音楽?」
カラムは少し間を置いた。
「静かだと」カラムは言った。「似てる」
「……何と?」
「撃つ時と」
リヴァはカラムを見た。
大きな体が椅子に収まっていた。髪が灯りを受けていた。横顔が整っていた。彫りが深かった。
レバノンと英国が混ざった顔立ちは、どこの国のものとも言えなかった。
「…私も、そうなるのかな」
「なにが」
「……やっぱりなんでもない」
カラムがリヴァの肩の傷を見た。縫った跡だった。
カラムの指先が傷へ伸びかけて、途中で止まった。
「……ごめん」
リヴァは何も言わなかった。
「東京の任務の時」カラムは言った。「あんたの弾、撃った時に変だった」
「……」
「どうやったの」
リヴァは少し間を置いた。
どう説明するか、迷った。
「……わかんない。当たれって思ったら、当たる」
カラムは、しばらく瞬きをしなかった。
アンバーの瞳が、静かにリヴァを映していた。
「……それは」
掠れた声だった。
「狙撃じゃない」
部屋が静かだった。
「狙撃は」
カラムはゆっくりと言葉を選んでいた。声は小さかった。
「風、気温、湿度。地球の自転を読む」
カラムは続けた。
瞳がリヴァを見ていたのに、まるで見ていないようだった。
「弾頭の癖を読む。自分の鼓動まで」
部屋の空調が鳴った。
クーラーの冷たい風が、カラムの髪を揺らした。
「一つでも間違えたら、外れる」
「…カラム」
「…運命が変わってる」カラムは言った。低い声だった。
「そんな大げさじゃないと思うよ」
「…俺の世界が」
カラムが顔に手を当てた。目を覆った。
「あんたに変えられる」
リヴァは黙っていた。
カラムは手を下げた。
「わたしはよく、わからない」リヴァは言った。
間があった。
「使うと…集中しすぎちゃうから、普段は使えない。だから…そんなすごいものじゃ無いと思う」
「人も?」
「…?」
「あんたの周り、人が残りすぎる」
「それはたまたまじゃないかな」
カラムが息を吸って、吐いた音がした。
下を向いた。
「なんでそんなに」
「?」
「俺はあんたを撃った」
カラムはリヴァを見た。
アンバーの瞳が、少し揺れた。
また下を向いた。
「……前は、こんなじゃなかった」カラムは言った。「…重力も距離も風も、平等だった」
リヴァは何も言えなかった。
少し笑った。
「考えてもわかんないから、とりあえず少し休も」
「…」
「だってあのアルノが、カラムの部屋も取ってくれたんでしょ」
カラムはリヴァを見た。
「あとで請求されるかもだけど」リヴァは笑った。
「あんたは、嫌じゃないの」
「私はいいよ、もう」
カラムが下を向いた。
ノックが二回した。
「リヴァ」カイの声だった。
「開いてるよ」
ドアが開いた。
カイが入ってきた。
カラムを見て、空気が変わった。
「部屋に戻れ」カイは言った。
「…怒られた」カラムは立ち上がって、灰皿からRothmansを拾い上げた。「おやすみ」
「うん、おやすみ」
カラムがドアを出た。
ドアが閉まった。




