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リヴァ・アルカ ―最強特殊部隊は、たった一人のアンカーを失えない―  作者: Ilir Noct
第六章「浮遊する標的 ― Drifting Target」

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翌朝

 ビュッフェは一階の奥にあった。大きな窓が海に向いていた。光が強かった。


 カイとリヴァが先に来ていた。


 テーブルは窓から少し離れた場所だった。カイが選んだ席だった。ドアと窓の両方が視界に入る位置だった。


 リヴァは炊き込みご飯(ジューシー)と、マンゴーを取ってきた。


 カイは炊き込みご飯と沖縄そばと卵を取ってきた。量が多かった。


「カイ、それ全部食べるの」


「食べる」


「多くない」


「うん」


 二人で食べ始めた。


 何も言わなかった。


 でも、昨日までと少し違った。カイの椅子が、いつもより少しだけリヴァの側に寄っていて、一瞬膝が触れて、離れた。意識しているのかいないのか、わからなかった。


 リヴァはそれを見た。何も言わなかった。


 マンゴーを一口食べた。甘かった。




 ヴィクトルが来た。


 白いリネンのシャツだった。袖をまくっていた。サングラスを頭に乗せていた。朝から余裕があった。


「早いな」ヴィクトルはリヴァに言った。


「おはよう」


「体は」


「おはよう」リヴァはもう一度言った。


 ヴィクトルは一瞬止まった。


「おはよう。体は」


「昨日よりまし」リヴァは言った。


「そうか」


 ヴィクトルがプレートを取ってきた。


 クロワッサンとスクランブルエッグとベーコン。コーヒーを一杯。


 席に着いた。カイを見た。カイは沖縄そばを食べていた。


 次に、カイの椅子の位置を見た。リヴァとの距離を見た。


 ヴィクトルは何も言わなかった。でも、少し目を細めた。


 フィンが来た。


「おはよー」


 声が明るかった。半袖シャツだった。腕まくりが綺麗に揃っていた。


「おはよう、フィン」


「リヴァ、調子どう」


「まあまあ」


「まあまあか」フィンはプレートを取りに行った。「昨日よりいい顔してる」


「そう?」


「うん」フィンが戻ってきた。プレートにクロワッサンが三つ乗っていた。「カイ、昨日寝れた?」


「寝た」


「よかった」


 フィンがカイを見た。カイはリヴァの方を向いていた。


 フィンは、二人を一度だけ見た。


 それから、何も言わなかった。クロワッサンを千切った。




 しばらくして、ユキナガが来た。


 目が半分しか開いていなかった。パーカーのフードをかぶったままだった。


「おはよう」リヴァは言った。


「……はよ」


 ほとんど声が出ていなかった。


 ユキナガがプレートを取ってきた。ジューシーだけだった。コーヒーを二杯持ってきた。


「二杯」フィンは言った。


「頑張ってた、昨日も。そろそろ過労死する」


「本場のKaroushiだね」フィンが言った。


 ユキナガが席に着いた。コーヒーを一口飲んだ。少し目が開いた。


 リヴァを見た。次に、カイを見た。それから、二人の間を見た。


 また、コーヒーを飲んだ。


「カラムは」ユキナガが言った。


「来てないよ」


「部屋だろうね」


 リヴァが立ち上がった。


 フルーツのコーナーに向かった。パパイヤとマンゴーを小皿に取った。それからクロワッサンも二つ取って、戻ってきた。


「カラムに持ってく」


「……餌やりじゃん」


「ちがう」


「カラム懐いてるからな」フィンが笑った。「犬みたいに」


「言いすぎ」リヴァは言った。


「カラムには言わない方がいいな」ヴィクトルは言った。「撃たれる」


 カイが何も言わなかった。でも、リヴァが小皿を持つのを見て、少し間を置いた。それから視線を戻した。


 ユキナガがコーヒーの二杯目に手を伸ばした。




 アルノが来た。


 黒のスーツだった。朝からネクタイを締めていた。眼鏡が光を反射していた。


 プレートを取ってきた。スクランブルエッグと、サラダとフルーツだった。


 テーブルに着いた。


「おはようございます」


 全員を一度見た。リヴァを見た。


 リヴァの顔色を見た。昨日より、いい顔をしていた。


「少し話せますか」アルノは言った。「食事の後で」


「うん」


「別室で」


 カイの手が、少し止まった。箸が止まった。一秒だった。


 アルノがカイを見た。目が合った。言葉はなかった。


 カイが箸を動かした。


「わかった」リヴァは言った。




 食事が終わった。


 リヴァがカラムの小皿を持った。


「行ってくる」


「餌やり」ユキナガは言った。


「違うってば」


 リヴァが先に席を立った。アルノが続いた。




 別室だった。


 小さい部屋だった。ホテルの会議室だった。テーブルが一つ、椅子が四脚。窓が一つ、カーテンが閉まっていた。


