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リヴァ・アルカ ―最強特殊部隊は、たった一人のアンカーを失えない―  作者: Ilir Noct
第六章「浮遊する標的 ― Drifting Target」

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七時、世界が始まるまで

 カラムが居なくなった後、部屋は静かだった。


 カイは床に座っていた。壁に背をもたせかけていた。前を向いていた。


 しばらく、何も言わなかった。


「毒が来た時」カイは言った。「先に気づくべきだった」


 ぽつりとした声だった。


「空気の匂いが変わっていた。わかった、のに」


 リヴァは何も言わなかった。


「連れて行かれた時、俺は床に倒れていた」


「うん」


「動けなかった」カイは言った。「連れて行かれた時、俺は床に倒れていた」


 カイは背を離し、膝に両肘を乗せてうつむいた。


「お前が連れて行かれるのを、…止められなかった」


 少し黙った。


「……二回目だ」


 リヴァが顔を上げる。


 カイは自分のこめかみの横で右手を握った。少しだけ震えていた。


「…守るって言って、守れなかったのは」


 言葉の重さが、部屋に残った。




「カイ」リヴァは言った。


「……」カイは顔を上げた。


「おいで」


 少し間があった。


 カイがゆっくりと立ち上がった。


 ベッドの端に座った。


 リヴァがカイの腕を引いた。カイの体が傾いた。リヴァはカイの頭を引き寄せた。胸の近くに来た。


 カイは抵抗しなかった。



 深緑の髪が頬に触れた。柔らかかった。白檀の匂いが、低く残っていた。


 首筋に呼吸が当たった。


 想像より熱があった。


 銃も装備もないのに、体だけがまだ戦場に残っているみたいだった。


 リヴァはカイの髪に指を通した。


 その時、リヴァのシャツの裾が少しだけ引かれた。


 カイだった。


 無意識みたいだった。


「あの時」


 声が低かった。


「死なせたと思った」


 リヴァは動かなかった。


「部屋に入った時」


「……」


「もう遅かったと思った」


 カイの呼吸が、少しずつ深くなった。


 張りつめていた何かが、少し解けていった。


 しばらくして、リヴァが言った。


「私はここにいるよ」


 カイは何も言わなかった。


 でも少しだけ、リヴァの方に重心が動いた。


 額が、リヴァの鎖骨の近くに触れた。


 確かめるみたいだった。


 リヴァはカイの背中に腕を回した。



 カイの肩が、ほんの少し止まった。


 それから、ゆっくり息を吐いた。


「……テキサスで学んでない」カイは低く言った。


「え?」


 カイが顔を上げた。距離が近かった。


 黒に近い瞳が、薄暗い中で揺れていた。


 感情の出ない目だと、リヴァは思っていた。


 その目が、今は揺れていた。


 カイの手が、リヴァの髪に触れた。


 部屋を確認する時の手とは、違った。銃を構える時の手とも、違った。


 あの手は、迷わない。


 今だけ、迷っていた。


 部屋に入る前の確認も、隣の椅子も、窓との間に立つことも、リヴァの時だけ、手順がひとつ多かった。


 ずっと、そうだった。


 でも、護衛だからだと思っていた。


 過保護だな、とリヴァは思った。


 リヴァの指先が、カイの頬に触れた。


 カイは目を閉じた。


 そのまま、額が右の肩口に落ちた。


 もう一度、重みが来た。


 今度は少し甘えるみたいに。




 部屋は静かだった。


 でも、静かすぎなかった。


 呼吸の音があった。体温があった。触れている感覚があった。


 右手が、カイの左手と指を絡めていた。左手首の、ダイブコンピュータの縁が、硬く当たっていた。


 だから、あの狙撃前の静寂とは違った。


 リヴァはぼんやりと、そう思った。






 目が開いた。


 部屋が薄明るかった。カーテンの隙間から光が入っていた。


 リヴァは少しだけ動かなかった。普段は七時に起きる。


 でも今日はまだ早そうだった。


 隣で、気配があった。


 リヴァは目だけ動かした。


 カイだった。


 起きていた。静かにこちらを見ていた。


 いつから見ていたのか、わからなかった。


 リヴァは止まった。


「……起きてたの」


「ああ」


「いつから」


「毎朝五時に起きる」


「ずっと見てたの」


「……起こしたくなかった」


 少し間があった。


「見ていたかった」


 カイが視線を外した。天井を見た。前髪をかき上げて、そのまま額に手を当てた。


 リヴァが少し体を起こした。


 シーツが肩から落ちた。


 カイの目が、一瞬だけ止まった。


「……リヴァ」


 低かった。


 昨日までとは違う声だった。


 リヴァは少し黙った。


「…今何時」リヴァが言った。


「五時半」


 カイの手が、自然に伸びた。リヴァの髪を、耳の後ろに流した。


 触れ方が変わっていた。


「……見ないで」


「無理だ」


 即答だった。


 リヴァが黙る。


 カイは少しだけ目を細めた。


 そのまま、また距離が縮まった。


「……七時まで、まだある」


 その言い方が、駄目だった。

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