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神を見失った男

  

 その夜。


 ノックがした。二回だった。


 静かだった。


 リヴァはドアを開けた。カラムがいた。廊下の薄い灯りの中に立っていた。


 茶髪が肩から落ちていた。Rothmansを指に挟んでいた。火は消えていた。


 アンバーの瞳が、リヴァを見ていた。


 たれ目だった。眠そうに見えた。


「……やっぱり気になる」カラムは言った。


「何が」


「弾道の話」


 リヴァは少し間を置いた。


「寝なよ」


「寝れない」


 カラムが見つめてくる。


「リヴァは寝れるの」


「私は普通に寝るよ」


 言ってから、最近目を閉じても眠りに入れないことが増えていることに気づいた。


「……入って」






 カラムが入ってきた。


 部屋を一度だけ見た。


 カーテンが閉まっていた。


 何も言わなかった。


 椅子に座った。足を少し開いて、前傾みにもたれた。Rothmansを灰皿に置いた。


 リヴァはベッドの端に座った。壁側だった。


 部屋が静かだった。


 少し間があった。







「カラムは、夜眠れてないの?」リヴァは聞いた。


「……音楽があれば」


「なんで音楽?」


 カラムは少し間を置いた。


「静かだと」カラムは言った。「撃つ前に似てるから」


「……」


「息を止めてる時と一緒」カラムは煙草を見た。「それから、撃った後と一緒」


「……慣れない?」


「慣れない」


 リヴァはカラムを見た。


 193センチが椅子に収まっていた。髪が灯りを受けていた。横顔が整っていた。彫りが深かった。レバノンと英国が混ざった顔立ちは、どこの国のものとも言えなかった。どこにも属さない美しさだった。


 撃つたびに、静寂が積み重なっていく。その重さに慣れないまま、音楽を流して眠る。


 私もこうなるのだろうか、とリヴァは思った。


 それがスナイパーの先にあるものなら。


 リヴァは何も言わなかった。




 カラムがリヴァの腕を見た。


 薄い傷があった。縫った跡だった。


「……ごめん」


 低かった。


 静かだった。


 リヴァは何も言わなかった。





「東京の任務の時」カラムは言った。「外すつもりだった」


「うん」


「外したはずだった」アンバーが床を見た。「なのに、当たった」


「……うん」


「あんたの弾も、撃った時に変だった」


「……」


「どうやったの」


 リヴァは少し間を置いた。


 どう説明するか、迷った。


「……当てようと決めると、当たる」


 カラムはリヴァを見た。


「それだけ?」


 長い睫毛の奥のアンバーが、静かに揺れていた。


 リヴァが頷いた。


「……因果律の調整」カラムは言った。低い声だった。


「そんな大げさじゃないと思うよ」


「…2000メートル先を撃ってきた。風を読んで、地球の自転まで入れて撃ってきた」


 カラムが顔に手を当てた。目を覆った。


「その全部が、あんたの一つの決定で書き換わる」


 リヴァは黙っていた。


 カラムは手を下げた。


「…優しいね」カラムの声はいつもより小さかった。


「どうして」


「過呼吸にさせた」カラムの声が少し変わった。「窓を、怖がるようにさせた」


 リヴァは少し間を置いた。


「大丈夫だよ」


 カラムはリヴァを見た。


 アンバーの瞳が、少し揺れた。


「……前は、こんなじゃなかった」カラムは言った。「…わからない」


 下を向いていた。もしかしたら泣いているのかもしれなかった。


「とりあえずここにいれば」


「…」


「沖縄」リヴァは言った。「だってあのアルノが、カラムの部屋も取ってくれたでしょ」


 カラムは少し間を置いた。


「あとで請求されるかもだけど」リヴァは笑った。






 ノックがした。


 二回だった。


「リヴァ」


 カイだった。


「開いてる」


 ドアが開いた。


 カイが入ってきた。


 一秒で把握した。


 カラムを見た。


 カイの空気が変わった。


 カラムが立ち上がった。


「部屋に戻れ」カイは言った。


「…怒られた」カラムはRothmansを持った。「おやすみ、リヴァ」


「うん」


 カラムがドアを出た。


 ドアが閉まった。


 石垣の夜が、また静かになった。


 

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