痛覚
※この話には心理的支配・暴力の描写が含まれます。
石垣ホテル 深夜。
カラムは床に座っていた。壁に背をつけていた。
ベッドは使っていなかった。
立てた膝に腕を投げて、指の間にRothmansを挟んでいた。火はついていない。
端末から低く音楽が流れていた。Nick Cave。"Red Right Hand"。重く、遅い曲だった。
ドアが開いた。
フィンだった。
「ねえ」フィンは笑っていた。「うるさいよ君」
カラムはフィンに顔を向けた。アンバーの瞳が眠そうに垂れていた。
「…下げる」
「下げるじゃなくて、消してくれると助かるんだけど」
フィンが部屋に入ってきた。
ドアを後ろ手に閉めた。
「ねえ」フィンは言った。声は明るかった。
曲が流れ続けていた。
「君、ユキナガに銃向けてたよね」
カラムは座ったまま、フィンを見上げた。指で煙草を回していた。
「リヴァも撃った」
「……」
「このまま、ただで済むと思ってる?」
フィンが腰からHK45を静かに抜いた。
一歩進んだ。
カラムの額に、銃口を向けた。カラムは動かなかった。
銃口が額に冷たく当たった。
フィンの笑顔が消えていた。
「……殺すの」カラムが言った。
「どっちだと思う」
カラムの視線が、一瞬部屋の奥に動いた。
それを見て、フィンが口角を上げた。
「君が今、なんの武器も持ってないのは、知ってるよ」
空調の音だけがなっていた。
「反省してる?」フィンは言った。
「……」
「答えて」
「……」
「そう」
フィンの口角が、下がった。
空気が動いた。
フィンが銃床で、カラムのこめかみを打った。
鈍い音がした。
「……っ」
カラムの頭が横に流れた。
反動で肩が壁に打ち付けられた。
指に挟んでいた煙草が床に落ちた。
カラムの指が、一瞬だけ腰を探った。
銃はそこにはなかった。
「痛い?」
カラムが眉間にしわを寄せて、ゆっくり顔を戻した。
目を細めて、フィンを見ていた。
カラムのこめかみから血が出ていた。
傷を確認するそぶりもなく、カラムは両手を下げたまま、動かさなかった。
フィンが再度銃口を額に当てた。
カラムが更に目を細めて、頭を引いた。
頭が壁に当たった。
二人の呼吸は乱れていなかった。
しばらくそのままだった。
「痛覚薄い?」フィンは言った。「いかにも傭兵だね」
カラムは答えなかった。
フィンはカラムの前に片膝をついた。
銃口は向いたままだった。
「償いもできないの?」
「……」カラムは黙った。
「ねえ」
カラムは目を背けた。
「君、ちょっとした有名人って聞いたよ」
「…」
「どうやって君が安全だって証明してくれる?」
「…わからない」掠れていた。「俺は…もう撃てない」
「彼女のせいで?」
フィンが立ち上がった。
「リヴァを見て、怖くなっちゃったんだ」
「……」カラムから返答がなかった。
その時、フィンが足を上げた。
鈍い音。
カラムの鎖骨に足を乗せ、勢いよく壁に押しつけた。
反射的に、カラムの手がフィンの足首を掴んだ。
「そうだよね。頷いて」
フィンが少し力を入れた。
「……っ」
カラムは頷いた。
喉が詰まった音を出した。
フィンが更に踏み込む。
足を下ろした。カラムがせき込んだ。
フィンは銃は左手に持ったまま、降ろしていた。
「…じゃあ動けよ、リヴァのために」フィンは言った。
「……」
「惚れた女のために戦えないの」
「そんなんじゃない」
「へえ」
一拍あった。
「お前みたいなやつ、一番嫌い」
「…」
「戦場で壊れた奴、しかもよりによって狙撃手を、リヴァの近くに置いておきたくない」
カラムは何も言わなかった。
「リヴァを傷つけてみろ」
「……」
「殺す」
空調の音がした。
カラムは下を向いた。
「…傷なんてつけない」カラムは言った。「…俺に、その資格は、ない」
「グレイの命令ならするのに?」
「それは……」顔を上げた。
「命じられたら、なんでもする訳」
「…」
「一番信用できない」
空調が低く鳴っていた。
「ちゃんと筋は通せ」
「…」
「返事」
「……わかった」
掠れていた。
フィンはカラムの前にしゃがんだ。
「カラム見とけってアルノに言われたから」
フィンが笑った。
「次から返事は一回ね」
カラムは少し止まった。
「わかった?」
「……うん」
「そう」
フィンは銃を腰に戻した。シャツの裾を下ろした。
顔を上げた時には笑っていた。
「じゃ、俺アルノに手伝いで呼ばれてるから」
首に手を当てて、左右に伸ばした。
「ちゃんと役に立ってね」
フィンは部屋を出た。ドアが静かに閉まった。
カラムは端末に手を伸ばした。曲が途中で切れた。
こめかみを拭った。手についたものを、ズボンで消した。
煙草を拾った。
火をつけた。
”Over” / Portishead