 アルノがドアを閉めた。


 椅子を引いた。リヴァが座った。アルノが向かいに座った。


 アルノは、すぐに端末を開かなかった。


 しばらく、リヴァを見ていた。


「?」


 リヴァは首を傾げた。表情が明るかった。


 アルノが、端末を開いた。


「船でのことです」アルノは言った。「私が把握している事実だけを先に話します」


「うん」


「平気ですか」


「平気」


「フィンとカイが五階の部屋に入った時、天井に拘束用の枷がありました。その下に、ドレスの繊維が落ちていた」


 リヴァは自分の右手の甲を見た。うっすら痕が残っていた。


 アルノはリヴァを向いていた。


 呼吸を確認しているようだった。


「……続けてもいいですか」


「うん」


「……カイを、呼びましょうか」


 リヴァは首を振った。


 アルノは一度止まった。


 そして静かに続けた。


「あとは、バカラのテーブルと、カードが散らばっていました。壁に弾痕が一つ。口径から判断すると、大口径のリボルバーだと思われます」


「……うん」


「それが、私が物的証拠から確認できたことです」アルノは言った。「それ以上はわかりません」


 部屋が静かだった。


「腕の痛みは」アルノは続けた。「今もありますか」


「ある。肩から肘まで」


「どんな痛みですか」


 リヴァは少し考えた。


「長い時間、変な姿勢でいた感じ。あと、右腕だけ、もう少し違う」


 アルノが端末に何か入力した。


「それは、銃を撃った時の反動と似ていますか」


「……うん。似てる」


「弾痕は一つでした」アルノは言った。「少なくとも一回、撃った」


 リヴァはテーブルを見た。


「バカラ」リヴァは言った。「テキサスで、カジノでやった」


「はい」


「その時、少し視界が歪んだ。でも吐いたり、記憶が飛んだりはしなかった」


「そうですね」アルノは言った。「ただ」


 一拍置いた。


「グレイが今回バカラを選んだのは、偶然とは思えない」


「……」


「テキサスと今回で、結果が違いすぎる」アルノは続けた。「何が違ったと思いますか」


 リヴァは少し間を置いた。


「本気で、使った気がする」


 その瞬間だった。


 視界が、白くなった。


 部屋じゃなかった。影がなかった。光源が見えない、白。


 腕が、上にあった。


 声。


 当てないと、だれかが——


 体が、固まった。


 テーブルに手をついた。息が浅くなった。


「リヴァ」


 アルノの声だった。


 白が消えた。会議室だった。カーテンが閉まっていた。


 アルノが端末を置いて、こちらを見ていた。


「一度止めましょう。後日で」


「……大丈夫。話したい。もう落ち着いた」


 リヴァは息を整えた。


「……何が見えましたか」アルノは言った。声が、少し変わっていた。


「白い部屋。腕が上にあった。声が、聞こえた」


「声の内容は」


「……当てないと、だれかが」


 そこで切れた。


 続きが、出てこなかった。


 アルノは何も言わなかった。


 端末に視線を落とした。何か入力した。


 その手が、一瞬、止まった。


「わかりました」アルノは言った。「一つ、話してもいいですか」


「うん」


 アルノは一度止まった。


 もう一度、リヴァの呼吸を確認していた。


「東京の任務で、フィンを守るために三度、能力を使いましたね」


「……うん」


「カジノでは、視界が歪んだだけだった。今回は、記憶が飛んで、反動も大きかった」アルノは言った。「誰かが死ぬかもしれない、という状況。それが、訓練場での狙撃との差だったとすれば」


 リヴァは静かに聞いていた。


「東京で意識を失ったこと。今回、記憶がないこと」アルノは言った。「体の痛みの程度と、記憶の空白が、一致しています」


 そこで、止めた。


 その先を、言わなかった。


 リヴァが、アルノを見た。


「それって」リヴァは言った。「使うほど、何か、減ってるってこと」


「仮説です」


 アルノは言った。


 否定できるなら否定していた。


「あくまで、可能性です」アルノはもう一度言った。


 それ以上は、言わなかった。


 リヴァはまた自分の手を見た。


 アルノが端末を閉じた。


「あなたが無事でいることは、現在の組織運営上の優先事項です」アルノは言った。


 立ち上がった。椅子を元の位置に戻した。


「この場所(ホテル)は安全です。しばらく体調の回復に努めてください」


 ドアに向かいながら、少し止まった。


 アルノがポケットから、小さな袋を出した。


 チョコだった。


 ガルボの、小袋だった。コンビニの棚にある、あれだった。


 いつものチョコではなかった。


 リヴァが受け取った。


「部屋で食べてください」


 ドアを開けた。


「戻りましょう」


 声に感情がなかった。


「カイを待たせています」

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